第7話 初キスの相手は選びたい
『ゴーストシップ』の船内は外観同様、物語で語られているのと違った。古い客船のようなダンジョンで、通路は薄暗いが、二人並んで余裕があるくらいの広さがあった。
物語同様なのは魔物だろう。つまりゴーストやスケルトンといった不死者の魔物が多く出る。魔物からの素材はあまり期待出来ない代わりに、財宝がありそうでレガトはワクワクしていた。
「僕が先頭を行く。カルナ、マーシャの二人はベネーレを挟むように後ろへ」
レガトは仲間の冒険者二人に背後を任せ、ベネーレを三方から囲う形で守る。好奇心旺盛でうろちょろしがちなお姫様だけに、他のパーティーでは面倒見きれないと思ったのだ。
「あんまりはしゃいで離れると、魔物に攫われたり、落とし穴に落ちたりして助けられませんよ」
時間に限りがあるので、船内のどこかに連れ去られた場合、助けられない可能性がある。二重遭難を避けるためにも、助けない選択肢を取る事を皇妹に伝えておいた。
「冗談⋯⋯ではなさそうね」
いい年齢の大人たちが酷い目にあったのを目の当たりにしていたので、ベネーレは大人しくなった。酒場を先に追い出された理由も彼女は察していた。ならず者達も良い反面教師の役割になったようだ。
「冒険者っておっかないわね」
「「それはレガトだけですよ!」」
二人の冒険者の声が被った。そういう二人は皇妹の護衛をする羽目になって、かなり緊張していた。レガトのサポートはリモニカや双子、皇女ながら古参メンバーのシャリアーナ達がいつも傍についている。
同じ皇族でも、シャリアーナは元々公女で、レガト達との付き合いも長いため、かなり気さくだ。ベネーレは純粋な皇族である。緊張するなと言う方が無理な話だった。
「気持ちはわかるけどさ、頼りにしてるから落ち着こうか」
「その言い方では余計に緊張するのではなくて?」
「元凶はベネーレなんだけど。まあ⋯⋯身分違いも、慣れてもらうしかないよ」
パーティーを分けて動いてしまっている以上、今更後戻り出来ない。腕は確かなので、護衛と戦闘に集中してもらえば十分だとレガトは緊張をほぐすように伝えた。
船内のダンジョンなんて中々見る事なんて出来ない。照らす明かりは、ベネーレの持つ魔法のランタンのみ。ぼんやりと届く光を頼りに四人は進む。甲板は重厚で頑丈な、とても幽霊船とは思えない造りだったが、内部は所どころ破損し今にも壊れそうだった。
「水が漏れてるの?」
「床が腐ってない?」
ぴちゃぴちゃと、滴り落ちる水の雫。床板も腐食し、いつ破れるかわからないので、足運びも慎重になる。魔力の淀みはあるのの、腐りかけた景色のわりに、鼻をつくような臭いはしない。「ゴーストシップ」ならではの魔物がいると、レガトは判断していた。
「真水だね。でも口にしない方がいいよ」
海上に浮かぶダンジョンだというのに、塩っ気がない事にレガトは気がついた。ダンジョンに限らず、綺麗で透明感ある水にも注意が必要だ。
「幽霊船の水だよ? 飲むわけないでしょう」
「こんな水なんか飲んだら、お腹を壊す前に呪われて、幽霊船に囚われそうだよね。それに⋯⋯」
ウボォーーー!!
水の滴りが急に増したかと思うと、ベネーレの前に、突然グールメイズが湧いた。
「いっやぁ~〜っ!!」
恐怖に怖気に鳥肌を立てながら、即座に護衛のマーシャが短剣を叩きつけるように斬った。気合の声が逃げ出したい気持ち混じりの間抜けた感じなのは、気にしないでおくレガト達。
ベネーレの顔前に突如あらわれた腐ったグールメイズの顔面が、浄化付与された剣の威力で半分に割れ溶けてゆく。
お姫様の初めての口吻が、腐った邪霊のグールメイズとか、流石に可哀想だからね⋯⋯レガトは震えて固まるベネーレを見て無事を確認しマーシャの手際に感心した。
「⋯⋯な、何なのコレ」
ベネーレの近く、足元の水溜りに、崩れた黒い影が落ちる。皇妹は震えながら、ランタンを持つ手とは逆の手でレガトの服の裾を掴む。
「悪霊の一種だよ。光が嫌いで夜闇にしか活動しない不死者の魔物だね」
炎や浄化対策を施していないと斬っても黒い霧状化して、再びおそってくる厄介な魔物だ。
「予兆がないから、グールメイズがいそうな場所では、誘い出して始末するのが良い討伐方法なのさ」
レガト自身もダンジョンの造りを興味深く見てしまいがちで、唐突な魔物の出現にびっくりしてしまう。ゴースト系の魔物は潜むのではなく、湧く形なので尚更だった。
「あらかじめ出現場所を特定したのね⋯⋯えっ、まさかこのランタン!?」
「それがやつらの好む、魔法の光だよ」
ベネーレの疑問にレガトが即答する。明かりに群がる虫のように、闇に蠢く魔物が集まるランタンだった。
好奇心から探索に加わったとはいえ、自分が足手まといになっているのはベネーレも承知している。武器を持つと危ないからとランタンを持たされた理由と「レガトが怖い」本当の意味をベネーレは理解した。
「め、面倒になって置き去りにしたりしないわよね?」
「ハハハーッ、そんな真似するわけない⋯⋯とは言えないかな。だから勝手に離れないようにね」
普通の貴族の姫ならば、ぞんざいな扱いに抗議したかもしれない。しかしベネーレは、レガトが囮という役割でベネーレにも活躍の場を与えてくれたことが嬉しかったのだ。
「でも⋯⋯私の唇はしっかり守ってよ! 奪われたら責任取ってもらうからね」
「うっ、それは嫌だな」
レガトが本気で嫌がっているのが分かり、ベネーレはムッとして彼の足を蹴る。そして彼の服の端をしっかり握り直した。