第11話 水牢の悪魔 ※ イラストあり
「⋯⋯あいつらは私達の国を民を汚し、滅ぼしただけでなく、存在そのものまで消したわけね」
再び沈黙した後に、水牢に閉じ込められたバアルトから、激しい怒りと憎悪が渦巻く。
膨大な魔力を持つバアルトを制御するのに失敗した代償は大きい。そんな王子を幽霊船に閉じ込め続けているのは、彼自身の悲嘆だったのだろう。
災厄をもたらした要因は敵する者達にあるとは言え、暴走した彼自身の力が愛する民を巻き込んだ。
災いの事実だけが残されて、敵対者が救心者として敬われている事実に、そして災厄の事実すら失われかけている事に、バアルトが憤る。
「邪神め、許せぬ!!」
魔力で象られた水牢が溶けてゆく。レガト達の予想通り、バアルトが自分で縛り付けた鎖は、いつでも外せたらしい。そしてその魔力が閉ざされない限り、棺桶と化した幽霊船もすぐにはダンジョンは崩れないようだった。
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「うっわ、キモッ」
「すっごく凶暴になったわよ」
溶けてドロドロした水牢の支柱が鞭のように襲って来る。スーリヤがシャリアーナを抱えて、急いでアリルの所まで下がる。溶けた牢は、白く濁り水蛇型の飴のようにバアルトにまとわりつく。花嫁衣装は彼の膨らむ身体に合わせて伸びてゆき、飴によりぬめる肌は魚類の鱗に覆われ始めた。
───個体名ヴェパルヴェール。
水の悪魔ともいうべき姿。ヴェパルヴェールは水の力を自由自在に操るため、バアルトがもとから持つ水の魔力と相性が良い。
水牢の⋯⋯水魚の花嫁が魔物かどうかは、ハッキリ決めかねた。何故なら狂気をはらんだ魔物の金の瞳の奥には、バアルトの人としての知性が残っていたからだ。
水の悪魔化しても、知性を失わず花嫁衣装を纏うバアルト。スーリヤとソーマがシャリアーナから助力を得て、その身を炎の剣で切り裂く。しかし水の力に炎は弱められ、破けたのは白い花嫁衣装のみ。リモニカが隙だらけの喉元を、メニーニが、ライナから風魔法で跳力を高めて頭部を狙い、ハンマーを振るう。
「ヒラヒラしたのが、水の防御膜のように私の剣の威力消してる!」
「あの鱗⋯⋯魔法で強化して急所を守っているよ」
「武器が溶ける? ネトネトネバネバした白い水飴には触れちゃ駄目よ!」
花嫁姿の倍以上に大きくなったバアルト相手に、体勢を整え直した「星竜の翼」のメンバーたち。スーリヤとソーマの炎の剣は効かず、リモニカの矢も弾かれた。白くうねうねとまとわりつく蛇のような水の鞭には強い酸が含まれているのか、メニーニが注意を促した。
「海の魔物ならば効くはず⋯⋯」
シャリアーナが器用に雷の魔法を白い水飴蛇に貼り付かせダメージを与えようと試みるが、バアルトは水を氷に変えて砕き、雷が伝達するのを防ぐ。打つ手を悉く封じられた冒険者たちは、ヴェパルヴェールの引き起こす水壁の波に吹き飛ばされた。
「激昂しているのに⋯⋯追撃して来ないのね」
「姿はアレだけど、とことん優しい王子様だったんだな」
回復役に回るライナとカルジアを守るレガトは、バアルトの決意が死ぬことにあるのではないかと察した。体勢を崩し無防備な所を追撃されれば、無傷では済まなかったはずだ。
仲間にするには気持ち悪いが、死なせるのはレガトとしても不本意だった。カルジアに龍達を召喚させるか迷った時に、ポンッと彼の肩を叩く者がいた。
「アリルさん?!」
「レガト、彼を殺したくないのね?」
「あまり関わりたくない趣向の持ち主ですが、無念を晴らすために働いてくれるでしょうから」
「わかったわ。私の浄化の剣で悪意を祓うから、レガトが弱った所を狙いなさいな」
「強制的に浄化して、自我まで失わないかな」
「その時は、その時よ。あの強い意志に賭けるだけよ。レーナなら、ダンジョンとあの水魔の軛を外せるはずだわ」
「またカルジアに契約させるわけか。いい加減だなぁ。でも⋯⋯それしかないか」
剣聖として敬われて慕われているが、レガトはアリルが大雑把な性分だと知っていた。雑な提案に渋面を浮かべたが、時間のない事や、バアルトの意志がいつまで理性を保っていられるのかわからないので、承諾せざるを得なかった。
『神謀の竜騎士』 の二つ名を持つ金級冒険者の召喚師カルジア。彼女の使役する本来の従魔はグリフォンのみだった。
レガトの母レーナにより、無理やり太古の龍や竜魔人らを強制契約させられた事で、実力以上に持ち上げられて泣いていた。
バアルトと戦う小さな背中を見て、レガトはため息をつく。花嫁衣装を着た変態⋯⋯いにしえの国の王子を使役するとなると、彼女の名声はまた上がることになるだろう。そして本人が意図しないまま、従魔たちによる逆ハーレム団が形成されるのだ。
「強力な手札をこちらに引き入る事が出来る、そう割り切るしかないよね」
悪寒が走りカルジアがぶるぶると震える。やむを得ない犠牲だと思うレガトの考えが伝わったのか、アリルが前線に躍り出るなり、カルジアの表情がみるみる青く変わった。
けっして水牢の悪魔の氷水魔法の攻撃で冷えたわけではないようだ。増え続ける実力を超える従魔の主として、カルジアの心理的負担も同時に増してゆく。後にレガトに戻って来ることは、さすがの彼もこの時は予想していなかった。