0 「アル視点」
「なあ、ナナ。神様っていると思うか?」
純粋な疑問だった。
俺の姿を暇そうに眺めていた銀髪の少女は、顔を上げて俺を見た。
「どうしたの。急に」
「別に、ただ気になっただけ」
本当に、ただ気になっただけ。
そこまで真剣に聞いたわけではなく、ぼんやりとつぶやいた独り言みたいなものなので、特に気にせず、視線を先ほど読んでいた本に移す。
「いると思うわよ」
突然だった。
ナナにしては珍しい、冷たい声だった。
どこか無機質で、感情の乗っていない声が、静寂を支配していた部屋に響いた。思わず本を閉じで、食い入るように次の言葉を待った。
しかし、返ってきたのは同じ言葉だった。
「だから、神様はいると思うわよ」
ナナは俺の目をしっかりと見て、どこか遠くを見るように呟いた。
「でも、貴方が思うような神様はいないのよ」
「神様は誰もを救うわけじゃない。気まぐれに手を差し伸べるだけ。でもそれは救いとは言わないのよ」
「…そうか」
何とも言えないまま、ナナを見つめていると、ナナは立ち上がってから扉に手をかけ、ふと此方を見て笑った。
「神様は、貴方をきっと救ってくれると思うわよ」
◆
「誕生日おめでとう」
彼女はそういって、全ての錘から解放された天使の如く。吹っ切れたように笑った。その後、彼女が抱きしめていた手を地へと落とした。
血と共に、暖かさが抜けていく。その感覚が、嫌というほど身に染みわたっていく。笑ったまま息途絶えた。見たことのない、光輝を残した瞳のまま。
「…っぁあ」
何故。何故なんだ?
邪魔なものをいくら薙ぎ払っても、彼女は戻ってこない。
神様!神様!神様!
なぜあなたはぼくを、すくってくれないんだ?
このままじゃ心が崩れてしまう。死んでしまう。
復讐なんてものに意味はない。ただの自己満足で、形だけのもの。ただ、残された怒りをぶつけたいだけ。
やめてくれ。否定しないでくれ。
そんなことを言われてしまえば、俺は何のために此処にいるんだ。
「俺と契約してくれるよな?少年」
そう言って、輝きとは真反対の奴の手が、差し伸べられた。
手を伸ばす。
どこか遠い光に。
「たすけてくれよ…かみさま」
「大丈夫です。神様は貴方なのですから」
ぎゅ。
誰かが俺の手を掴んだ気がした。
それは勢いよく現実へと引き戻すのに、充分だった。上半身を勢いよく起こす。
目の前には、知らない女が座っていた。
「おはようございます。御師匠」
「ぇ…は?」
そいつは礼儀正しく頭を下げると、困惑したように俺を見た。
「どうかなさいましたか?っは!も、もしや寝心地が悪かったのですか!?申し訳ございません!今すぐ取り替えます!」
「…え、あの」
そう言い、目の前の女は慌てたように立ち上がってから走っていった。取り合えず、周りを見渡す。何故か地面で寝ていたはずの俺は、ふかふかのキングサイズベッドに寝かされているのである。しかも、滅茶苦茶重傷を負っていたはずなのに、無傷である。
情報量が多い。
昔、王宮に居た時でも此処まで広く、豪華な部屋はあまり見たことがない。
母の部屋には入ったことがなかったし、姉妹の部屋を覗くこともあまりなかった。
広い。この一言に尽きる。
呆然と輝く部屋を眺めていると、勢いよく扉が開いた。
「御師匠!持ってきました!」
花が咲いたような笑みを浮かべると、光のような速さで俺を椅子に座らせ、シーツを取り替えた。
律儀にも、目の前にはお菓子と紅茶が並べてあった。
「ささっ!冷めないうちにどうぞ!料理の腕、あれから結構あげたんですよ!」
きらきらとした視線を物凄い浴びせてくる。
「………あの、さ」
「なんでしょう!」
「お、俺、その、お前のこと知らないし、初対面なんだけど…………」
ぴしり。
女の表情が硬まった。
「…はい?」
「お、お前が俺を知らない誰かと間違えていることは確かだと思う…」
「…………」
彼女はあり得ないとでも言うように俺をガン見した。
「……御師匠じゃ、ない?」
「…取り合えず、此処から出してもらっても──」
ガタン!
目の前でわなわなと震えていた女は、突如俺を椅子から蹴り落とすと、自分がその椅子にふんぞり返り、不愉快そうに紅茶を呷った。
「はぁ〜〜??御師匠じゃないって、あんた!何勝手に御師匠のまねしてんのよ!気持ち悪い!確かに今思えば、御師匠はあんたみたいな陰気臭い顔はしないしね!」
「うっ!」
俺がそいつじゃないと分かるや今や、態度を一変させ、見下しながらぐさぐさと悪口を飛ばしてきた。
「気分が最悪よ!どうしてくれんの!?あんた!」
「いや知らねえし…」
「い~い?あたしは死にかけだったあんたを助けてあげたのよ?ま、御師匠じゃないって分かってたらその場で野垂れ死んでたでしょうけどね!」
そいつは鼻で嗤うと扇子を取り出し、俺のおとがいにそえた。
「まずまず、あんたの命の決定権はあたしにあるの!本当はぶっ殺したいところだけど、ちょっとは利用価値ありそうだし………要はここで抵抗するなら、あんたの首を飛ばすってことよ?」
「…っな」
なんて身勝手なことだろう。
俺が死ぬことを何とも思っていない。
此処がまずどこかかもわからない。
抵抗して此処から出るのも一つの案だが、何が仕掛けられているかも分からない場所で暴れるのは、リスクが高すぎる。
「…分かった」
「分かったじゃないわ!分かりましたでしょうが!」
「…………わかりました」
「よろしい!」
ご機嫌に鼻をならすと、そいつは再び足を組んで紅茶を啜った。
「………あの」
「なによ。使用人であるあんたに話す権利は与えてないのだけれど?」
「し、使用人!?」
「当たり前でしょ。こんたはあたしの所有物なのよ?どう使ってもいいでしょ?」
「は、はぁ………」
もう考えるのが疲れてきた。
いっそのこと暴れて此奴の首へし折れば終わるのでは?
今レインの訓練中なのに………。ていうか悪魔とはぐれちまったじゃねえか!
なんか……申し訳ないな。
まさか訳の分からない場所に捕まって、我儘お嬢様の使用人をやらされそうになっているなんて思ってもないだろうな。
「まあいいわ。それで?何よ」
「その…此処って魔界だよ………なんですよね?」
「当たり前じゃない。あんた頭湧いてんじゃないの?」
無駄な一言だな。
「ま、質問はそれだけ?じゃ、速くついてきなさい。あたしの気が悪くならないうちにね!」
もう少し聞こうと思っていたのに無理やり話を切り上げられた。
なんてマイペースなやつなんだ………。
「そうそう!心して聞きなさい!あたしの名前はシャーロット!普段はお嬢様と呼びなさい!使用人!」
糞餓鬼──……いや、シャーロットは俺に扇子を向けると、口角を吊り上げて高笑いするのであった。




