2 「アル視点」
日も昇り始めたころ、フォルを引き連れ少し薄暗い廊下を歩き、レインの部屋という扉を軽くノックした。
しかし返事がない。まさか寝ているのか?
「おい。入るぞ」
ゆっくりしている暇はない。出来るだけ早く情報は整理しておきたいものだ。
時間を無駄にはしたくない。
扉を開けた先に広がっていたのは、豪奢な部屋。
そのただっ広い部屋の真ん中には、レインがネグリジェ姿で突っ立っていた。
「いや……どういう状況だよ」
半場呆れ気味に問うと、レインが今気づいたというように、振り返った。
「あら。おはよう。よく眠れたかしら」
レインは真っ赤に染まった瞳を細め、神秘的な笑みを浮かべた。
「鳴呼。いろいろあったが」
「そうみたいね」
レインはちらり、とフォルを一瞥してから呟いた。
「その様子を見るに、話したいことでもあるのかしら?」
相変わらずレインは状況の飲み込みが早い。というか俺の行動パターンがなぜか基本読まれている。話したいこと……そんな大したことではないが、今後のことを決めるにはちょうどいい機会だと思う。
「取り敢えず……。出てってもらっていいかしら?」
「ごめんなさい」
にっこりと微笑まれたが、レインの後ろから薄っすらとどす黒いオーラが漏れ出していた。
怒られて当たり前だ。何せ勝手に部屋に入った挙句、寝巻き姿を見られたのだ。仮にでもレインはご令嬢。
どんな、暴君であろうと令嬢なのだ。申し訳ないと思う。
扉にもたれてフォルと黄昏ること約二十分。
黒いドレスを纏ったレインが姿を現した。
「待たせたわね」
「いや、此方こそこんな朝早くに申し訳ない」
「大丈夫よ。吸血鬼は基本夜型なの。今の時間帯くらいは余裕で起きてるわ」
「夜型って…」
思わず苦笑が漏れる。
レインは昔っからいつでも起きているタイプだ。朝でもピンピンしているし。レインっていつ寝てるんだろうか。もしかしたら寝てないとか…。なんてな。
(少年。相変わらず考えてることがしょうもないね~)
「五月蠅い。だからお前はいちいち俺の心の中に入ってくるな…」
全く、心中で騒ぐ餓鬼がうるさくて困る。
「アル、あなた一人で何を言ってるの?」
「何でもありません」
「そう」
慌てて即答すると、レインは特に気にした様子もなく、部屋にあった椅子に俺たちが座るように促した。因みにフォルは物凄く緊張した顔持ちだ。
どこにそんな緊張する要素があるんだ?
「まず、最初に聞いておきたいのだけれど、貴方はフォル・キロファレンゼス様であってるのよね?」
「はっはい!フォルです…。お初にお目にかかりますレイン様」
「ええ。初めまして」
フォルが声を裏返して返事した。
「ん?お前らって初対面だったのか?てっきり同じ王宮にいたから挨拶くらいはしてると思ってたんだけど……」
「リルとアル、ナナにしか私は挨拶してないわよ?ま、たまに廊下ですれ違ったりしたことはあるんじゃないかしら」
レインがとぼけたように首を捻った。そんなレインに対して、フォルの表情は暗くなるばかり。
あ、これあれだ。レインに話しかけたけど対応してくれなかったタイプだな。レインにはナナを通して俺の虐めについて伝えられていた。一応いい印象は抱いてなかったのだろう。
「仲良くしましよう。フォル様」
レインは淑やかな笑みを浮かべると、フォルに手を差し出した。
「…是非。こちらこそ」
フォルは迷ったように一度目を泳がせてから、何故か「失礼します…」とつぶやいて、おずおずといった感じでレインの手を掴み、二人は握手した。
「こほんっ、挨拶もそれくらいにして、そろそろ、今後の計画について教えてくれないか?」
俺はわざとらしく咳払いすると、真剣な眼差しでレインを射抜いた。
「…そうね」
レインは握手していた手を離すと、近くにあったティーカップを掴み、口につけた。
俺だってレインに全てを任せるつもりはない。ただ、軍師とわれるレインから見ると、どう動くのが最善なのか、その意見が聞きたいだけだ。
「正直言って、私たちは今すぐにリルを殺しに行けるわけではないわ」
「なぜですか!?」
俺の動揺をかぶせるかのように、フォルが勢いよく立ち上がった。
「何故?簡単よ。貴方たちは弱すぎる」
レインはティーカップを置くと、流れるような動作でどこからかナイフを取り出し、時の首筋へと突き立てた。微かに入った切れ込みから、血があふれ出る。フォルは呆然とした表情で、立ち尽くしていた。
「ほら。弱いでしょ?」
レインはナイフを投げ捨てると、再び席に座った。フォルはよくわからないといった表情をしたまま、ふらふらと席に着いた。
「そんなわけで、貴方たちがあまりにも弱いから、多分今戦いに行ったとしてもそこらへんの兵士に殺られてお陀仏様よ」
「……成る程」
これは厳しそうだ。
そう、俺とレインの二人で行くわけでもない、フォル、色そしておまけの二人組。結局は俺が使えると判断して拾ってきた駒だ。
「上手く使わないといけないのは俺だという事か…」
「そういう事よ。最後まで責任は取りなさい」
「それで?弱いってことは鍛えないといけないってことだよな?どれくらい時間がかかる?三か月くらいか?」
「いいえ。三年よ。三年」
「はあ!?」
思わず席から立ち上がってレインを見る。しかし、レインの表情は真剣そのものだった。
俺が昔、レインに剣術を教わるのも数か月だった。
だけれど一応、フォルやライなら剣術や魔法について軽く習っている。つまり基礎は分かっているのに…。それでも三年も使うのか…!?
「一応基礎は理解してるし、能力を鍛えるだけじゃ駄目なのか?」
「駄目よ。全部基礎からみっちり覚えなおしてもらうわ。剣術も、魔法も、勉学も」
「べ、勉学ってもう戦いに関係なくないか!?」
「攻撃手段や防御手段は全て自分の判断で決まるのよ?的確な判断力を身に着けてもらう必要があるのよ」
(ひえ~、レインめっちゃスパルタじゃ~ん)
「だからおい。お前五月蠅い」
「何一人でぶつぶつ言ってるのよ」
「ごめんなさい」
「取り敢えず、最低でも三年は必要ね。それが無理っていうなら別の方法を考えるわ」
「…」
三年…。確かにそれは大きな時間だ。多分、時間を短縮できる別の計画を練ってもらったほうがやりやすいだろう。
──が
「……分かった。それでいこう」
「あら意外。貴方なら絶対否定すると思ったんだけれど」
「三年。三年であいつらを強くしてくれ」
「了解よ」
レインは力強く頷くと、手を伸ばし、容赦なく俺のおでこを弾いた。
「いだっ」
「何か勘違いしているみたいだけれど、強くなるのはあの子たちだけじゃないわ。貴方にも強くなってもらう」
レインは俺の頬を掴むと、爽やかな笑顔で淡々とそう言った。
「ランゼ君とシルファ君を相手するのはシキとシゴ」
「ライ様とフォル様、そして貴方にはそれぞれでも特殊訓練をしてもらうわ」
「…特殊訓練?」
なんか地味に嫌な響きなんだが。
「ええ。貴方には──」
レインが言いかけたところで、突如爆発音が下から鳴った。
普戒する俺をよそに、レインが苦笑いして俺を見た。
「ごめんなさい、アル。……あの子供たちのこと、すっかり忘れてたわ」
確か、レインはこう命令したという。「あの子供たちの相手をしなさい」
そう、それだけ。
つまり、戦いをやめろとは一言も言っていない。しかも殺すなとも一言も言っていないらしい。
「あいつら生きてんの…?」
「知らないわ」
レインが紅茶をもう一度啜った。
冷たい風が通り過ぎた。
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