11 「レイン視点」
何時ものように魔力を込めて発動させた転移魔法。
普通の転移魔法と少し違う事と言えば、魔力を多く消費すること。魔法陣を複雑な形式で書かないといけないということの二つに尽きる。
それでも、魔界から人間界へと行き来することは何度かあったので、大して失敗するとは思っていなかった。
レイン・フォンアイジストこと私は、目の前の光景を見て、息を吐くしかなかった。
「何故私ったら王宮の中にいるのかしら」
そう、何故か私は気づくと王宮の廊下に佇んでいたのだ。転移する場所を間違えた?いや、そんなことは絶対に有り得ないだろう。私が失敗することは、まずない。誰かが魔法陣に干渉でもしたのだろうか?
一緒に飛ばされたはずのアルが見当たらないという限り、私だけが転移対象から外されたという可能性の方が高いだろう。
一応、リルの命令ではアルを探し出すように言われているのだから、そんな私が王宮に帰ってきたら怪しいことこの上ないわ。気配を殺しながら歩く。見つかるがどうのこうのよりもその後対応するのがめんどくさいのよ。
早々に自分の屋敷に戻るため、魔力を練り始めると、突如、私の手を誰かが掴んだ。
「!?」
レインは神速で社交界で鍛え上げた表情筋を無理やり動かして咄嗟に人当たりの良い笑みを浮かべ、深呼吸をして驚きを隠しつつも手を掴んだであろう人物を見て──
「は」
取り繕った表情が一瞬にして崩れ落ちた。
「あら、そんな間抜けな顔をして、一体どんな面白いことがあったの?」
無機質で、感情の読みとれないが、少し優しさを含んだ声が耳を通り過ぎた。
滅多に表情を崩さないレインが動揺した。それほど、彼女にとっては大きなことだった。
何せ、そこにはいるはずのない、彼女が微笑んでいるのだから。
「ナ………ナ?」
私の口から、あり得ないという声が飛び出した。
「変な奴ね。今日は一緒に休暇を取って遊びましょうってあんたが言ったから
待ってあげてたのに」
休暇?ナナがいるときには仕事なんてなかったはず。
落ち着かせるように動かない頭を無理矢理稼働させる。
「………ねぇ、ナナ。貴方ってなんの仕事をしてるんだっけ」
目の前の女は、一体何なんだ。ナナが此処に居るはずがない。
深く息を吸って、冷静を装う。何時ものポーカーフェイスを張り付け、問いかける。
「何をまた当たり前のことを…………貴方と同じ将軍だけど?」
「…」
息が詰まる気がした。
「やっぱり貴方、熱でもあるんじゃないのかしら?」
ナナは心配したような顔で私を見た。
やめろ。私に近づくな。
ナナは死んだ。ナナは死んだ。ナナは死んだ。ナナは死んだ。ナナは死んだ。ナナは死んだ。ナナは死んだ。ナナは死んだ。ナナは死んだ。これは幻覚だ。
さっきまで、私は何をしていた?
そう。アルと一緒にリルを殺すため、特殊訓練をしようとして転移魔法を発動させたら。
私はこの幻覚の空間に飛ばされてしまったのよね。
「…は」
私としたことが盲点だった。
アルが仮にこのような幻覚の世界に飛ばされたとしよう。
その場合は別にいい。ナナとかが出てきたら冷静にはなれないかもしれないけど、私がこの世界を潰せば同時にアルの方の幻覚も解ける。
だけれど、仮に幻覚に貶められたのは私だけで、アルが魔界に飛ばされていたら?
「…確実に殺されるわね」
目の前の幻覚から逃げるように私は思考に没頭する。魔界は安全ではない。仮に普通の人間が入り込めば、きっと……いや確実に数秒で命を刈り取られることだろう。
魔界に渦巻く瘴気。人間の身体には酷い毒だ。
能力者と言えども、慣れていないものは多少のダメージを負うだろう。だが問題は別だ。魔界はそれぞれの王によって大きく二種類に分けられている。
一つは私、吸血鬼の王による統治のもと吸血種が住む紅月。
もう一つは魔王の統治のもと魔物や魔獣が多く住む夜闇。
紅月に転送されたなら問題はない。何かがあったとき用に、アルには私の魔力を纏わせておいた。
吸血鬼が見れば一目瞭然なので、王の魔力を纏う者に手を出す愚か者はいないだろう。だが問題は夜闇だ。
魔王と吸血王は代々仲が悪く、常に犬猿の仲。
それにあわせるように吸血種と魔物たちは出会った瞬間殺しにかかるレベルで仲が悪い。特に私は何とも思ってないのだけれど、魔王は吸血鬼を死ぬほど毛嫌いしているとか。
そんな私の魔力を纏っていれば、魔物たちはアルを見つけた瞬間に襲い掛かるだろう。
しかも半人間となれば別。
私も人間界に来るまで、半人間にあったのはナナたちが初めて。魔界では偶に時空が歪んで紛れ込む人間などは極用にいたが、人間の血肉は吸血鬼や魔物にとって極上の味。人間を食らうがために魔界から人間界に行こうとする輩も少なくはない。
そういわれると、半人間などまた貴重なものは、狙われるに決まっている。
「…困ったことになったわね」
もしも魔界に飛んでいるとしたらアルの死亡確率が物凄く上昇するわね。
「本当にレイン大丈夫?寝かせてあげましょうか?手刀で」
優しめな、でも言っていることは少しおかしい声が、再び耳になじんだ。
「…ナナ」
赤色の瞳と目が合った。
吸い込まれそうなほどに綺麗な瞳。光に溶け込んだような銀髪。
背丈は少し伸びたけど見た目はそこまで変わっていない。
「なによ」
そう言ってナナは可笑しいとでもいうように笑った。また、こうして彼女の笑うところを見れるなんて。
幻見でもなんでも、こうやついに相少しの死んでほしくなかった。
だからこそ、成長した彼女を見て、零れそうになった涙をぐっとこらえる。
「………幸せな夢だわ」
私は腰にあった剣を抜いた。なぜこんなにも、酷なのだろう。
リルに殺された貴方を見て、私はリルに大きな憎悪を向けた。お陰で、今の私があるのかもしれないけれど……。
まさか、自分の手で幸せを壊す日が来るなんて。
自明気味に笑って、この幻覚を作り出した奴を彼んだ。私はゆっくりと美しい貴方に向かって剣を掲げた。
「ごめんなさい。ナナ。私はアルを守らなくちゃいけないの」
幻覚だとしても、苦しいものだろうか。
微笑んでいるつもりが、自分の首を絞めつけるかのように口からはかすれた声が漏れた。
自分の正義のために、正義を壊しなさい。
昔、ナナが私にそう言った言葉。
私は私の正義のために、正義を壊す。
──嗚呼。この夢が現実だったら、良かったのに。
レインは表情を歪ませ、愛する親友に剣を振り下ろした。
世界が崩れる音が、聞こえた気がした。




