第21話 誓いの刃
夜空は、裂かれていた。
雲ひとつない闇の天蓋に、無数の稲妻が走り、まるで天空そのものが怒りに震えているようだった。
その中心――中央広場。
黒炎が消え去った場所に、昴は立っていた。
身体の奥底に満ちるのは、燃え上がるような力。だがそれは、かつての荒れ狂う雷ではない。
穏やかで、確かな意志を持つ“光”のような力だった。
美玲がその姿を見上げ、息を呑む。
「……昴……あなたの雷、まるで……」
「――生きてるみたいだろ?」
昴は微笑んだ。
雷の光が優しく彼女の頬を照らす。
悠介が口角を上げた。
「ふん……やっと目を覚ましたかよ、雷坊主」
「遅くなったな、炎の馬鹿」
「上等だ。今度は一緒に燃やそうぜ、“導師”をな」
導師は微動だにせず、二人のやり取りを見つめていた。
「――滑稽だな。己が宿命を否定し、ただ“人”であろうとするか」
「そうだ」昴は答えた。
「俺たちは神の器じゃない。誰かの操り人形でもない。
俺たちが望むのは、ただ“生きる”ことだ」
導師は仮面に触れ、わずかに首を傾げた。
「生きるとは、何だ? 争い、傷つけ、裏切る……その果てに、何を掴む?」
美玲が静かに一歩踏み出す。
「それでも、誰かを想えること。それが、生きるってことです」
「想い?」導師は低く笑う。
「それがいかに脆いものか、貴様らはまだ知らぬ」
仮面の奥から赤い光が漏れる。
導師の周囲に、黒い炎が再び立ち上る。
「見せてやろう。世界の真理を」
空が裂け、広場を中心に黒炎の魔法陣が展開された。
幾何学的な紋章が幾重にも重なり、地鳴りのような音が響く。
悠介が舌打ちした。
「くそっ、またあの黒炎か……!」
「違う」昴が即座に答えた。
「今のは……次元陣。世界の理を捻じ曲げる“創界魔法”だ」
導師が手を掲げる。
「雷、炎、水――三つの原初の力。その調和は確かに美しい。
だが、それは“神”の力があってこそ。
人の身でそれを扱えば、いずれ世界は歪む」
美玲が首を振る。
「違う。神なんていなくても、私たちは繋がれる!」
「ならば証明してみろ。お前たちの“共存”とやらを」
導師が手を下ろした瞬間、地面が爆ぜた。
黒炎が竜のように形を成し、咆哮を上げる。
赤と黒の混じる焔が空を呑み込み、広場全体が灼熱の世界へと変わっていった。
「行くぞ、悠介、美玲!」
昴が雷を纏う。
悠介の炎が呼応し、美玲の水がその周囲を包み込む。
「三位一体、か。悪くねぇ」悠介が笑う。
「ええ、今度こそ、共に!」美玲が答える。
雷鳴が轟き、炎が舞い、水が流れた。
三つの属性が重なり、導師の黒炎へと突き進む。
「――雷閃・鳴神断ッ!」
「――紅蓮・双翼爆!」
「――蒼流・月涙輪!」
雷と炎と水が一点に集まり、巨大な光の刃となる。
それはまるで、天を貫く“誓いの剣”。
導師が仮面越しに目を細めた。
「人の力で、神の焔を断てるか――」
黒炎竜が咆哮を上げ、三人の刃を呑み込もうとする。
その瞬間、昴が叫んだ。
「――合わせろ、全出力だ!」
悠介と美玲が頷き、魔力を放つ。
雷と炎と水が混ざり合い、白い光が広がった。
「行けぇぇぇぇぇっ!!!」
轟音。
空間そのものが震える。
光が爆ぜ、黒炎竜の胴体を真っ二つに裂いた。
閃光が消えた後――広場は、静寂に包まれていた。
導師はゆっくりと手を下ろした。
黒炎が消え、仮面の一部が割れ落ちる。
露わになったのは、蒼白な顔と――人間の瞳。
「……人間……だと……?」悠介が呟く。
導師は微笑んだ。
「そうだ。私は神ではない。
お前たちと同じ、元は“人”だ」
美玲が息を呑む。
「じゃあ、なぜ……!」
導師の瞳に、深い哀しみが宿った。
「昔、私は共存を信じた。
だが、信じた者たちは皆、炎に焼かれた。
“魔法師”であるという理由だけで、非魔法師たちに」
昴が言葉を失う。
導師の声が震える。
「私は見たのだ、雷よ。
人が恐怖を正義に変える瞬間を。
だからこそ、私は神を創った。
人が人を焼くより、神が世界を焼くほうがまだ“救い”があると思った」
その告白に、誰も言葉を返せなかった。
悠介でさえ、拳を握り締めたまま沈黙した。
昴が一歩前に出る。
「……あなたは、間違えた。
でも、その痛みを、俺はわかる。
だから、あなたの“神”の代わりに――
俺たちがこの世界を救ってみせる」
導師がゆっくりと顔を上げる。
「……救えると思うか」
「思う。いや、信じる。それが“人”の強さだ」
導師は、わずかに目を細め、静かに笑った。
「ならば、その信仰――見せてもらおう」
黒炎が再び導師の体を包み込む。
「この肉体は、もう保たぬ。だが、魂は滅びぬ」
「待て!」昴が叫ぶ。
導師は最後に一言だけ残した。
「我が名は――紅蓮院零央。
……この名を、覚えておけ。雷の子よ」
黒炎が爆ぜ、導師の姿が光の中に消えた。
残されたのは、焦げた地面と、静かな風だけ。
悠介が息を吐いた。
「……終わったのか?」
昴は首を振る。
「いいや、まだだ。導師――零央は、完全には消えていない」
美玲が空を見上げた。
夜が、明けようとしていた。
東の空に、一筋の光。
昴はその光を見つめながら、呟いた。
「俺たちの戦いは、ここから始まる」




