第18話 帰還の閃光
夜明けは、まだ訪れていなかった。
黒煙が空を覆い、瓦礫の街が静かに息を潜めている。
崩壊した〈北区魔導塔〉――その残骸の中で、菅峰美玲はひとり立ち尽くしていた。
服は焦げ、手は傷だらけ。それでも、彼女の目は決して揺らがなかった。
「……昴、悠介……どこにいるの……」
周囲には瓦礫の山、そして焦げついた地面。
結界の痕跡は完全に消え、魔力の残滓だけが漂っている。
美玲は膝をつき、地面に手を当てた。
――水の流れを感じ取る魔力探知。
「……反応がない……まさか、二人とも……」
その瞬間、胸の奥がひび割れたように痛んだ。
あの雷鳴を、もう一度聞きたい。
あの人の声を、もう一度――。
「まだ……終わらせない」
美玲は涙を拭い、水の魔法陣を展開した。
蒼い光が瓦礫の上を這い、空へと昇っていく。
それはまるで、空を呼ぶ祈りのようだった。
* * *
――蒼の虚空。
崩れゆく世界の中で、昴と悠介の体は光の中に包まれていた。
「行くぞ、悠介!」
「おう……もう、迷わねえ」
手を強く握り合う。
雷と炎――二つの魔力が絡み合い、ひとつの光となる。
エーテルの亀裂が開き、現実世界の気配が流れ込む。
「帰ろう、俺たちの場所へ!」
昴の叫びと共に、雷鳴が轟いた。
* * *
その瞬間、現実世界の空が裂けた。
夜空を引き裂くような蒼白い閃光が走り、街全体を照らす。
美玲は顔を上げ、息を呑んだ。
「……あれは……!」
雷光の中心――瓦礫の中央に、二つの人影が現れる。
ひとりは、雷を纏う男。
もうひとりは、炎を失った影。
「――昴っ!!」
美玲は駆け出した。
光が収まり、昴が膝をつく。
息は荒く、全身に焦げ跡が残っている。
その隣で、悠介がゆっくりと立ち上がった。
かつての紅の瞳は、今や穏やかな橙に変わっていた。
「……帰ってきたな」
昴が微笑む。
悠介は空を見上げ、小さく笑った。
「どうやら……地獄行きは、もう少し先みたいだ」
美玲が駆け寄り、昴の胸に飛び込む。
「もう、二度と……勝手に消えたりしないで……!」
「……悪い。約束するよ」
昴の腕が、美玲を包み込む。
その温もりに、美玲の涙が滲んだ。
悠介は少し離れた場所で、静かに二人を見つめていた。
彼の胸中にも、言葉にならない何かが残っていた。
だが――その穏やかな一瞬は、すぐに終わる。
瓦礫の向こうから、爆音が響いた。
燃え上がる炎。紅蓮の旗。
「……紅蓮団!?」
颯真が走り寄ってくる。顔は煤にまみれ、肩を負傷していた。
「悠介が消えたあと、残党が勝手に動き出した! いまや暴走状態だ!」
「悠介、あんたの部下たち……!」
美玲の声に、悠介は顔をしかめた。
「俺の命令を無視して動くやつらがいる……“黒衣の導師”か」
「黒衣の導師?」昴が問う。
「あいつは紅蓮団の副首領だ。俺が理想を見失ったとき、組織を支えてきた。
だが……あいつは本気で、人間を滅ぼそうとしている」
風が吹き、焦げた旗が揺れる。
夜明け前の赤光の中で、瓦礫の街が再び戦場に変わろうとしていた。
「悠介。行こう」
昴の声は静かだった。
「お前が作った炎なら、お前自身で終わらせるんだ」
悠介は一瞬だけ沈黙し、そしてうなずいた。
「……わかった。俺の過ちの後始末は、俺がやる」
その横顔を見て、美玲は小さく息を吐いた。
「……二人とも、本当に似てるね」
「え?」昴が目を瞬かせる。
美玲は微笑んだ。
「信じるもののために、無茶ばかりするところが」
昴と悠介が、互いに視線を交わす。
雷と炎――二つの力が、再び並び立つ。
「敵は紅蓮団。目的は人類の殲滅計画阻止」
「つまり……共闘だな」
昴が頷く。
「もう一度、一緒に戦おう。今度こそ、本当の意味で」
悠介が、笑った。
「いいだろう。……俺は、二度と間違えねぇ」
夜が明け始める。
瓦礫の上に立つ三人を、光が照らす。
雷が低く唸り、炎が小さく瞬く。
その光は、もう破壊の色ではなく――希望の色だった。
「行こう。次の戦場へ」
昴の声が、朝焼けに溶けていった。




