第1話 魔海の伝承
インベンクド帝国のはるか南西にある自由都市には、沿州都市国家群、海洋都市国家などと呼ばれる大きな港町を擁する国がある。海洋都市の船乗り達は毎日のように内海と呼ばれる海へと漁や交易や運搬へ向かう。
その内海と呼ばれる土地には、珍しい果実や豊かな作物の実る大平原型のダンジョンがあったなど誰が信じるだろうか。
何故実り豊かな大地が内海と呼ばれる海となったのか⋯⋯記録が途絶えて久しい現在は誰も知らない。
「はぁ? 大昔は大地だろうが今は海だ。昔のことなんざ知ったことか」
「ガハハハ、内海が大地に変わっちまったら俺たち⋯⋯いや自由都市群の船乗りは終わりだよ」
漁で日々の暮らしを立てている漁師や内海で荷物や人を運ぶ船乗り達も、自分達の住まう地の成り立ちより、明日を生き食うための稼ぎにしか興味はなかった。伝承について尋ねた所で馬鹿にされ、笑われて終わる。
帝国以前の歴史の存在に興味を抱いたのは、眠る財宝を夢見て一攫千金を狙う冒険者達だ。歴史などに興味がないのは、漁民達と変わらない。彼等を突き動かすのは大金を稼ぎたい⋯⋯それだけだ。
時が流れ人々の記憶から豊かな大地を擁する国の記録が絶えた現在⋯⋯ようやくその地に暮らし生き残った子孫達が、伝承やおとぎ話の一環として伝えて来た話にふれられるようになった。
事実がどうあれ、滅んだ国の民に過去の国への思いなど皆無だ。国への忠義や信仰も廃れ、反乱の火種にすらならない。
権力者も歴史を葬り去りたかった人々も、今更取り締まりはしなかった。
そういう時代になったからだろうか。時の権力者に見つからぬように、細々と口伝えに残した記録が、名もなき打ち捨てられた祠の碑文から見つかったのは。
「伝説の国は存在したんだ!」
「豊かな大国だったらしい⋯⋯お宝もきっとあるに違いない」
わずかに残る伝承を頼りに冒険者達が浮足立ち、調査に赴くようになった。内海には未確認の小さな島がいくつもあったが、お宝の大半は水の中へ沈んでいると考えられた。
王城などはっきりとした建造物が海上に残っていれば、流石に発見されていたはずだ。だが、そんな報告はいままでなかった。昔はあったのかもしれないが、それこそまっさきに破壊されていた可能性は高かった。
欲望に溢れ活発化した内海の調査でわかったのは、魔の海域がいくつも存在する事だった。
「駄目だ。うちが派遣したチームが戻って来ない」
「オレのとこもだ。チッ、漁師どもの言う通りだったな」
漁師や船乗り達が内海の奥へ船を進ませなかったのは、魔海化海域のせいだった。大地がなくなっても、豊穣なるダンジョンは高魔力化地帯として今もなお残り続ていたのだ。
大平原型ダンジョンのように大海原型のダンジョンが存在し、陸地を大きく穿つように存在する内海を、実際以上に広くさせていた。
なにより一番怖いのは目標のないまま、狭い入り口のダンジョンへと知らない内に入ってしまうことだろう。
未知のダンジョンのもたらす恩恵や、伝説の国の実在から古の財宝を目指す人々が、海洋都市の有力者達の協力を元に、内海調査へと果敢に乗り出すようになった。
内海の操舵に慣れた船乗り達は、海水の違いや海原を走る風の匂いで魔海との境界を避ける。そうして海図が出来上がり、侵入経路が絞られてゆく。ダンジョン攻略に長けた冒険者と、海の知識に長けた船乗りの協力のもと急速に内海の調査が進んでいった。
魔海に生息する魔物の生態や種類、攻略には時間と労力がかかるため、後回しとなっていた。もちろん財宝目当てに抜け駆けし、嫌がる水夫たちに船を魔海海域に進めさせるものもいた。
しかし船乗りが本当に恐れたのは、自分達の経験則を無意味なものにする濃い霧の発生と時化だった。探索船の多くが突如発生する霧の海に飲み込まれ、迷い込んだまま消息を絶った。
始めは内海を根城とする海賊船の仕業で、彼らの流した噂だと言われていた。海賊達は内海に点在する無数の島にアジトを構え、たびたび商船を襲っていたからだ。
海賊船の存在も事実だが、真相は違った。私費で大調査船隊を組んで向かわせた海洋国家の貴族が、大船団の半数を失い得る事が出来た情報。それはダンジョン化した幽霊船が存在する⋯⋯だった。
お読みいただきありがとうございます。
ホラーのテーマが水⋯⋯水場のホラーと言えば「幽霊船」
初投稿した連載のエピソードを新たな物語として仕立て直しました。
ホラー企画終了までに一応完結予定⋯⋯です。