第12話 消失する伝説
背後の守りはレガトとに任せて入れ替わり、剣聖アリルが前線へと躍り出る。手に持つ名もなき鋼の剣は、レーナとレガトの魔力で膨大な魔力の込められた聖剣となっていた。
剣聖として名高いアリルの浄化の剣は、レガトの父ニルトの形見の剣。アリルが冒険者として単独行動で名を馳せたのも、二人の魔力により守られた、この剣のおかげかもしれない。
レガトによりさらに魔力が与えられた剣聖の浄化の剣は、水魔と化したバアルトの魔力の支配を切り裂き、解き放った。
「はい、そこまでよ」
アリルの浄化の力がバアルトを取り巻く邪気を祓う。もっともバアルト自身の強固な意志もあり、完全に力を出していなかったのもある。だが浄化の魔力が強すぎて、バアルトが生存するのにダンジョン内に亀裂が走る。
「なんて強大な魔力なの⋯⋯」
ヴェパルヴェールの姿から花嫁衣装の男の姿に戻ったバアルトは、圧倒的な浄化の魔力を浴びても抵抗しなかった。魔物化したのに常に理性が働いているというのはおかしな話だが、暴れて滅びる気はないように見えた。彼(彼女)? の狙い通りに救う形になって、レガトは少し嫌そうに、にこやかな笑みを浮かべるバアルトと目を合わせた。
「私を水牢から連れ出してくれるのね」
「聞きたくなかった言葉だね」
リモニカやシャリアーナから白い目を向けられ、うんざりしたようにレガトがボヤいた。冒険者にありがちな名シーンに興奮しないのは、レガトにそんな趣味はないからだが、それ以上に嫌な悪寒が彼の感覚に付きまとう。
「他にも君のような囚われし者がいるんだろう?」
「ええ、おそらく」
彼を助ける以上、他のものを救わないわけにはいかない。戦力としては間違いなく強者になり得る。ただし、趣味趣向は別の話だ。
「縁を望み結んだのはあなたよ、レガト」
シャリアーナに皮肉られ、レガトは心の中で泣く。そうなるのが嫌だから放置したかったのに。
アリルとライナが浄化しまくり、水牢の邪気を完全に祓う。このままダンジョンの主軸の水牢の悪魔ヴェパルヴェールがいなくなれば、『ゴーストシップ』ダンジョンは消滅する。
海賊達ゴロツキを自動で取り締まる意味では役に立っていたが、罪なき人々や内海で遭難し亡くなった人々の魂までも捉えてしまうこともなくなるだろう。
彷徨う牢獄付近には、もう取り戻すべき人々の姿はなく、奪われた国は存在さえなかった事にされているのだ。
「時が経ちすぎているから⋯⋯復讐した所で浮かばれる魂もないかもしれないよ」
「それも承知よ。ただ封印されているであろう家族を助けること⋯⋯諸悪の根源、悪意の撒いた種はこの手で刈り取りたい」
彼を慕う民も国もすでにないが、彼を貶め悪魔とさせた組織と、思想や研究は存在し続けている。バアルトは、自分達を滅ぼしたもの達を破壊しつくすと心に決めたようだった。
「せっかく解放したんだ。後は自由に生きても良いんだよ。心の中で君の事をみんな応援するからさ」
「ありがとう、レガト。でも私はあなたについていくわ」
バアルトのぬるぬるした手で握られて、レガトは助けを求めて仲間を見るがもちろん綺麗に目を逸らされた。
「諦めた方がいいよ、レガト」
諭すようにリモニカが声をかける。当然いつもの二人の距離からだいぶ遠い。
「とりあえず、脱出しよう」
レガトは明確な返答は避けて、脱出を指示した。やんわりと現世に放流しようと試みたが、無駄そうだった。関わりたくないから、仲間たちは最後尾をアリルとレガトに任せ、スーリヤとメニーニを先頭に、逃げるように走り出した。
星竜の翼の一同は、崩れ落ちるダンジョンを土の魔法で補修しながら出口まで急ぐ。走りづらいだろうにバアルトは花嫁衣装を脱ぐ気はないようだった。
「待っているみんな、絶対にビックリするよね」
リモニカの言葉にレガトは頷く。幽霊船で精神的に疲労したものには、かえって良い刺激になるかもしれない。悪戯心が芽生え、探索メンバーも皆、走りながら笑った。
レガト達の無事に喜ぶ仲間達だったが、スライムの海に飛び込んだ後のような、花嫁衣装を着た男性がレガトと手を繋いでやって来るのを見て大騒ぎになった。
騒ぐ時間はないからと、レガト達は夜明け前までに船を出す。「ゴーストシップ」の海域から脱出しようとするが。幽霊船は崩れても消えなかった。
「再構築しようとしている?」
魔力の渦を見て、レガトは悪意の厭らしさに嫌悪した。逃げ出せた、そう思った瞬間捉えにかかる罠は実際に効く。ヘトヘトな捜索チームを見ると、彼らもうんざりしているのがよくわかった。
「縁切りするわよ、バアルト」
レーナがバアルトに組み込まれたダンジョンの主、水牢の悪魔としての繋がりを完全に取り払うと提案する。ダンジョンとの縁切りを行うことで悪魔的な魔力は失うかわりに、彼を閉じ込めた悪しきものからの軛から完全に解放される。
レーナの魔法の技で、幽霊船の影が薄くなったのが皆にもわかった。そしてダンジョンの消失が確認された。
「汚れを清めたら、あとは好きに行動していいよ。ただし皆に迷惑をかけるようなら船を降りてもらうよ」
予備の服を彼女? に渡してレガトは自由に行動してしていいからと、船内の自由を許可した。
「行くあてもないし、あなた方と一緒に冒険者として行動するわ」
船上で好きにして構わないというのは、仲間として認めたと同義だ。冒険者でもそれは同じだ。ただ仲間が増えるのは嬉しいはずなのに、聞きたくない言葉だなと皆思ったが口にはしなかった。
「そこの鍛冶師の娘さん。この衣装、もっと強く仕立て直せる?」
「裁縫は得意じゃないけど、やれるとこまでやるわ。それまで大人しめの服装で我慢してよ」
メニーニがうまく誘導し、目立つ花嫁衣装の装備を作り直す事で、服を変えさせる事に成功した。
「バアルトです。改めてよろしくね、皆様。それにカルジア様」
「⋯⋯⋯⋯へっ?」
召喚師のカルジアは、なんの事かわからずレガトの隣にいたレーナに振り返る。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
フイッと目を逸らすレーナ。縁切りしたがせっかく悪意あるものから回収した成果を戻すのはもったいない。レーナはそう考えて、この世界との結びつきを保つ先をカルジアにしたようだった。
「まあ、ハーレム要員が増えて目出度いのかな?」
「わだし、のぞんでない!!」
久しぶりにカルジアが涙目になって泣いていたけれど、たくましいクランの仲間達はもう毎度の事で慣れてしまった。
わざわざ名前を本名、失われた王国の王子の名にしたのも、敵対者に喧嘩売る気だろう。いずれ面倒事が起きるのも確定だと、レガトは頭を抱えるのだった。
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