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愚者を仰げ  作者: 柊 要
4章
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2 「アル視点」






「新人君。待たせたな」


豪奢なドレスに身を纏い、可愛らしい見た目とは裏腹に、低い声が廊下に浸透した。しかし、広がった惨状を見て、声が呆れたものへと変わった。


「…おやおや」

「今回の新人も、暴れん坊なのだな」

「どういたしましょう。ドール様」


ドールと呼ばれた少女は溜息を吐くなり、床に寝そべっている部下たちを見下ろし、即座に近くに倒れていたものの脈を測った。


「……ふむ。どうやら気絶させられただけのようだな」

「ならばよい。私が行くまでもないだろう。あいつがいる限り、此処からは出られん」


そう言いドールが目を瞑ると、ドールの後ろにいた使用人が、手慣れた動作で眼帯をつけた。


「………この醜い傷を晒しても、新人君が見せたのは憐憫でもなく、恐怖心だった」


ドールは優しく微笑むと、傷跡をなぞるように眼帯を撫でる。


「新人君と私は、どこか似ているところがあるのかもしれないな...。まあ、これで明白になった。私の勘も鈍ったものだ。声や背丈、雰囲気が余りにも似ていたから、てっきり奴だと思ったのだがな」


「私は一足先に庭で紅茶でも楽しませていただくとしよう」


彼女は身を翻すと、庭へと歩を進めた。





_________________





「…………」

静かな明るい廊下のもとで、俺は人の気配がないかと辺りに集中する。

今更だが、本当に良かったのだろうか?

チャンスを見逃すわけにはいかない、と勢いで使用人たちを気絶させ、逃げ出してきたが………捕まってしまえば今度こそどうなるかわからない。

いや、だがあのクソガキお嬢様のもとで使用人なんてやっていたら、知らぬ間に俺の精神は崩壊するだろう。

本当はあの時抵抗するなり黙らせて此処から出ればよかった話なのだが、何故かあのお嬢様は隙がないのだ。正確には、俺の動きが読まれているかのように攻撃する間がない。

不思議なことだ。そういう意味では、あの場で引き下がった俺の判断は正しかったといえる。彼女の言う『師匠』が関連しているのだろうか……?

俺からすぐに目を離したのは盲点だっただろうが。

糞餓鬼お嬢が俺のことをその師匠と誤解してくれていたおかげか、所持していた武器は盗られていなかった。

これがないと、なにかあったときに即座に対応できないからな……。


息を殺して静かに一つの部屋に入る。この部屋からは通るときに気配がしなかった。つまりは無人というわけだ。

想像通り、扉を開けた先に人はおらず、質素な内装が広がっていた。

使用人の部屋だろう。


開いている窓から、下を覗き見る。

此処は四階くらいの高さだろう。下に障害物はない。外側に作られており、脱出用の窓がある。この条件を満たしている部屋は近くで此処だけだ。

窓に足をかけ、空気抵抗をなるべく下に向けるため勢いよく飛び降り、綺麗に着地する。


周りを見渡すと、大きな門が目に入った。

鉄格子の間からは、遠くだが、薄っすらと先ほどいたであろう森が佇んでいた。思っていたよりは近い場所みたいだ。

そうと決まれば早くここから出よう。


足に力を込めて門を飛び越えようと走り出した時、



「少年!駄目だ!その門に近づくな!」


悪魔の制止の声が聞こえた。


「え──…」

こっちに向かって手を伸ばす悪魔。


だが、一歩遅かった。



黒いどろどろとした“何か”が俺の身体を包み込んだ。

そして抵抗する間もなく、門へと、俺は引きずり込まれた。















見知らぬ空間に、突如投げ出され、地面に体を打ち付けられる。

咄嗟に受け身を取り、状況を整理するために立ち膝になり、顔を上げた。

刹那、宵闇に染まった空間に、魔力の炎が灯されてゆき、辺りが明るくなった。


それは、息をのむほどに美しい空間だった。

地面と天井を支える大きく偉大な柱が両側に聳え立っていた。

柱の表面には、精密に象られた渦巻くような彫刻の痕。

威厳を最大限までに引き出した右左の柱の間には、大きな王座が屹立していた。

悪魔と天使が混ざり合うかのように装飾された王座の背には、一人の男が泰然と座していた。



肺を圧迫するかのような鋭い風格。一つの隙すら許さない絶対零度の視線。

錘がのしかかっているように体が言うことを聞かず、自然に跪くような体制で、男を見た。


「…そうか、貴様がか」


威圧感のある、何処か深淵のように深みを込めた声が、空間に木霊した。

そのたった一言に、俺は全身の毛が逆立つような戦慄を覚えた。


話すことを許されない。動くことを許されない。


これが…これが俺の弱さというのか………?


ぼたぼたと、冷たい汗が地面へと落ちる。


「彼奴は、一体何を考えているのだろうな」


そいつは、ぽつり、と言葉を零して俺を見据えた。


「なに、殺しはしない。お前は大切な彼奴を呼び寄せる人質なのだから」

「っは……」


初めて、息を零すことが出来た。


喉に何かが突っかかったように、上手く言葉が発せない。

人質?俺が?

一体誰のだ?

俺は何でここにいるんだ??

この男に恐怖心と懸念が混ざり合って、頭の中がぐちゃぐちゃになる。


冷静になれ。落ち着いて考えろ。


ゆっくり息を吐いて、酸索を取り込む。少し頭が冷えた気がした。

身体を起こして、震える足を無理矢理奮い立たせ、立ち上がる。


「………ほぉ」


そいつは、面白い物を見るかのように目を細めた。


「ただの怯える童というわけではないみたいだな」


「……………っ」


畏怖を押し殺すように、睨みつける。

そいつは目を閉じると、歓喜を滲ませた声を上げた。




「…………きたか」


同時に、後ろから扉を開けるような音が鳴った。









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