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第10話 豊穣の恵みをもたらす者


 正気の間は知的である⋯⋯それはレガト達の目的を達成するために重要な情報を貰える可能性を秘めていた。


「ボスなら当然お宝の情報知っているよね?」


「レガト、あの囚われた人がそんな簡単に教えてくれると思う?」


「期待しない方がいいと思う」


 どこにあるのかわからないお宝を探し回る時間が惜しい。レガトの煌めく瞳には、花嫁衣装を着た人が囚われている意味など関係なかった。水牢が金銀財宝の詰まった宝箱から溢れ出た、お宝の山が見えるようだった。


 窘めるシャリアーナに乗っかる形で、レガトの隣でリモニカがボソッと現実的な言葉を吐いた。リモニカの構える弓矢は、しっかりと囚われの花嫁へ向けられている。


 そもそも幽霊船が宝船に見えているのはレガト以外には双子やアミュラなどわずかな楽観的な者たちしかいなかった。


 他のメンバーは危険度の割に実入りは少ないと、探索の段階で理解していた。他のダンジョンとは何か違う。まるでこの異様な牢獄を監視し、守るためだけにあるように見えた。


 それでも止めないのは、幽霊船という特殊環境の魔物から得られる素材や魔晶石が貴重だからだ。


「財宝の不足分を充分に補ってくれるよ」


 商人のアミュラなどホクホクしているのでわかりやすい。探索チームに入りたがったが、戦力としてあてにはならないので留守番になったのだ。


 レガトも本当はわかっていている。ただ冒険者として、悪ノリしている。実際に幽霊船があったのだから、宝の可能性はゼロでない。可能性があるのならば、追うのが彼の信条だ。


 


「⋯⋯こちらに気がついたようだよ」


 水牢の花嫁が顔をあげた。レガト達と囚われの花嫁まで、隔てるものは檻の支柱のみ。騒がしい冒険者がやって来れば、丸分かりだった。


 彷徨うダンジョン内。それもいつどこでダンジョンに入れるのかわからない上に、魔物がかなり強く、臭いの酷いものが沢山あった。そして最後にいたのが、水牢に囚われた花嫁。


「う〜ん、可哀想な過去があってもさ、こんなダンジョンにいて、この人がおかしくないわけないよね」


 花嫁の水牢まで近づいたレガトは、鎖で繋がれた花嫁の穏やかな様子に違和感を覚えた。姿は確かに花嫁なのだが、身体つきがやけにしっかりしている。


 幽霊船で出会った人の姿の時だけ知性を保った魔物は、汚れ擦り切れた囚人服を着ていたため性別ははっきりしていた。


「あなた名前、なんていうの?」


 スーリヤが恐れ気なく尋ねる。牢の錆びた鍵の扉は閉めたまま。鎖も外してやるつもりはない。


 話せるのは囚人でわかっていたので会話を試みる。騒ぎはしないけれど、助けが来た事に喜びを見せた表情になっている。


「私は、バアルトと申します」


「なんでこんな所に囚われているの?」


「それは私が⋯⋯いえ、私達が力を持ち過ぎたためです」


「力があるのに封じられているわけ? 力があるのなら自力で出られないの?」


「この幽霊船は私の力をもとに造られた人工のダンジョンなのです。私を封じるための彷徨う監獄なのです」


「ダンジョンを創り出す研究があったっていう事かしら?」


「そうです。この地の大半の施設は魔力の急激な高まりと、召喚された魔物によって滅ぼされました」


 スーリヤと、シャリアーナの質問に淀みなく答える囚われの花嫁姿のバアルト。幽霊船の知的な魔物の中で、一番応答が速やかだった。


 バアルトの話から、似たようなダンジョンは他にも残っているとわかった。後ろを警戒していたアリルが頷く。彼女が剣聖となったのも、そうしたダンジョンや施設を一人で攻略し、解放して来た事による。


 嘘は言っていないが、囚われ続けていたせいか、情報そのものは古かった。


「貴方はなんでダンジョンを壊して逃げなかったんだ?」


「ここには大勢の仲間達が閉じ込められました。私が逃げるということは、彼らの魂が奪われたまま還らず終わる事を意味したからです」


「魂になったまま人質にされたわけか」


 時間の概念がこのダンジョン内にはないのかもしれないと、レガト達は顔を見合わせた。ダンジョンに囚われてしまう理由、それはおそらく幽霊船という特殊なダンジョンだったからかもしれない。


「時間の拘束現象の間に幽霊船によって未開の地へ運ばれているからかもね」


 レーナがいればもう少し詳しくわかっただろう。だがレガトの母レーナは外部からの横槍が入る可能性を考えて留守番を頼んでいた。


 

「何かあっても母さん達はうまく脱出してくれると思う。問題はこっちだよね」


 ダンジョンが崩壊する上に、このバアルトとの戦いになるかもしれなかった。どうするのが最善か、レガト達は悩んだ。


「よし、見なかったことにしよう」


 何もしないこと、それが一番平和的な解決方法だとレガトは退却を指示した。解放すれば戦うことになるし、巧妙な罠だ。バアルトを助けられても、多くの魂が囚われたまま奪われる。


 また助けたものは幽霊船とバアルトにまつわる秘密ごと海の藻屑にされるのだ。レガトは仲間達の身が心配だった。情報を探って回れば当然バアルトを捕らえた組織の耳に入る。


「置いていくの?」


「どうせ宝がないとわかって面倒になったのでしょう」


 スーリヤが花嫁衣装のバアルトを見ながら、不安そうに尋ねる。人の姿のせいで、魔物なんだという認識が難しいらしい。シャリアーナはレガトの本心に気づいて苦笑した。


「違うとは言えないか。このバアルトが魔物ではないとしてもだよ、連れて行きたくはないよね」


 幽霊船の中では、囚われたものを念のため解放してみては、サハギンみたいな海の魔物と化して襲われた。


 レガトは水牢に囚われた花嫁衣装を着たバアルトを見る。傍まで近づいた事で確信した。見た目は美しいが、花嫁衣装から見える首元や胸元は⋯⋯男だった。


「連れ帰るにしても戦うにしても、なんか嫌だ」


 レガトは瞬時にこの囚われの人々はそういう罠だと認識していた。滅んだと言われる豊穣の王国には、バアルトという名前があった。彼は非常に高い魔力の持ち主で、為政者としても優秀な()()だったという。


 今の帝国が成立する以前にあった国の王子が、なぜか花嫁姿で何百年もダンジョンに囚われて生きているのだ。


 今の今まで何百年も大丈夫だったのだから、きっと触らなければダンジョン内なら永遠に生きてられるのだろう。


 魔物化しているせいだとして、種族的な話しは別にしても、余計な揉め事を自分達から拾うようなものだ。


「善悪の問題じゃない。せっかく中央貴族とか狂信者とか排除したんだ。自分達から目に見えた厄介事を拾うと、冒険に出れなくなるぞ」


「でも⋯⋯」


 見た目をあまり気にしないスーリヤが、静かに鎖に繋がれたままのバアルトを見つめる。格好を除けばとても魔物だとは思えないくらい理知的で大人しかった。

 

「僕らが余計な手を出して、永遠に生きられるはずのバアルトの時間を奪うくらいならさ、助けないという苦渋の選択肢こそ助けることになると思わないかい?」


「助けないが助けるになるのね」


「な、なるほどね。何が助けになるか決まりはないものよね」


 察しの良いリモニカやシャリアーナは、ジッとレガトの態度の変化を怪しんでいたが、すぐにその考えに乗っかる。


「それでは牢の奥にある宝をいただいて帰るわよ」


 だんだんとバアルトに集まり高まる魔力にアリルは興味がないようで、一番の目的を果たそうとする。宝の数はわずかだが、品質の良い装飾品、花嫁用のものがあるとバアルトが教えてくれたのだ。


「────お待ち下さい。解放されても襲わないので、私をここから助けて下さいませんか? 少しならダンジョンの崩壊も持たせられますから」


 もらうものをいただいて、あっさり帰ろうとするレガト達を見て、初めてバアルトから声をかけて来た。


「いや囚われていてそんなのわからないでしょ? ていうか貴方を助け出すと仲間達の魂が奪われるんだよね?」


 理知的だからといって、その話を信じるかどうかは別の話だ。海賊達だって理知的なものはいるが、誠実なものなど殆どいないものだ。


「始めから何が起こるかわかるなら、自作自演を疑うだけだよ。()()()()()()のは事実だとしてもね。それにその口ぶりだと、罠にかけたいから助けさせたいみたいになるよね?」


 おかしな考え方をする知り合いを何人か見てきたせいか、レガトには免疫がついていた。


「ほんとにいいの、レガト?」 


 リモニカが、一応聞いてきた。レガトの口ぶりから駄目なメイドあたりを想像したようだ。


「放置しておけば、またせっせとお宝を溜め込んでくれるから、その頃また来て決めればいいよ」


「あ、あなたは頭がおかしいのですか? いたいけな虜をダンジョンに放置して、再び奪おうなんて」


 幽霊船の中という、おかしな場所でおかしな格好をした男に、おかしな奴呼ばわりされたがレガトは意にも介さずふてぶてしく笑う。彼の目には水牢と花嫁が魔力で同調しているのが見えていたようだ。


 レガトがバアルトの注意を引く間に、メニーニとソーマが、お宝をしっかり回収して戻って来た。


「本当に私を置いて行くつもりなのね?」


「優しい人々の暮らす王国と、『豊穣の恵みをもたらす者』という二つ名を持つものの名は、古い船乗りの伝記にもあったよバアルト。境遇には同情するけれど、助ける理由にはならないね」


「そう⋯⋯残念ね」


 奪われた宝には見向きもせず、バアルトはレガトを見つめ沈黙する。


「帝国史に残る伝承が全てではないのは理解していたよ。凄惨な歴史があろうと僕らにとって過去は過去だよ。この『ゴーストシップ』に封じられた魂たちを解放する気がないのなら囚われ彷徨い続けるしかないだろうさ」


 災厄が起きてダンジョンがあちらこちらに出現する中で、そのバアルトの国も魔物に襲われて滅んだ。他ならぬバアルト王子の膨大な魔力が引き金になったに等しい。


 そして帝都にある古代龍の住まうダンジョン『竜神の爪跡』こそ、その当時の傷跡の深さを物語るものだった。当時その地に残っていた小さな国の冒険者ギルドが、インベキアにやって来るまで、今の帝国は魔物で溢れかえる魔境そのままだったそうだ。


 全てが真実ではない。塗り替えれた歴史、伝記は帝国でも形をかえ、インベンクト帝国の創世神話として残っている。


 本人が言うには囚われの姫? であり、勇者召喚やダンジョン生成の秘密を探る研究材料として使われた人々と共にあると告げていた。


 変な趣向を除けば、バアルトは当時の真相を知る数少ない情報提供者になるだろう。解放後にどうなるのかは、やってみなければわからないが、この囚われの王子は手札になり得るとレガトは思った。


 だからその気のないそぶりや、バアルトの存在を軽んじてみせる。レガトはバアルトの眠っている気高い魂、長い時を経ても衰えない誇りをあえて刺激し挑発していた。


 これほど派手に存在を無視するのは難しいし仲間にするのは嫌だなと思ったのも事実だ。


 

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