9 「色視点」
スイーツとは、素晴らしいものだと思う。
無駄のない美しく彩られた外見。
口に含むと、蕩けるような甘美な旨味を浸透させてくれる、至高の食べ物。
甘いものが好きな人にとって、極上の宝である。
此処に来てから二日経つ。
隅に街とかで豪華な家を見たことがあるが、此処まで豪華な屋敷は本当に久しぶりに見た。
レイン・フォン・アイジスト。この屋敷の主だ。
最初は突然現れて、時たちに襲い掛かった人の主だからと警戒していたが、今思えば信用には当たる人だと思う。
どうやら傷だらけだったランゼ君と時の治療もしてくれたらしいし….。取り合えず、今の私にできることはないので、今のうちにゆっくりさせてもらおうと思う。そんな中、私は豪華な客室で舌鼓を打っているところだ。
紅茶と少し甘さ控えめのガトーショコラは相性がいい。私が何かを食べたいと思うと、メイドさんがや突如目の前に現れて、要望を聞いてくれるのだ。
何ていい場所。
昔の時とは大違いだ。
だけどそろそろ、妹の安否が心配になってきたところだし……。仕方なく、まだ甘さを欲している舌を押さえ込むようにフォークを皿に置いた。
「シキさ~ん。ちょっといいですか〜?」
何もないところに向かって声を掛ける。
すると、さっきまでは誰もいなかった場所に、メイドさん。ことシキさんが立っていた。
「何の御用でしょうか。色様」
「ええと……時にそろそろ会いたいんだけど…………いいかな?」
「……畏まりました。少々お待ちください」
シキさんはそういうと目を瞑った。
数秒くらいすると目を開けて、一瞬、眉をひそめでてから、何事もなかったかのように此方を向いた。
「時様はもうすぐ、此方へご到着なされます」
「本当!?ありがとう!」
思わず椅子から立ち上がってしまった。時はどうやら無事らしい。
というかあんな傷を負っていたのに二日で回復するってすごいな………。
数分後、部屋の扉が引かれて、見覚えのある特徴的な髪色をした少女が中に入ってきた。
「あ!時~!」
何時ものように抱き着くと、時は焦ったように受け止めてから、それから少し考えこんで、何時ものように嫌そうな表情に戻った。
「お姉ちゃん。邪魔」
「ひどいよ〜!心配してたのに〜!!」
時を軽くパンチしていると、時を案内していたもう一人のメイドさんがお辞儀をして、部屋を出て行った。
「………お姉ちゃんは、今まで何してたの?」
時は真剣そうに私を見て、質問を投げかけた。
「え?ケーキ食べてた」
「馬鹿か何かか?」
時が一瞬冷たい表情に切り替わった。どうやら何時もの調子が戻ってきたみたいだ。
「お戯れのところ失礼いたします」
「…貴方は」
時は驚いたようにシキさんを見る。良かった。冷ややかな視線がなくなった。
「改めましてこれからお世話になる。シキ。と申します。どうぞよろしくお願い致します」
シキさんは感情の乗らない声で淡々と告げると、綺麗な角度でお辞儀した。
「…これから?」
時が困惑したように声をあげ、警戒するようにシキさんを見る。
「はい。これより貴方たち御二方には、私からの訓練を受けていただきます」
「…訓練?」
私が困惑したように声をあげると、シキさんは感情のない瞳で此方を映す。
「アル様と主人の命で御座います」
「お兄様と、レインさんが………」
時が静かに呟いた。
「分かりました!やります!やらせてください!」
時は怪訝そうな表情から一変。覚悟を決めたようにシキさんを見ていた。
「時がやるなら、あたしもやるよ……」
一応それっぽい表情を作って時の隣に並ぶ。
元々、強くはなりたいと思っていた。そういう意味では絶好の場なのかもしれない。
「気合は十分のようですね」
シキさんは私と時を交互に見ると、無表情で手を出した。
「それでは。よろしくお願いいたします」
「此方こそ!」
元気よく言ってから手を握った瞬間。
ぐるん。
視界が歪んだ。
気づけば地面に押さえつけられていて、腕はしっかりと後ろで固定されていた。
驚いて反射的に抜け出そうと腕に力を込めたが、びくともしなかった。
「もう訓練は始まっているのですよ。色殿」
感情の籠っていない声が、私の耳を通り過ぎた。
「今日から私のことを貴方たちの敵だと思ってください。そして全力で殺しにかかってください」
油断は許されない。少しでも気を抜いた瞬間、貴方の命は刈り取られますよ。色殿。シキさんはそう呟くと、拘束を解き、私から離れた。
拘束は解かれたはずなのに、腕はいまだに何かに押さえつけられているかのようにな動かなかった。
「…………よろしくお願いします」
震える腕を抑えながら、深々と頭を下げた。
「ええ。こちらこそ」
彼女は人形のような瞳で私を捉え、今日は休むといいでしょう。と言って去っていった。
「…お姉ちゃん、大丈夫?」
時は私の腕を見て、心配そうに駆け寄って来た。
「うん!あたしなら全然大丈夫だよ!」
元気!というように明るく笑ってポーズをとる。
「………心配して損した」
「ひどい!なんてこと言うの~!」
「それじゃ、お姉ちゃん。ゆっくり休んでね。また明日」
時に付きまとっていると、逃げるように伝えることを伝えて部屋を出て行った。
「…つれないねえ」
しびれる腕を、静かに撫でる。
私はきっと、恐怖しているのだろう。
痛いことが嫌い。誰だって最初はそうだと思う。だがその痛みを超えた先に、掴める ゛ 強さ ゛があるのだろう。
「…お母さま」
私は今になって、貴方の期待に応えることが出来るのでしょうか。
馬鹿らしくいることで、自分を保つ。それが、今のあたしを作っている。大切な妹を、失うことは嫌だ。
守りたい。守って見せる。
たとえ、この選択が、間違っていたとしても。




