第16話 雷と炎の序章
轟音が、夜を裂いた。
塔の上層から、炎の奔流が吹き荒れる。
紅蓮団が侵入を開始した。
爆炎が通路を焼き、結界を打ち砕いていく。
塔の地下にいる昴たちのもとにも、その熱気が伝わってきた。
空気が震え、金属が歪む音が響く。
「来たか……!」
昴が雷を纏い、壁に背を預けた。
颯真が風を走らせ、侵入口を探る。
「上層階から五十人規模! 主力は炎系魔法師――悠介がいる!」
「くそっ、速すぎる!」
亜里沙が装置を抱えながら叫ぶ。
「データだけでも抜かないと、こんな研究を二度と繰り返す!」
美玲は水の防壁を展開し、彼女を守る。
「私たちが時間を稼ぐ!」
昴はうなずき、空を見上げた。
「悠介……あんたの炎、ここで止める」
* * *
塔の中央階段を、紅蓮団の部隊が突き進む。
燃え盛る炎が壁を焼き、影が揺れる。
その先頭に立つのは、大神悠介。
炎の外套を纏い、目には揺るぎのない紅が宿っていた。
「怯むな。前へ進め。これは正義の浄火だ」
その声に、兵たちは歓声を上げる。
「大神様に続け! 非魔法師の偽りを焼き払え!」
悠介はただ前を見つめていた。
塔の奥、封印された核の先――そこに“雷の男”がいる。
「昴……お前は、まだあの夢を見ているのか」
その呟きに、刹那が並び立つ。
「彼はもう敵です。迷う必要はありません」
「迷ってなどいない。だが、俺は――まだ一度も本気で、あいつと戦っていない」
炎が、悠介の背後で竜の形をとる。
紅の光が、階段を照らした。
「今宵、その決着をつける」
* * *
地下中枢室。
円形の空間の中央に、青く輝く巨大な結晶があった。
それが――エーテル・コア。
魔力の脈動が鼓動のように響き、空間そのものを歪めている。
「……これが、世界を変える力」
美玲が息を呑む。
「違う。世界を壊す力だ」
昴が応じる。
その声の中には、怒りと哀しみが混じっていた。
そのとき、扉が爆ぜた。
炎の奔流が吹き荒れ、壁を焼く。
紅蓮団の紋章が刻まれた外套が、煙の中から現れた。
「――よう、昴」
悠介。
その姿を見た瞬間、昴の胸の奥が痛んだ。
変わり果てたはずの友――だが、その瞳だけは、昔のままの強さを宿していた。
「こんなところで再会とはな」
「……悠介、やっぱり来たか」
「来るに決まってる。お前がいるなら、俺は必ずそこへ行く」
静かな沈黙。
互いの間にあるのは、もはや埋められない距離。
「悠介、やめろ。こんなやり方じゃ何も救えない」
「救う? 昴、お前はまだそんな綺麗事を――!」
炎が爆ぜ、足元の床を焼き焦がす。
「妹を殺された俺が、どうして共存なんて信じられる!」
「それでも、誰かを焼いて得られる未来なんてない!」
雷と炎が、空気を裂く。
美玲が叫ぶ。
「やめて、二人とも!」
だが、止まらなかった。
悠介が右手を掲げる。炎が竜の姿を取り、天井を焦がす。
昴が応じて雷を放つ。蒼白の閃光が紅蓮を切り裂いた。
――激突。
雷と炎がぶつかり合い、空間が歪む。
轟音。衝撃。光と熱が世界を裂いた。
「雷鳴斬ッ――!」
「紅蓮咆哮ッ!」
閃光が弾け、二人の間の床が吹き飛ぶ。
爆風に吹き飛ばされながらも、互いに立ち続けた。
「悠介! お前はまだ人を信じてる! その目が、憎しみだけを見てるはずがない!」
「違う、昴! 俺は信じたからこそ絶望した! 人は、同じにはなれない!」
その言葉に、昴の胸が震える。
雷光が乱れ、血が流れる。
それでも――彼は笑った。
「なら、俺が証明してやるよ」
「証明?」
「俺たちは、変われるってことを――!」
再び、雷が弾けた。
悠介の炎が応じ、塔全体を包み込む。
激しい閃光が続く中、上層の天井が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。
「昴!」
美玲が叫ぶ。
昴は雷を伸ばし、崩れ落ちる瓦礫を弾き飛ばした。
その瞬間、コアが反応した。
青い光が膨れ上がり、轟音が空気を貫く。
「しまった……戦闘の魔力がコアを刺激してる!」
亜里沙の声が震える。
「暴走するぞ、止めろ!」
悠介が目を見開く。
「くっ……これ以上は――」
だが遅かった。
コアが眩い光を放ち、塔全体を包み込んだ。
爆発音。
そして、静寂。
光の中で、昴と悠介の姿が、溶けるように消えていった――。




