第23話 神創計画(アーク・ジェネシス)
夜が、奇妙に静かだった。
廃都アークラインの外縁、崩れた研究塔の影で、昴は再び端末の映像を見つめていた。
――そこには、かつてのアークライン研究所の記録映像。
「神創計画」と呼ばれる禁忌の実験が始まる直前の映像だった。
白衣を着た若き日の紅蓮院零央が、静かにカメラへ向かって語っている。
>「この世界は、脆い。
> 人は自らを制御できず、魔法は人を焼く。
> だから、我々は“神意”を人工的に構築する。
> 名を――〈アーク・ジェネシス〉。
> これは破壊ではなく、救済のための光だ」
映像が途切れ、砂嵐が走る。
昴は拳を握り、画面を閉じた。
「救済……ね」
焚き火の向こうで、美玲が淡く笑った。
「皮肉ね。人を救うために神を創ろうとして、結局人を滅ぼした」
悠介が短く息を吐く。
「だが、その“神”がまだ動いてるって話だろ?」
昴はうなずいた。
「零央の意識が、〈天創の残片〉を媒介に現世と繋がってる。
奴はもう生身の存在じゃない。魂ごと、“神”の構造に組み込まれてるんだ」
「つまり……」美玲が息をのむ。
「零央自身が、“神の核”ってこと?」
「そうだ。あの人は自分の肉体を捨て、神と同化した」
焚き火がぱちりと弾け、沈黙が落ちる。
風が冷たい。夜の匂いが湿っていた。
「――でも、それでも、止めなきゃ」
昴の声は、決意と苦しみの両方を含んでいた。
「零央は間違ってる。神が人を導くんじゃない。
人が神を越えて、“導かない道”を選ぶんだ」
美玲はその言葉を聞き、静かに頷いた。
彼の目にはもう迷いがなかった。
* * *
その頃、廃都の地下深く――。
紅蓮団の残党たちが、崩れた祭壇の前で跪いていた。
その中央に浮かぶ黒い結晶体。
それが〈天創の残片〉。
やがて、結晶の中に紅蓮院零央の姿が映る。
もはや人ではない。
無数の光の線が体を貫き、まるで“世界の神経”とでも言うように繋がっていた。
「――ついに、彼らが動いたか」
零央の声は空間全体から響いた。
「紅蓮団の役目は終わった。
今度は“神”が自ら選ぶ。
雷、炎、水――三つの系統が交わる時、神の器は再生する」
黒い結晶の中に、蒼い光が点滅する。
それは、昴の雷の波長に反応していた。
「桐谷昴。君こそが、〈神創計画〉の最終鍵だ」
零央の意識が拡散し、世界中の魔力回路に侵入する。
眠っていた魔導塔が一斉に起動し、天空に光の輪が生まれた。
――それはまるで、神の瞳のようだった。
* * *
地上では、異変が起きていた。
街の灯りが瞬き、魔導機器が暴走する。
夜空に巨大な光の陣が描かれ、雷が落ちる。
昴たちが立つ丘の上にも、空気が震えた。
「……始まった」昴が呟く。
悠介が空を睨む。
「零央の“神創計画”が再起動したんだ」
「止める方法は?」
「一つしかない。――俺たち三人で、干渉する」
美玲の瞳が揺れる。
「三系統の魔力を、同時にぶつけるってこと?」
「ああ。雷・炎・水――それぞれの“根”を共鳴させて、神のコアに直接干渉する。
だが失敗すれば、俺たちの存在ごと消える」
悠介は笑った。
「はっ、命懸けは慣れてる」
美玲が微笑む。
「どうせなら、最後くらい格好つけましょう」
昴は二人の顔を見渡し、静かに頷いた。
「……ありがとう。二人とも」
その瞬間、彼らの足元に光陣が展開した。
〈アーク・ジェネシス〉のシステムが、彼らの存在を感知したのだ。
雷鳴、炎風、水流――三つの魔力が絡み合う。
空が裂け、上空に巨大な光柱が現れる。
「来るぞ――!」
閃光が走った。
大地が震え、光柱の中から“何か”が姿を現す。
白い装束をまとい、顔のない存在。
その体には、零央の声が宿っていた。
>「ようこそ、我が神域へ。
> 人の子らよ。汝らは何を求める?」
その声を聞いた瞬間、昴の中で何かが弾けた。
目の前の存在――それは確かに“紅蓮院零央”の魂を宿していた。
だが、もはや人の意志ではなかった。
「……俺は、“神”なんて求めない」
昴の瞳が、稲妻のように光る。
「俺が求めるのは、“人の未来”だ!」
次の瞬間、雷が迸った。
悠介の炎が燃え上がり、美玲の水がそれを包む。
三つの系統が一斉に重なり合い、光柱が爆ぜた。
神域が裂け、零央の声が震える。
>「なぜだ……人は、なぜ“完全”を拒む――!?」
昴が叫ぶ。
「不完全だから人なんだ!」
光が弾け、神域が崩壊を始める。
だが同時に、零央の意識の一部が昴に流れ込んだ。
――その瞬間、昴は見た。
零央の“記憶”を。
真澄を抱きしめて泣いていた、ただ一人の青年の姿を。
「……零央さん」
昴は拳を震わせながら呟いた。
「あんたの願いは、俺が継ぐ」
世界が白く染まり、雷鳴が轟く。
――〈アーク・ジェネシス〉第一段階、停止。
システムの中枢で、冷たい声が響いた。
>「神創計画 プロトコルα……停止」
そして、静寂が訪れた。




