第22話 紅蓮院零央
――二十年前。
かつて「アークライン学術都市」と呼ばれた場所は、
魔法師と非魔法師の共存の理想郷として知られていた。
透明な魔導障壁が街を覆い、空には浮遊都市の光が瞬く。
人々は魔法と科学の調和を謳い、未来を信じていた。
その中心に、一人の青年がいた。
紅蓮院零央。
アークライン学院首席、雷・炎・水の三系統を同時に扱う“調和型”魔法師。
彼は学園で誰よりも穏やかで、誰よりも優しかった。
「いつか、魔法師も非魔法師も関係なく笑える日が来る」
そう語る彼の隣には、同じ研究員の女性――
蒼い瞳の非魔法師、**榊真澄**がいた。
零央にとって、真澄は光だった。
魔法が使えないのに、誰よりも魔法を信じていたから。
「ねえ、零央。魔法って、人を壊すための力じゃないよね?」
「もちろんだよ。僕は、その証明をしたいんだ」
「なら、あなたが“神の雷”を人の光に変えればいい」
その言葉が、零央の原点になった。
* * *
だが、理想は長く続かなかった。
ある日、非魔法師による魔導暴動事件が起きた。
貧民区の人々が魔法研究施設を襲い、
数百人の魔法師が犠牲となった。
――その中に、真澄もいた。
炎に包まれた研究棟の中で、零央は彼女を抱きしめていた。
真澄の身体は既に焼け落ち、息も絶え絶えだった。
「どうして……非魔法師たちは……」
「怖かったのよ、零央。魔法が、怖かった……」
彼女の声が震える。
「あなたが信じる世界は、きっと正しい。
でも……人は、理解できないものを、怖がるの」
「やめろ……もう話すな」
「だから……あなたが、“神様”になって……
わたしたちを……導いて……」
彼女の瞳が静かに閉じた。
零央の中で、何かが音を立てて崩れた。
「神に……なる?」
彼はその瞬間、“共存”を捨てた。
* * *
それから数年後――
世界は魔法師統制法の制定を迎える。
魔法師と非魔法師を完全に分離し、
互いの干渉を禁じる法律。
だが、それを作り上げたのは、皮肉にも紅蓮院零央だった。
彼はアークライン評議会の裏側で法を推し進め、
同時に、禁忌の研究〈神創計画〉を立ち上げた。
「神を創り、神が世界を導けば、人は互いを恐れなくなる」
それが、彼の結論だった。
人間の手で、完全なる“神意”を再現する。
そのために必要なのが――三つの原初の系統。
雷=断罪、炎=贖罪、水=再生。
彼はそれらを“器”として選び出す計画を進めた。
幼い魔法師たちの中から、最も純粋な魂を持つ者を――
――そう、桐谷昴もまた、その候補の一人だった。
零央は、雷を宿す少年の存在を知っていた。
その瞳の奥に、自分がかつて信じた“理想”を見てしまった。
「彼ならば、神になれる」
そう確信しながらも、同時に恐れた。
もし“人の意志”が神を超えてしまえば、
彼の創ろうとした世界は無意味になる。
だからこそ――零央は、自らの手で“神を証明”しようとした。
* * *
現在。
紅蓮団の地下拠点。
崩れかけた祭壇の奥で、残された信徒たちが祈りを捧げていた。
その中心に、黒い結晶のような器が浮かんでいる。
そこに、紅蓮院零央の魂が封じられていた。
「……まだだ」
低い声が響く。
「雷の子が目覚めた。ならば、次は――“神”を降ろす番だ」
黒い結晶が微かに光る。
零央の意識が闇の中に沈むと同時に、
“何か”が応えるように目を覚ました。
それは、かつて人が創ろうとした“神”の残骸。
〈アーク・ジェネシス〉の中心核、天創の残片。
零央の魂がそれに触れた瞬間――
世界の理が、かすかに軋んだ。
「神は、まだ滅びていない」
彼の声が、空間の亀裂を震わせる。
「次に雷が鳴る時、この世界は再び裁かれるだろう」
* * *
その頃――昴たちは廃都の外縁で休息を取っていた。
昴は焚き火の前で黙り込み、美玲と悠介が静かに見守る。
「……導師が言った“神創計画”って、何なんだ?」
悠介が問いかける。
美玲は首を横に振る。
「資料ではほとんど抹消されてる。でも、唯一記録が残ってるのは――
“紅蓮院零央が神を創ろうとした”ってことだけ」
昴が拳を握る。
「零央は、ただの狂信者じゃなかった。
彼も、俺たちと同じように“共存”を信じた人だったんだ」
「……信じた末に、絶望したんだろうな」悠介が呟く。
「だから神に頼った。人がもう信じられなかったんだ」
美玲が焚き火を見つめながら言った。
「零央さんが間違えたのは、たぶん……“神を創ること”じゃない。
“人を諦めた”ことだと思う」
昴はゆっくりと立ち上がり、夜空を見上げた。
雲の切れ間から、雷雲が遠くで光っている。
「神でも、理想でもない。俺たちは“人”として証明する。
共存は、まだ終わっていない――」
雷鳴が応えるように、空を裂いた。




