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愚者を仰げ  作者: 柊 要
3章
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6 「ランゼ視点」





月が顔を覗かせるころ、不意に扉の開く音が持った。

そこからは、フードを被った怪しい人物が姿を現した。

一人だけ?可笑しい。三人のはずなんだが………。もしや、ゼリオルを仕留めたのは、あの者だけなのかもしれない。

魔石を使った盗聴をしていたと言えど、不具合が起きていたのか、「夜に動く」という言葉しか聞こえなかった。

盗んだものは全て持っている。

一度、あの者を人気の少ないところへ誘導し、盗んだものを返してから助けを乞う。

何とも無防備で雑な作戦だが、上手く言いくるめられればいい。

早速声でも掛けて──…

近づこうとした時、丁度何処かへ向かうのか、歩き始めた。

逃がすわけにもいかない。取り合えずつけよう。


尾行していて気づいたことが二つある。


一つは、彼女(ターゲット)は鼻に着くような強い香水をしていること。(香水を身につけているため女性だと推測する)

二つ目は、ゆとりを持ち、まるで貴族のような足取りなことだ。


「…誘われている」


敢えて彼女は襲われやすそうな裏通りに入っていく。明らかに僕を盗賊として疑っていない。本当は攻撃せず、仲良く話し合って解決したかったが仕方ない。彼方がこの様な手を打ってくるということは、僕はどうやら歓迎されていないようだ。

それならいっそ、無理やりにでも協力させるしかない。

生僧対象者は一人。襲い掛かるなら今だ。僕は勢いよく壁を蹴り、上へと高く飛ぶ。



それからターゲットに覆いかぶさるかのように降下して──


「がはっ」


腹部に鈍痛。

視界が揺れ、呆気なく壁に打ち付けられ、地面へと転がった。


「…うっ」


何だ今の?

蹴られた?気配が全くなかった。

盗賊として誰かからつけられたりすることや、殺気を向けられることが多かった。

そのおかげか、数日で僕の感性は研ぎ澄まされていたのだ。

気配を一切感じさせずに攻撃何て…………そんな超人じみたことが出来るのか!?

くそ…失敗した。このままじゃまともに話せない。なんなら殺される気がする。


「お前…、俺たちの部屋を荒らした盗賊か?」


ずしり。重みのある、声が僕の耳を通り過ぎた。

痛みに顔を歪めながらも、声を発した張本人の顔を見て、息が詰まった。

冷たすぎる、その瞳に。

少年だった。僕とそれほど年も変わらないだろう。微かな痛みが走って、視線を逸らす。何時の間にか、僕の首にはナイフが添えられていた。


背助が凍った。


あの日は、一切の躊躇いも感じさせない。容赦なく、僕の首を飛ばす。


「お兄ちゃん………別に殺さなくても……」


少年の後ろに立っていた少女が、焦ったように少年に言った。


「…甘いな」


そんな小さな呟きが、風と共に飛ばされた。

二人の少女には聞こえなかったのだろうか、首を傾げていた。


僕は心の底から恐怖した。先ほど僕に対して発した言葉よりも、


鋭く、冷たく、そして憎悪と嫌悪がねじ込まれたような呟きだった。

早く、逃げ出したい。体が言うことを聞かず、うまく動かない。

首に当てられたナイフに、力が籠るのが分かった。

彼は先ほど、僕に問いかけた。ならばそのチャンスを逃してはならない。何としてでも逃げ出さなくては………いや。逃げれるのか?

軽く深呼吸をして、恐怖している心を覆いた隠すかのように、僕は言葉で返した。


「………そうだよ」


「お前らの部屋を荒らして、金目の物を盗んだのは僕だ」


出来る限りの力で、彼らを睨みつけた。


「殺すなら殺せ」


言うはずのない言葉を、何故か口にしてしまった。

なんて余計なことを言ってしまったのだろう。

言ってしまったものは仕方がない。ポケットに入れていた時計やお金を投げる。他にも盗んだものが入っている袋も、投げて返した。


「……お兄ちゃん、助けてあげようよ」


あり得ない言葉が、静かな裏通りに響き渡った。

驚いて彼女を見ると、決意を固めた瞳で、僕を見ていた。


「…」


兄、と呼ばれた少年は、一度考え込むように目を伏せたが、ナイフを僕から放した。


「......はいはい、分かりましたよ」


「そんじゃ、早く行こうぜ」


少年は僕に背を向けると、二人を引き連れて颯爽と歩き出した。

僕は何が起きたのか分からず、呆然と立ち尽くしていると


「ほら、君も来るんだってば」


少女は振り返り、僕の手を掴んだ。


「…え?」


僕は思いっきり理解していない頭をフル稼働させた。が、一体何が起きてるのか、全くわからなかった。そんな困惑している僕をよそに、彼女は僕に微笑みかけた。


「大丈夫!何かあったんでしょ?助けてあげる!」











何時の間にか昼間に入った宿屋に戻ってきていて、何故か部屋へ入るように促された。入ると、ぐちゃぐちゃに荒らされた部屋。


「すみません…」


何をしたらいいか分からず、俯いて謝った。


「それで?信用できないかもしれないけど着いてきたってことは余程のことがあったんだね?」


僕をそこら辺にあった椅子へと座らせると、僕を連れてきた張本人は、真剣な表情をして僕に問いかけた。


これは…チャンスだ。


このまま言いくるめて、利用してやろう。

僕は密に嗤った。


「本当はこんなことしている場合じゃないんです」


「でも」


僕は込み上げてくる嗤いをこらえるために俯く。


「僕は、この町の住民です。いや、そうでした」


「数か月前までは、母と、弟と暮らしてたんです」


「でもある日の夜、突然知らない男達が家に押しかけてきて、母を殺しました」


「その後、弟と僕は無理やり倉庫らしきく場所に連れていかれました」


「僕と弟は別々の場所に移され、大人しく従わないと弟も殺すぞ、と言われたんです」


「それからはずっと掏りをしています」


「このままじゃ、僕は人殺しになってしまうかもしれない」


「それだけは…嫌なんです」


自分でも驚くほどすらすらと、物の設定が言葉になって出てきた。急に、そんな自分に嫌気がさしてきた。

何を今さら自分を嫌悪しているんだ?僕は嘘吐きだ。もう、遅い。

僕は、間違っているんだ。

顔をあげた。

三人は、真剣な顔をして、僕を見ていた。

馬鹿馬鹿しい。僕は一体、何をしていたのだろう?人に頼らないと、何もできないのか……?

嗚呼……なんて愚かなんだろう。


「勝手に巻き込んで、すみませんでした」


僕は頭を下げた。

嘘で、人を騙すのは慣れていたはずなのに、こんなにもあっさりと終わるなんて。


「…謝らなくていいよ」


暖かい声が、静かな部屋に浸透した。同時に、頭を撫でられた。


「…あの?」


気づけば僕は何かを求めるかのように、彼女を見ていた。


「大丈夫、私は何もできないけど…助けるよ」


僕の思いに応えるかのように、彼女は優しく微笑んだ。それだけの、たったそれだけの小さな言葉で、僕の心は満たされていた。

撫でてくれたその手は、慈愛を込めたような、暖かい手。

僕を否定せず、受け止めてくれる。そんな安心感があった。

僕は純粋に感動した。

心から涙を流していた。

何処から来たのか素性も分からない奴に、この少女は手を伸ばした。を僕のことを、ただの子供として見てくれた。

利用する為でもなく、ただ救いたいと思てくれた。


「ありがとう…ございます。そう言って頂けるだけで、嬉しい限りです」


嗚咽を漏らしながら、僕は自然に笑っていた。本当に、本当にこの人たちに。この人に逢えてよかった。

僕は、きっと、誰かに褒めて貰いたくて、

慰めて、頑張ったねって、言ってもらいたかったんだ。


慰めて、頑張ったねって、言ってもらいたかったんだ。次いで、誰かが彼女と入れ替わるかのように立っていた。


「そういう事情があるなら手を貸してやる。あくまで時が助けたいって言ってるからな」


「別にお前の為じゃないさ」


そいつは僕にそういうと、嗤った。

物凄い上から目線で言った。だが身長は僕が勝っていた。

何時もなら軽く受け流すはずが、何故か無性に腹が立った。


「ところで君、名前は?」


意識を彼女に戻す。


名前……。偽名で言った方がいいのか?

…いや、僕は一体何処まで愚かなんだ……?救ってくれると誓ってくれたのに…。


「僕はランゼです。よろしくお願いします。時さん」


先ほど目の前の少年が言葉にしていた彼女の名を告げる。

時。いい響きだ。

それから、と時さんの隣にいた少女に目をやる。時さんと似たような見た目。流石姉妹である。彼女は時さんのお姉さんなのだろうが、名前が分からない。


「ん?ああ!あたしは色だよ!よろしくねランゼ!」


僕の視線に気づいたのか、慌てたように自己紹介してくれた。


「はい。よろしくお願いします。色さん」


明るくて元気のいい人だ。こういう人がいると、場の空気が少し軽くなる。さて、難関だ。

この目の前の少年にも挨拶すべきなんだろうが、気に食わない。よし!今の僕はただの子供!ただの餓鬼!こう思えば大丈夫だ。だから今僕が仕出かすことは子供の意地だ。うん。僕は「あ、貴方いたんですね」という意図を込めた視線を少年に投けかけ、数秒見つめて、はんっ、とうざったらしく鼻を鳴らした。




沈黙が流れた。




すっきりした。僕はこういう上から目線のやつは嫌いなんだ。

ぶちり。

何かが切れる音がした。



ざまあみろ。

僕は舌を出して嗤った。






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