第12話 中央議会襲撃計画
雨が降っていた。
アークラインの空を覆うような暗雲が、街を鈍い灰色に染めている。
窓の外を見つめながら、桐谷昴は無言で息をついた。
――嵐の前の静けさ、というやつだ。
避難所として使われている南区旧庁舎の一室。
テーブルの上には、焼け焦げた地図が広げられていた。
中央区、南区、北区――そして、その中心に印がつけられている。
「中央議会……ここを狙うのか」
昴の低い声に、颯真がうなずいた。
「情報は確かだ。紅蓮団が地下ルートから侵入するって噂が回ってる」
「情報源は?」
「非魔法師側の潜入者だ。けど……まだ確証はない」
沈黙。
だが、美玲はその地図をじっと見つめ、静かに言った。
「悠介くんなら、やる。非魔法師の政治中枢を焼けば、共存なんて考えが一瞬で崩れる」
亜里沙が拳を握る。
「つまり、やらせちゃいけないってことね」
昴はうなずき、立ち上がった。
「俺たちで止める。紅蓮団が“動く前に”」
* * *
その頃、中央区議会の地下。
鉄扉を抜けた先に、冷たい石造りの通路が続いていた。
その闇の奥を、紅蓮団の影が進む。
炎の灯を掲げる男の背中――大神悠介。
その後ろを、副官の刹那と十数名の精鋭が続く。
「……この下に、非魔法師議員たちの避難用通路があります」刹那が低く報告する。
「全員を逃がさず焼け、と言いたいところだが……」悠介の声は、静かな炎のようだった。
「今回は“象徴”を焼くだけでいい。民衆が信じる場所――議会そのものを、焦土に変える」
「承知しました」
炎の灯が通路の壁に揺れ、影を伸ばす。
悠介は歩みを止め、手袋を外した。
掌の刻印が、赤く脈動している。
「……見ていろ、昴。
これが現実だ。理想だけでは、人は救えない」
刹那がその言葉を聞きながら、ふと微笑んだ。
「あなたが炎を選んだ理由、少しだけ分かる気がします」
悠介は答えなかった。炎の灯が強まる。
* * *
一方、昴たちは中央区へ向かっていた。
夜の街を走る魔導車の中で、颯真が無線を調整している。
「中央の警備はすでに厳戒態勢だ。だけどな……」
「だけど?」昴が問う。
「上層部が“紅蓮団の襲撃情報はデマだ”って発表した」
「は?」亜里沙が声を上げた。
「誰がそんな……」
「非魔法師の代表議員たちだよ。『魔法師による不安を煽る報道は中止せよ』だとさ」
美玲は唇を噛んだ。
「……本当に、同じ人間なのかな」
「だからこそ、守らなきゃいけない」昴が静かに言った。
「俺たちが諦めたら、悠介の言う“絶望の世界”が本当に来る」
雷が鳴った。
窓の外、稲光が走る。
まるで昴の決意に応えるように。
* * *
議会ビルの地下。
昴たちが到着したときには、すでに異様な気配が漂っていた。
「……遅かったか」颯真が呟く。
壁には焼け跡。空気が焦げ臭い。
美玲が目を閉じ、水の魔力で感知を行う。
「……まだ、炎の残滓がある。悠介くんの魔力だ」
「罠かもしれない」亜里沙が警戒を促す。
昴は頷きながら進む。
雷の気配を広げると、地下通路の奥に“何か”がいた。
「っ……待て!」
だが、すでに遅かった。
爆音。
炎の柱が通路を塞ぐ。
颯真が咄嗟に風の壁を展開し、美玲が水流で火を押さえた。
煙の中から、声が響く。
「久しぶりだな、昴」
炎の向こうに、悠介の影が立っていた。
炎のように揺らぐその瞳は、もはや“人間の色”をしていなかった。
昴は一歩前へ出る。
「悠介……!」
「来ると思っていた」悠介は静かに微笑む。
「お前が止めに来るだろうと、わかっていたからな」
「やめろ、悠介。こんなことをしても、誰も救われない!」
「救う? 昴、お前はまだそんな幻想を抱いているのか」
悠介は手を掲げた。
「理想では何も変わらない。焼いて、壊して、作り直すしかないんだ」
「違う!」昴が叫ぶ。
「壊すことでしか変えられないなら、それはもう“人の世界”じゃない!」
雷と炎が、同時に走った。
轟音。
炎が壁を焼き、雷が空間を裂く。
二人の力が交差し、爆発が地下を揺らした。
颯真と亜里沙が避難を誘導し、美玲が叫ぶ。
「昴くん、下がって! ここが崩れる!」
「……駄目だ。ここで止めなきゃ!」
昴の雷が再び光る。
「――悠介、俺はまだ信じてる。お前と見た夢を!」
だが、その言葉に悠介の表情が一瞬だけ歪んだ。
「……夢?」
わずかに炎の勢いが弱まる。
その一瞬――天井が崩れ、二人を引き裂いた。
「昴!」
美玲の叫びが響く。
土煙の中、炎が遠ざかっていく。
悠介の声が、最後に残った。
「――次に会うとき、お前は敵だ」
静寂。
昴は拳を握りしめた。
雷の光がその手から漏れる。
「……敵でも、構わない。お前を、必ず取り戻す」
雨音が、崩れた通路に落ちていた。
まるで、燃え尽きた灰の上に涙が落ちるように――。




