8 「アル視点」
「そういえばアル、貴方に聞きたいことがあったのよ」
ランゼを寝室に寝かせ、廊下を斜めに並んで歩いていた時、レインが此方に向かって、真剣な声色で俺を見た。
「何がだ?」
少し不思議な気分になりながらも、次の言葉を促すように、足を止めて彼女を見た。
「…最初に、アルという名前は捨てたから呼ばないで欲しいって、言ったじゃない?流れでそのまま呼んじゃってたけど……。本当に、やめて欲しいならやめるわよ」
レインは紅色に染まりきった瞳を伏せると、静かに呟いた。
嗚呼。何だそんなこと。
「…まあ、別にもうアルでいいかな。お前に別の呼び方されるの、慣れねえし」
ちょっと照れ臭くて、顔を背ける。
レインが俺のことを真剣に考えてくれてたってのが嬉しいな。
そういうと、レインは顔を上げ、にやりと口角を上げた。
「ま、貴方が嫌って言っても私はやめないけれどね?」
「やっぱお前最低だわ」
少し重かった雰囲気から、何時もの流れが戻ってくる。こいつと一緒にいる時は、これじゃないと落ち着かない。
「…なぁ、レイン。一つ。約束してくれないか?」
「いいわよ。ドンと来なさい」
レインは胸を張って力強く笑った。安心感あるな。
「俺から、離れないで欲しい。最後まで、リルを倒すその時まで。死なずに、俺の親友でいてくれるか?」
俺は拳を突き出して、レインを真っ直ぐに見た。
朝日に照らされる彼女は、昔と比べると大きく変わっていた。
俺の方が高かった身長も、気づけば越されていて、ただの餓鬼だったのに、今は国を背負う将軍の一人になっている。肩にかかるくらいだった淡い水色の髪は、腰辺りまで伸びていた。
だけど、外見が変わっても、俺の親友であり、旧友であることは変わらない。
俺はお前を、信じている。
コツン。
レインは俺の拳に、拳を重ねて妖艶に微笑んだ。
「勿論よ。絶対にあんたを死なせない。私も死なない。絶対に復讐を果たしましょう。二人で」
透き通った瞳が、俺を射抜く。
心から感動したし、同時に感謝した。
「頼むぜ、親友」
「此方こそよ。親友」
俺は笑って──
止まった。
レインが腕を下した瞬間、俺の足元には見たことのない魔法陣が、大きく展開されていた。
「…ん?」
「絶対に守って見せる。だけど、私に守られる以前に、自分で守れるようにもならないといけないと思わない?」
あ、これ絶対危ないパターンだぜ──……
悪魔が呟いた気がした。
「さあ、始めましょう。特殊訓練」
レインはそういうと、魔法陣の上に乗った。
「おい!どういうことだよ!」
動こうとして、全身が何かにからめとられるかのように動けない。拘束魔法を掛けられている。しかも上級魔法。絶対に逃がすつもりはないということだ。
だが、先ほど、俺の前で魔法を発動したようには感じられなかった。
つまり、元々仕掛けていたのだ。
俺がこの位置で止まることを予測して、先に何らかの魔法をかけていた。
「逃げられちゃったら困るもの。不用意に動いたら何処に飛んじゃうか分からないしね」
飛ぶ?まさか転移魔法?いや、でも転移魔法ならレインの場合、指を鳴らすだけで使えるはず………。
「安心しなさい。ちゃんとあの子たちは訓練しておいてあげるわ。私じゃないけどね。フォルと色の訓練はシキ。ランゼとシルファの訓練はシゴ。そして、貴方を担当するのは、私よ。久しぶりねぇ、昔を思い出すわ」
レインは笑みを浮かべると、魔力を指先に集中させる。
「ああ、色のことなら安心しなさい。あの子には記憶も戻ってないし、リルを倒すための訓練って言っても疑問に思わずやってくれるはずよ」
「いや、だから、そういうんじゃ──」
「ならランゼ君たち?どうせ強くなりたいっていう弟を置いていけないでしょう。
それでもなお逃げ出しそうになったら時に説得してもらうよう頼んでおいたわ」
アイツも共犯者!?てかいつ頼んだんだよ……。
「鳴呼、忠告しとくけど私からは離れない方がいいわよ。貴方みたいな半人間、魔物達にとっちゃ極上の餌だもの」
「一度、連れてってみたかったのよね~。私の故郷」
「でも丁度いい機会ね。さあ!行きましょう!魔界へ!」
レインが嬉々として声明したと同時に、俺は光の粒子となった。
◇
トマトをナナと食べる夢を見た。
懐かしい。二人でよく採りに行ってったって………。
ぺちぺち。ぺちぺち。
何かに叩かれている気がする。
嗚呼、次は頬を掴まれた。
薄く目を開けると、何故か悪魔が俺を覗き込んできていた。
「お、起きた!グットモーニーング!少年!」
勢いよく起き上がる。
辺りを見渡すと、禍々しい色をした木々が立っていた。
「…ん?」
どうやら俺は身に覚えのない場所に寝転がっていたらしい。
え、何処だ此処?
「魔界だぜー!」
隣りにいた悪魔が浮きながら陽気に答えた。
「魔界って………そうだ!レイン!」
怒ろうと思って再び辺りを見渡すと、誰もいなく、冷たい空気が吹いた。
「…あれ?おい悪魔、レイン知らねえか?」
「知らないね。お前が飛ばされたその時からレイン君はいなかったぜ」
『嗚呼、忠告しとくけど私からは離れない方がいいわよ。貴方みたいな半人間、魔物達にとっちゃ極上の餌だもの』
「………」
俺は何も言わず天を仰いだ。
空がどす黒い紫色だった。
途方に暮れていると、どしん!と地面を揺るがすような音が鳴った。
「なんだ!?」
「お!来たぞ〜!少年の匂いに誘われた獣が!」
悪魔は笑って、俺の後ろを指さした。
振り向くと、有り得ない大きな猛獣のような、でも何かか根本的に違う、魔物がいた。
「………もしかしてマズイ?」
「超マズイ!」
「おい!お前どうにかしろよ!悪魔だろ!」
「悪魔だからって、悪魔の扱い酷すぎな〜。俺は此処ん事あんま知らないぜ?折角の訓練だし、もしかしたらレインに試されてるかもしれないじゃん!こんな雑魚は、パパっとやっちゃおうぜ~少年!」
「…お前は?」
「特等席で観戦」
「お前の血は何色だ?」
「赤色〜!」
特に悪びれた様子もなくそう言うと、近くにあった木から木の実を取り、かじり始めた。
「…」
此奴に頼っても駄目だ。
これくらい、簡単に葬らないと俺はリルには勝てない。レインの訓練が、こんな野生動物と戦う。なんて生温いもので終わるわけがない。
これは序の口だ。
「…丁度、大きな的が欲しかったところなんだ」
簡単には倒れないでくれよ。
俺は口角を上げて嗤った。




