第10話 南区防衛戦
朝焼けが昇る頃、アークライン南区には、もう戦火の匂いが漂っていた。
まだ完全には消えていない煙が風に流れ、通りには緊張した気配が満ちている。
避難民の声。泣く子供。崩れた建物。
そこに、雷の光が走った。
桐谷昴は廃材をどかしながら叫ぶ。
「こっちだ! 通路を確保した! この道を通れば避難所まで行ける!」
颯真が風を巻き起こして瓦礫の粉塵を吹き飛ばす。
「炎の残り火がまだ残ってる! 油断すんなよ!」
亜里沙が大地に手をつき、亀裂を埋めるように魔法陣を展開した。
「地盤、固定完了! これで建物が崩れる心配はない!」
その中央で、美玲が静かに両手を広げる。
「水の結界を張る。避難路を守るから、ここを防衛線にするの!」
昴が頷いた。
「よし、ここを“南防壁”と名付けよう。……ここを越えさせるな!」
空気が一瞬張り詰める。
その直後、地響きが走った。
遠くの丘の上、炎の柱が立ち上がる。
紅蓮団が来た。
「来るぞ!」
颯真の風が戦場を駆け抜ける。
炎の波が街道を押し寄せるように迫る中、昴が右手を掲げた。
「雷よ、貫け――《雷迅槍》!」
閃光が走り、炎の前衛を貫く。
爆発。
だがその中から、黒いマントを纏った魔法師たちが現れた。
「紅蓮団……!」
その数、三十。
炎の腕輪をつけ、瞳を紅に染めた者たちが次々と魔法陣を構築する。
「非魔法師の街を守るとはな。愚かだな、雷の子!」
先頭の男が炎の槍を構えた瞬間、颯真の風刃が彼を弾き飛ばした。
「愚かで結構! 俺たちはお前らの焼き畑にはならねぇ!」
風と炎がぶつかり、爆音が響く。
その間に亜里沙が地面を叩き、魔法陣を走らせる。
「――《土壁陣・連繋》!」
地面から大地の壁が立ち上がり、炎を遮った。
「昴、前へ!」
「了解!」
雷が駆け、昴は前線へと飛び出す。
敵の炎弾を避けながら、雷槍を振るう。
彼の体はまるで稲妻のように走り、瞬間ごとに位置を変えた。
「《雷閃・疾駆》――!」
数名の紅蓮団員が倒れ、爆炎が散る。
しかしその背後。
空が裂けた。
――炎の剣が降り注ぐ。
昴がとっさに防御の雷を展開したが、間に合わなかった。
「ぐっ――!」
炎が肩を掠め、焦げた匂いが立つ。
「昴くん!」
美玲の水流が飛び、炎を打ち消した。
彼女は駆け寄り、傷口に水を纏わせて治癒する。
「平気?」
「平気だ、ありがとう」
昴は立ち上がり、前方を睨んだ。
炎の剣を放ったのは、黒衣の指揮官。
その背後には、赤い紋章。
――紅蓮団副官、刹那。
「桐谷昴。貴様が悠介様の“情”を鈍らせている」
「悠介を利用するな……!」
「利用? 違うな。彼は自ら炎を選んだ。お前の“理想”が、彼を壊したんだ」
刹那が手を掲げると、炎が竜の形を取り昴へと襲いかかった。
「《紅蓮龍牙陣》!」
昴は雷を収束させる。
「……悪いけど、雷は龍より速い!」
「《雷槍・双閃》――!」
雷と炎が激突。
衝撃波が走り、建物が崩れた。
美玲の水がすかさず周囲を包み、熱を抑える。
「二人とも、落ち着いて! このままじゃ避難民が――!」
その声で、昴ははっと我に返った。
――守るための戦い。
忘れてはいけない目的。
昴は刹那との距離を一気に詰め、雷を刃に変える。
「俺の雷は、壊すためじゃない。守るための力だ!」
「守る……? そんな理想、炎の前では塵だ!」
「理想は燃え尽きない!」
雷閃が炎の剣を貫いた。
光が爆ぜ、刹那の炎が散る。
副官は後退しながら苦々しく舌打ちした。
「なるほど……貴様の“雷”が、悠介様を惑わせた理由がわかった気がする」
「――悠介を返せ!」
「返す? 彼はもう、“人”じゃない」
その言葉を最後に、刹那は炎に包まれて消えた。
残されたのは、焼けた匂いと焦げた瓦礫だけ。
* * *
戦いが終わる頃、南区の空には灰が降っていた。
避難民たちは無事に逃げ延び、昴たちは防衛に成功した。
だが、その空気には“勝利”という言葉が似合わなかった。
街は焼け、心は疲弊している。
「……守れたのに、全然嬉しくないね」
美玲の声は、かすかに震えていた。
昴はうつむき、拳を握る。
「俺たちは、まだ“始まり”に立ってるだけだ」
「悠介くんを止めるには、どうすればいいの……?」
「――奴の“心”を取り戻すしかない」
昴の瞳が雷の光を宿した。
「どんなに燃え尽きても、あいつの中にはまだ“光”がある。
俺が、必ず見つけ出す」
風が吹き抜けた。
焼け跡の中で、わずかに雷の音が鳴った。
それはまるで、遠い約束のように――




