第13話 焦土の街にて
――煙の匂いが、空を覆っていた。
崩壊した議会ビルの残骸から、黒い煙が立ちのぼる。
空は赤く染まり、灰が雪のように降り注いでいた。
雷鳴が遠くで鳴るたび、燃え残った瓦礫が影を落とす。
桐谷昴は、崩れた階段を駆け上がりながら叫んだ。
「生存者はいるか――!」
返事はない。
ただ、風に混じって、かすかな泣き声が聞こえた。
「この下だ!」
颯真が手をかざし、風の刃で瓦礫を切り裂く。
中から現れたのは、議員補佐らしき中年の非魔法師と、その娘だった。
「ありがとう……助かった……」
昴は微笑んで手を差し伸べる。
「大丈夫。もう安全です。すぐに避難所へ――」
だがその言葉は、怒声に遮られた。
「魔法師が……! お前たち魔法師が、こんなことをしたんだろう!」
男の目には、恐怖と憎悪が混じっていた。
昴は言葉を失う。
「俺たちは……違う。俺たちは守りに――」
「信じられるか!」
男は娘を抱きしめ、瓦礫の向こうへ逃げていった。
残された静寂に、雷の気配が小さく揺れた。
颯真が苦い顔をする。
「……無理もねぇ。議会の真下で魔法師同士がぶっ放したんだ。見たやつらからすりゃ、同じだ」
亜里沙が歯を食いしばる。
「悠介……あんたの炎は、こんな形で街を壊すんだ」
美玲は崩れた柱にもたれ、傷ついた手を見つめていた。
「……私たち、守るために戦ったのに。
気づいたら、“魔法師の脅威”に見られてる」
昴は拳を握りしめる。
「それでも、俺たちは守る。
――たとえ誰に誤解されても、やるべきことは変わらない」
雷鳴が響く。
灰色の空に閃光が走り、瓦礫の影を照らした。
* * *
同じ頃、アークライン北端――紅蓮団本拠地。
炎の紋章が刻まれた部屋の奥で、大神悠介は静かに椅子に座っていた。
刹那が報告を終えると、悠介は目を閉じる。
「……中央区はどうなった」
「議会は崩壊。非魔法師側の指導層の大半が行方不明。
市民は恐怖に包まれ、魔法師への不信が高まっています」
悠介はゆっくりと立ち上がった。
「……いい傾向だ。恐怖こそが、人を変える」
「ですが――桐谷昴は生きています」
刹那の報告に、悠介の瞳がわずかに光る。
「やはりな。あいつは死なない。雷は、どんな闇の中でも光を放つ」
「……いずれ、あなたの炎とぶつかります」
「その時が来るまで、俺は進むだけだ」
悠介は壁に掛けられた古い地図を見つめる。
そこには、アークライン全域と、その外――旧国家〈セイル連邦〉の廃墟地帯が描かれていた。
「この街を焼いて終わりじゃない。
……世界そのものを、変える」
「まさか、外への侵攻を?」
悠介はわずかに笑う。
「“再生”の炎は、一国には収まらない。
焦土からしか、新しい秩序は生まれないんだ」
刹那は頭を下げる。
「あなたが進むなら、どこまでも従います」
炎の光が、彼の顔を照らす。
「――次の標的は、北区魔導塔。情報を集めろ」
「はっ」
悠介は独りになると、窓の外の炎を見た。
赤く、揺らぐ光。
それは、過去の記憶――妹の笑顔を思い出させるようで、しかしすぐに焼き尽くされた。
「……お前が死んだ夜、俺の世界は終わった。
なら、俺が作り直す。燃やしてでも」
その言葉に呼応するように、炎が強く燃え上がった。
* * *
夜。
昴たちは焼け跡の上で、静かにテントを張っていた。
雨が灰を洗い流し、街を冷たく包み込む。
美玲が焚き火の前で、ぽつりと呟いた。
「悠介くんは……どこまで行っちゃうんだろう」
昴はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……どこまで行っても、俺は追う。
あいつがどんな闇に堕ちても、引き戻す」
「できるの?」
「できなきゃ、この雷を持ってる意味がない」
颯真が笑う。
「らしいな。そういうのが、昴のいいとこだ」
亜里沙も頷く。
「ま、ついていくよ。どうせ放っとけないんでしょ、あの炎男を」
昴は小さく笑い、空を見上げた。
雲の切れ間から、わずかな星が覗いていた。
焦土の街にも、光はまだある。
雷鳴が遠くで鳴った。
昴は拳を握りしめ、心の奥で誓う。
――いつか、もう一度、炎を止める日まで。
その時こそ、俺たちの理想を取り戻す。
雷が、焦土を照らした。
焼けた街に、一筋の光が落ちる。
それはまるで、諦めを拒むような閃光だった。




