1 「アル視点」
シャーロットの後をついていきながらも、思ったことあった。
それはこの宮殿の広さについて。
想像していたよりも、この宮殿の規模は広いみたいだ。まるで無限に道がつながっているかのように広く、廊下は終わりが見えない。
外観を見ればもっと分かるんだろうが、見れる状況でもないため、此処からどうやって出れるのかすら分からない。本当にこの目の前の女は、見ず知らずの間違って拾ってきた俺を使用人にするつもりなのだろうか……?
屋敷の主はシャーロットということで考えると、隙をついて殺せればなんとかはなりそうだ。
「さ!ここがあんたの部屋よ!」
シャーロットは着くなり、高い声を上げて扉を指さした。
「二人部屋だから、同居人と仲良くしなさい!今はいると思うから軽く挨拶でもしておくことね。私が鈴を鳴らしたら来ること!来なかったら解雇だから!ま、部屋を用意してあげたあたしに感謝することね……!あんたなんて正直どうでもいいんだけどね!」
言いたいことを言い終えたのか、高そうなヒールの音をや廊下に響かせながら、早足で部屋に帰っていった。
一言言わせてもらおう。嵐だ。
「…解雇してくれたら楽なんだが」
仮に従わなかったとしてもろくでもないことをさせられるのが目に見えている。
同居人とはこれまためんどうなものが来たもんだ...。
俺は意を決して、扉を開けた。
部屋は、俺が寝ていたところにも似つかない、異空間だった。
最初に印象付けたのは、鼻が曲がるような匂いだ。
壁には、刃物で削って書いたであろう罵倒。割れたまま飛び散っているガラス。
泥水のようなもので濡れた地面。
全て私物だろうか。ぐちゃぐちゃにされて、泥水に浸かっている。
異空間、そう呼ぶのが間違いというのならば、何と表現するのだろうか?
唯一損傷が激しくない、質素なベッドに座っているものが、顔を静かに上げた。
「………」
小さな少女だった。右目には、大きな切り傷が浮かび上がっていた。
無理やり切り裂かれたような痕は、痛々しくも広がっている。
「…っ」
まるで昔の俺みたいで、息を呑む。
彼女は俺を見つめると、怯えたように小さく声を漏らし、自分の肩を抱いて蹲った。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
『ごめんなさい!ごめんなさい!』
怯えて芋虫のように醜く丸くなる彼女は、昔の俺を連想させた。
「……」
ナナだったら、どうしただろうか?
嗚呼。分からない。
だって彼女は唯一の光だから。誰にも真似できないんだ。
俺はナナを超えられない。
「……俺はお前に何もしないよ」
俺は、怯える少女に向かって淡々と言い放った。目の前で儚い物があっても、俺は救うことが出来ない。
だって優しくないから。
俺の生きがいはリルを殺すこと。それ以外に目的はない。
なら、今この時間は無駄と言えよう。
仮にレインが訓練として、此処に送り込んだのなら、それはまた別だが。
泣いている少女を助ける暇なんてあれば、リルを殺すための戦術だって試せるのだから。急に、頭が冷えた気がした。
「……………だが、俺はお前を救えない」
叫ぶ彼女の腕を力強く引っ張り、地面へと押し倒した。
馬乗りになった状態で、首元に地面にあった鋭いガラスを当てる。
「…っひ!、な、なんで!なんで………!やだよ、殺さないで!」
俺を恐怖の対象として見、涙をこぼして懇願し始めた。
「なぜかって?」
俺は冷たい声で、ガラスを首筋に押し当てた。
「お前は、何も苦しんでいないからだ。もう、フリはやめたらどうだ?」
上手い演技だった。演技とも思わせないほどに。
よく見ていなかったら、気づかなかった。彼女の瞳には、恐怖が浮かんでいない。いわゆる表面上というわけだ。
突如、先ほどまで泣いていた少女の表情が凍り付き、無機質な瞳が俺を見た。しかしそれも数秒の話で、少女は口元を大きく歪ませると、先ほどとは違った、見た目には合わない低い声でくつくつと嗤った。
「くく…なんだ、気づいていたのか。折角からかってやろうと思ったのに」
「シャーロットから話は聞いているさ。新人君。私はドールだ。よろしく頼もう」
仰向けのまま、俺に向かって挨拶をする少女……の見た目をした何か。
ひとまず軽く呼吸を整え、厳しい視線を緩めずに、仰向けの少女に向かって問いかけた。
「………お前はこの屋敷の構造を理解しているか?」
「嗚呼。迷ったこともない。ばっちりだ」
よし。それなら脅しになるかもしれないが早めにこの気味悪い宮殿からおさらばさせてもらおう。
「………今から、俺を外に案内してもらってもいいか?」
「ふむ。花でも愛でに行くのか?それならばいいぞ。そうと決まれればどきたまえ」
「…鳴呼。よろしくたのむ」
出来るだけ相手を傷つけるような真似はしたくない。しかしこの女、全く何を考えているのか分からないんだよな…。本当にのこのこと俺を外に出していいと思っているのか?彼女は埃を払って立ち上がる。
庭にでも移動するのだろうか?少しでも外に出られるなら、何か糸口も見られるはずだ。
急ぐ必要はないのに、何故か、焦ってしまう。この宮殿には、良くない何かかが潜んでいる気がするのだ。
「花を愛でに行くって…部屋このままでいくのか…?」
「然り。これは君を歓迎するためのサプライズだ。それが終わった今、あれは必要ない」
「はぁ………」
この少女は使用人ではない気がする。さっきから廊下で、沢山の「魔人」とすれ違っているが、どんな形であれ、彼らはそれっぽい服を着ている。シャーロットのことを呼び捨てで呼んだのもどうだ。
身長が俺よりも低いため、見下げる形になりながら彼女の質素な薄汚れた服を眺める。視線に気づいたのか、恥ずかしがるように笑った。
「…これは申し訳ない。サプライズは終わったというのにこの格好では少し品質に欠けていたな」
「早急に頼む」
彼女がそういうと、ドールの周りに使用人たちが現れ、そのまま彼女を担ぎ(⁉︎)近くにあった部屋へと持って行った。
「少し待っててくれ」
頭が追いつかない。本当にこの屋敷は可笑しいとしか言いようがないな。何故担いでいく必要があったのだろうか。
まるで俺がどこかに行かないように、ガタイの良い使用人が、俺を囲むようにして立っていた。
「……」
どうやら、簡単には逃がしてくれないらしい。




