3 「アル視点」
そこには、悪魔が立っていた。表情は見えない。
だだ、俯いていた。
「あれだけの結界を仕込んでいたというのに、まさかのかすり傷だけとは、流石だな」
そいつは嘲笑うかのように口角を上げ、鋭い眼光で悪魔を射抜くと、腰を上げた。
悪魔は黙って顔を上げた。
すると、右類が、ぱっくりと割れており血が流れていることに気づく。しかし、悪魔は眉一つ動かさず、そいつだけを見ていた。
「…なるほどな、レインの事と言い、可笑しいと思っていたんだ。俺たちとレインの転移場所を変更させ、俺が此処へ来るように仕組んだのはお前だな?カイ」
それは、いつもの飄々とした悪魔からは到底思いつかないほど、低く、冷たい声だった。
「なんだ、分かっていたのか」
そいつは仏頂面になると、つまらなさそうに呟いた。
「…まあ、やっと貴様に逢えたのだ。此処は水入らずの会話とさせていただこう」
そいつは悪魔から視線を外さずに、俺に手のひらを向けた。
この特徴的な浮遊感。転移魔法である。
「おいっ!どういうことだ糞悪魔!しっかり説明しろ!」
消える前にせめてもと、叫ぶ。
「……悪ぃ少年。ちょっと待っててくれ」
少し悲しげに、悪魔は微笑んだ。
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「……………ま、そうだよなぁ」
気が抜けたように、俺は天を仰いだ。俺が転移した先は、知らない庭である。知らない庭というだけなら別にいいが、俺の気分が下がった原因はコレである。
「やあ新人君。丁度アールグレイを淹れたところだ。座るといい」
そう言い手を振るドール。此奴はまだいい。
「あ!使用人じゃない!仕事をほったらかして何処に行ってたわけ!?あんた無能じゃない!」
問題は此奴である。
我儘お嬢様事シャーロット。
あのまま逃げ切っていれば、此奴と会うこともなかったんだろうな………と遠い目で二人を見つめる。
「な、なによぉ…その反抗的な目は…」
紛れもなくお前に対する嫌味を込めているだけだが?
ランゼと言いシャーロットと言い、俺はもしかしたら話の通じないタイプの餓鬼が苦手なのかもしれない。
俺が脱走したということは知らないらしい。ドールが報告しなかったという事だろうか?
「冷める前に座りたまえ」
「ちょっとドール!?正気なの!?使用人とお茶会なんて!」
「いいじゃないか、シャーロット」
「………仕方ないわね。ほら!さっさと座りなさいよノロマ」
「……………」
俺に選択肢はないらしいので、無言で使用人が引いた席に座る。
紅茶の良い香りが、嗅覚を刺激する。
「さあ、頂こう」
ドールがそう告げると、シャーロットが近くにあったケーキを頬張り始めた。
「ん〜!やっぱり美味しいわ!」
「………」
仕方なく、近くにあった角砂糖を2、3個取り、紅茶の中へと落とした。
「…あんた甘党なの?」
シャーロットが興味深そうに俺の紅茶を見ながら、聞いてきた。
「…鳴呼」
返事しなければキレられそうだし、余計なことも言ってしまいそうなので、短く返事する。
「そう」
以外にも、それだけ言うとシャーロットは興味を無くしたかというように、ケーキへと視線を戻した。つくづく頭の可笑しい餓鬼が考えることはわからん。
ティーカップに口をつけ、紅茶を軽く流し込む。
程よい甘さが、口内に広がった。お陰で、少し頭に余裕が出来た。
少し整理しよう。
この怪しい屋敷から逃げようとしたら知らない場所へたどり着き、そこでまたまた怪しい奴に出会った。悪魔が現れたかと思えばレインが別のところへ転移されていたという明らかに重要な情報を言う。そして、その転移させた犯人がさっきの怪しい奴だった。詳しく話を聞いていようと思ったら追い出されてお茶会中。これが今の俺の状況。
悪魔と彼奴が何かしらの関係性があるのは事実だろう。
それにしても悪魔の表情………嗤うことしか出来ないと思ってたやつが、あんな冷たい表情も出来るんだな。
なんて他人事のように現実逃避していると、
「それで?お散歩はどうだったかな?新人君」
ドールが話しかけてきた。
「……まあ、怖かったな」
何を考えているかわからないドールの目を見ながら真顔で答える。
「ふははっ!やはり君は面白いなぁ………揶揄いがいがある!」
ドールは満足そうに片目を細めると、肩を震わせて嗤った。
「……お散歩?って、あんたサラっとサボってんじゃないわよ!ドールもドールよ!なんで教えてくれなかったの!?」
「くく…すまない。ついつい」
「ついつい、で済むわけないじゃない!」
シャーロットはわざとらしく考えるようなそぶりを見せると、
「そうねぇ…この不出来な新人には、罰を与えなくちゃならないわ」
と、意味不明なことを言った。
何という理不屈の連続。紅茶のカップを割るところだった。
シャーロットは、口角を吊り上げて悪戯っ子のように微笑んだ。
「いーい?使用人。今日の夜、私の部屋に来なさい」
「ぶふっ!」
ドールが紅茶を吹いた。
「……」
「返事は!?」
「…………………はい」
やっぱり、頭のイかれた餓鬼の考えることは、俺には分からないらしい。
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窮屈なお茶会を終え、やっと解放された俺は、ふらふらと部屋に入り、布団にダイブした。
二人の会話を聞く限りだと、レインは別の場所に飛ばされた。
つまり、最初から訓練は始まっていない。
正直言うと俺は死にかけていたし、レインが悪魔の存在を知っていたとは思えない。
初めての環境に、動転していてそこまで思考力が至っていなかったのが、俺の落ち度だろう。
レインは無事なのだろうか。
正確に言うと、俺たちは嵌められた。犯人の目的は悪魔に会うため。
要は、レインの安全が保障されているとも限らないのだ。
「……………あくまめ」
「誰が悪魔なんだ?」
そう言って目の前に現れたのは、人形のような容姿をした少女、ドールである。
「な、なんでお前がここにいるんだ!?」
ばばっ!と光の速さで後退する。
「ひどいじゃないか。これでも一応同居人なのだぞ?」
「………お前って使用人だったのか?」
「否。最初はサプライズだけで終わらせるつもりだったが想像していたよりも君がお面白そうだったから観察させてもらうことにさせてもらったのさ」
「……そぉか」
「それで?誰が悪魔なんだい?」
ごまかしたつもりが無駄だった。此処でどう言い訳しろというのだ。
「…」
「………そ、そういえば俺、シャーロットお嬢様に呼ばれてたんだった!行ってくる!」
と半場強制的に話を切り上げ、立ち上がる。
初めてあの糞餓鬼お嬢様が役に立った。
「あ、おい──……」
呼び止めようとするドールを無視して、扉を閉める。
それから、指定された部屋へと向かうべく、足を進めた。




