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愚者を仰げ  作者: 柊 要
3章
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10 「ランゼ視点」





目を覚ますと、全く知らない部屋のベッドの上に、僕は寝転がっていた。


「…しるふぁ?」


上手く回らない舌を使って、居るはずであろう愛しい弟へ声を掛ける。案の定、僕の横では規則正しい寝息を立てて眠るシルファがいた。その瞬間、身体から緊張が抜け落ちる。優しく頭を撫でてやると、軽く身じろぎをした。

僕の隣には弟がいてくれる。盗賊も、母親のことも………。


「全部、夢だったらなぁ………」




「残念ながら夢ではございませんよ。ランゼ様」


「うわぁああっーーー!!!!!!??」



愚痴をこぼすように呟くと、どこかから声が聞こえて思わず反射的な悲鳴を発する。

シルファを抱き寄せて、警戒するように先ほどの声の人物を睨んだ。


「……おはようございます。気分はどうですか?」


澄ました表情をした片割れのメイドは、僕を視界に入れるなり、体調を聞いてきた。

急に何なんだ。気配がないからなおさら怖い。

僕は跳ねている心臓を落ち着かせるように胸をなでおろしてから、心情を悟られないように表情を固め、再び睨みを聞かせる。


「………不思議と体調は万全です。確かに、僕とシルファは大きな傷を負っていたはず。しかしながら傷が一切見当たらない。もしやあなたが治療してくれたんですか?」


受け答えはしっかりとする。その上での被せる質問だ。

先ほどの言葉の通り、俺はこの目の前のメイドに満身創痍にされたはず。その後は気絶でもしたのか、何も記憶がないが………。




「いえ。治療はしていませんよ。ご自身がなさったので」




「…は」



淡々と告げたメイドに、かすれた声が漏れる。


「僕が…自分で?」


「はい。貴方様自身の力で治されたのですよ」


軽くそう説明して、メイドはシルファを視界に入れる。まるで弟を治したのもお前だ。というように。

手が震えた。そんなことがあるのだろうか?


何も才に恵まれなかった、この僕に。



もしや、もしかして僕にも、能力が──…………




「しかし、自分の力は過言しすぎないでいただきたい」


静かな声が、ぴしゃり、と部屋に響いた。

冷たくとがった氷のような声に、思わず肩を震わせる。


「あ、あぁ」


恐怖に押され、咄嗟に肯定の言葉が出てきた。

それと同時に眠気がだんだんと抜けて、頭の中の思考が鮮明になっていく。




「…ぁ」



そうだ。思い出した。

僕は勝手な怒りに任せて、弟を守るためとかほざいてこのメイドに襲い掛かったんだ。

弟が傷つけられているのを見て、目の前が真っ白になって襲い掛かった。

仲直りとか、そういうの全部投げ出して、目の前にいる奴を殺そうとしたんだ。しかし結果は惨敗。十秒も持たずに気づけば床に転がっていた。

自分から襲い掛かっておいてあっさり負けるなんてダサいよな。あの時は何も頭に入ってなくて、合意の末の戦いだとは思ってなかった。シルファには能力がある。だけどそれは精神の回復。戦闘では一切使えないし、意味がない。シルファはお世辞にも運動が得意だとはいいがたい。だから、勝手に傷つけられてると思ってしまったんだ。



つまり、僕の勝手で起こされた事故。僕の判断で出来てしまったケガなのだ。




急速に頭が冷えていくのを感じた。






「…すみませんでした」


僕はベッドから降りると床に正座して、僕は深々と頭を人形に向かって下げた。

此奴は一番最初に、僕のお腹を貫いた前科がある。

仮に許してくれなかったらそれを話に出そう。


「…?何を謝ることがあるのです?」


そいつは首を傾げると、しゃがみ、僕と視線を合わせた。


「貴方が襲い掛かってきたことならどうでもいいですよ。むしろありがたかったですしね」


「ど、どうでもいい…!?」


というか有難いってなんだ。もしかしてそういうタイプの奴だったのか?


「貴方の強さを測るには、丁度良かったですから」



「……」


全然違った。何だか申し訳ない。


「貴方は、弱い。その弟を抱えて戦いたいと思うなら、まず守ることは出来ないでしょうね」


冷たい言葉。心に強く刺さった気がした。


「しかし、それは貴方が時様についていくといった場合です。別についてこなければ、大切な弟を傷つけることはないと思いますよ」


顔を上げると、感情のない瞳と目が合った。いま、此奴は尻尾を巻いて逃げろ。と僕に言ったのだろう。大切なものを失いたくないなら、と。




「…分かった」


決意を固めたように其方を見つめると、人形が目を細めたような気がした。


「シルファは此処においていく。代わりに俺は時さんについていく」



流れ出す沈黙。


一瞬。ほんの一瞬だけ、目の前にいる人形が、笑った気がした。


「…そうですか。分かりました」



そう言って立ち上がると、正座している僕に向かって、手を伸ばした。


「では貴方が弟を守れるくらい、強くしてさしあげましょう」


「それから、狸寝入りを極め込んでいるシルファ様の方もね」


そういった瞬間、寝ていたはずのシルファが肩を大きく震わせた。


「シルファ!?いつから………」


シルファは気まずそうに僕とシゴさんを交互に見てから、観念したように此方を向いた。


「気分はどうですかってシゴさんが聞いたところから…」


「滅茶苦茶序盤じゃないか!」




き、気まずい.…。

弟を置いていって他人を優先するみたいな発言を聞かれてしまっていた。

違うんだよ。誤解なんだよ。お前を見捨てるわけじゃないんだって………。心の中で言い訳を並べていると、シルファが口角を吊り上げた。



「兄さん、俺を置いて恩人を優先するんだね……。俺結構傷ついた」


「そ、それは御免!でもこれには深いわけが………」


「分かってるよ。兄さんのことだ、きっと僕を思ってそう言ってくれたんだろ?」


「………」


なんで分かったんだよ…。ちょっと恥ずかしいな。



「でも、兄さんばっかに甘えてられない」


「実は、僕が最初にシゴさんに訓練をしてもらうよう頼んだのは、兄さんを守るためなんだ」


「……!」



衝撃だ。驚いて弟を見ると、怒った表情はしておらず、穏やかな顔で、僕を見ていた。

「兄さんがシゴさんに殺されそうになったとき、僕はただ見ていることしか出来なかった。それがずっと嫌だったんだ。もうこれ以上、大切なものを失いたくない。だから!僕が兄さんを守るって決めたんだ!」



そう言ってシルファは、僕の胸を強く叩いた。


僕の知らないところで、弟はこんなにも成長していたのか…。俺たちは顔を見合わせて、力強く頷いた。





「「シゴさん!俺たちを!どうぞよろしくお願いします!」」




息ぴったりの言葉。シゴさんは目を細めると、合意するように頷いた。




「私は厳しいですからね」



「「はいっ!」」





二人は強く手をつなぎ、輝くような笑顔を向けた。












「そういえばシゴさんとシキさんって男なんですか?女なんですか?」


ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「ちょ、兄さん!失礼だって………!」


焦ったようにシルファが僕を咎める。が、少し気になったようにシゴさんを見つめていた。



「…そうですね」


勿体ぶるように間を開けて………。




「企業秘密です」



人差し指を口元に持っていき、何事もなかったかのようにシゴさんは言った。







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