第9話 水牢の花嫁
広間の続いた先には、さらに下層へと続く階段があった。ダンジョンだけに幽霊船の見た目以上に中は広かったが、
「ここは船底になるのかな」
華美な上層部と違い、剥き出しの木材にバランスを保つための海水が溜まっている。濡れずに歩くには浮き出た竜骨の上を進むしかないが、狭くて滑りやすい。所々牢屋のような部屋があり、鎖に繋がれた亡者が叫んでいた。
「これ全部魔物?」
「言葉が通じる⋯⋯よね?」
鎖のせいか敵意はないのだが、解放すれば魔物の姿に変わり襲われる。ダンジョンだから当たり前なのだが、魔物化する前はなぜか普通に会話が出来た。
彼らはすでに魂を切り取られた亡者なのだと自覚していた。助けると魔物になるから助けられない。時間を消費するが囚われた理由を聞いた後に解放し、アリルがまとめて浄化していた。
「勇者召喚や人体強化の実験が、この内海のどこかで行われていたようだね」
その組織は、研究のために必要な人々を冒険者や海賊達を使い攫わせていたと言う。日々研究と称していくつもの生命が犠牲になっていた。
腐肉の塊、あのおかしなグールメイズも実験の結果誕生した慣れの果てらしい。理由は色々あって、その都度利用され殺された者達の恨みまでもが使われて、怨念の塊が出来たのだ。
このダンジョンが船の形を創り出しているのは、彼らの願いが解放の旅へと乗り出したい⋯⋯そう願い形造ったのかもしれない。
「この先は更に酷いのがいそうだ。今更戻れないから泣かないでね」
薄暗い広めの通路に変わり足元の海水がなくなる。レガトが気を引き締めるように伝える。何らかの意図があったにしても、半分以上は邪な意図や悪意がある。そういう趣味の輩が遊びでやったんじゃないかと思うくらいだ。下層はとくに反吐の出そうな魔物だらけだった。
「終わらせてくれ!」
「殺して!」
「お前たちも来い!」
「死ね!」
人らしき顔を残した魔物が呪詛を吐きながら攻撃してくる。攻勢の時は強気だが、劣勢になると人型に近い形に戻り命乞いをしてくる。
「趣味の悪さが乗り移ったようね」
「彼ら自身も裏切られたのかな」
「これは何らかの理由で殺された人達と、海賊達が混ざった感じだね」
「ただ、まともそうに見えても結局狂ってるのよね」
先頭を行くスーリヤとメニーニが、亡者に懇願されても構わず切り捨て叩き潰す。お上品な育ちではなくて幸いしたのか、皇女であるシャリアーナすら腐臭に顔を顰めながら容赦なく叩き斬る。
人の口に戸は立てられない。そんな輩の成れの果てが、この哀れで醜い魔物達だった。アリルの浄化の力で、蠢く魔物と化した人々の大半が救われたと信じるしかなかった。
「牢に閉じ込められていたものが元々幽霊船として蠢きしもの達、彷徨っているものがその幽霊船に囚われた海賊達のようね」
一行は腐敗臭と精神攻撃にやられそうな魔物の巣窟をようやく抜ける。ダンジョンの一番奥へ進むと、大きな空間が広がっていた。その中心には巨大な鉄格子の檻がある。そして不浄な場には似合わない、白く輝く花嫁衣装の美しい乙女が繋がれていた。
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「あれも助けたら襲われるんだよね」
レガトは眼前の光景────水浸しの牢獄を見て呟く。この広間だけ独立した階層なのか、水牢を照らすように明かりが集まっていた。囚われの、花嫁衣装の女性は、両手を鎖に繋がれたまま「星竜の翼」 の面々を静かに見つめる。その姿は今までの囚人の魔物よりも、人っぽく見えた。
「人族だって魔物より質の悪いのが一杯いるから、魔物の方がはっきりわかりやすいのよね」
シャリアーナが面倒そうに囚われの花嫁を見て言う。魔獣など、怖さや危険さが見てすぐにわかる。自分より大きい、速い、ただそれだけで対処のための判断や行動に移しやすい。
「カルジアの召喚する龍たちのように、人化した魔物なのは確かなようね」
パーティーの後ろを守るアリルが、水牢の花嫁を見て断言した。アリルと同じ金級冒険者のカルジアは、知恵ある古龍やエルダーグリフォンたちを召喚出来る。もっとも実力を大きく超えた魔物と契約したのはレーナだったが。
レガトはソーマとライナに挟まれ守られているカルジアへ目線を送る。パーティーリーダーの視線に気づいたカルジアは首をフルフルっと横に振った。
「なるほど⋯⋯人外の存在は確定か」
これ以上は強力な魔物との契約はしたくない⋯⋯そんな意思表示だったのだが、レガトはカルジアの泣きそうな態度から、囚われの花嫁が魔物であると確証に至った。
水牢を取り巻く膨大な魔力、それだけでも幽霊船のダンジョン「ゴースト・シップ」 にふさわしいボスだとわかる。
「海賊達では手が出るわけないよね」
レガトはもう一つの可能性について思いを巡らせてニヤリと笑った。