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愚者を仰げ  作者: 柊 要
3章
42/57

1 「時視点」 「アル視点」





暗闇で覆われた部屋で、一人の少女だけが起きていた。


「…違う。違う。違う」


同じ言葉をボソボソとつぶやく。

少女は、危なげな足取りで、ベッドから降り、扉に手を掛けた。

開けた先は真っ暗。

物音は聞こえない。どうやらもう起きている者はいないのかもしれなかった。


「………そんな」

「私は、何のために…」


消え入るような声が、廊下に響き渡った。

鮮やかな萌黄色の髪を持つ少女。時、ことフォル・キロファレンゼスは嫌悪と苦痛が入り混じった表情を歪めた。

少女は、止まった足をもう一度動かす。まるで唐栗人形だった。吸い寄せられるように、何処かへと向かっていた。


「ナナ、ナナ姉様を殺したのは……アイツなんだ」


「わたしは。悪くないの」


「あいつは私たちを笑ってたんだ。本当は持っていた能力をかくして…」


そう言い聞かせると、少しだけ胸が軽くなった気がした。

そうだ。私は悪くない。

最初、何も能力のない王家の恥晒しに、軽くちょっと当たっただけなのに、どうしてこうなってしまったのだろう...。

そこまで強く暴言を吐いたり、強く手を出したりはしていない。

遊び気分にやってただけなのに…。

ただ、あいつが重く受け止めすぎてて、勝手な勘違いをしたんだ。

きっと、大げさに言って、ナナ姉様をそそのかしたのだ。

そうじゃなきゃ、私たちがナナ姉様にあんな目を向けられた理由がわからない。あんな冷たい目で、失望したかのように……。

悪いのは、あいつだ。

お母さまを殺そうとする、あいつを消さなくては……。


気づけば、一つの部屋の前に立っていた。

息をのみ、音を立てずに扉を開く。

部屋の中では、豪華なベッドの上で、心地よく寝息を立てている兄がいた。

ポケットに仕込んでいたナイフを取り出す。

此奴さえ死ねば。それでいいのだ。

記憶を消されていたせいで、姉も此奴の駒となってしまっている。

これ以上、好きにさせてはいけない。

ベッドに上がり、見に馬乗りした。

疲れているのか、彼は気づく様子もなく、ただ深い眠りについている。

その眠りを、永遠の眠りへと変えてやろう。

「…ばいばい」

全ての憎しみを乗せるように、勢いよく振りかぶった。

じわり。

赤黒い絵液体が、ナイフを滴った。


「っち」


軽い舌打ちが聞こえたかと思うと、突如、腹部に痛みを感じ、地面に転がる。

蹴られたのだ。あの状況から。


「鳴一呼、手ぇ痛った」


地の底から這いあがってきたような、悪魔の声が響いた。


「どうしてくれんの?」


"それ”はこっちを向くと、静かに口角を釣り上げた。




刹那、全身に悪寒が走った。

何だ、此奴。


「誰だ!」


恐怖を押し殺すように、叫んだ。


「俺はアル。知ってるだろ?フォル」


気づけば目の前にいたいけな少年の顔があった。

爛々と輝く綺麗な紅い瞳は、まるで血液をぶちまけたかのようなだった。


「っひ、嫌だぁ……来るな!」


恐怖に心が支配され、体が自由に動かず、ただく拒絶するかのようにあとざすった。


「攻撃してきたのはそっちだろ?」


少年は呆れたように笑うと、急に、白い指で私の頭を小突いた。


「なあ、フォル」


「お前。何でここにいるんだ?」


純粋無垢な笑顔なはずなのに、時には影がかったその表情が、冷酷な色を作り上げているように見えてしまった。


「ぁ、っなんでって……」


「うん。だから、なんで?」


「私は…」


答えようとして、止まった。私は、何故ここに居るのだろう。

私は、兄に記憶を抜かれて、妹を母に殺されて、そんな母を憎んで、それで……


「ふく、しゅう?」


「そっか。フォルは復讐のために此処にいるんだ」


「でも、それって俺に復讐するためじゃないよね」


「よーく考えてみな?」


「今、フォルが此処にいるのはリルを殺すためだろう?つまり、俺とお前は協力関係にあるんだよ」


言葉が上手く出てこない。代わりに、音楽のように頭の中に言葉が流れ込んでくる。


「ナナが死んだのは俺のせい?違うだろ?殺すと判断したのはリルだ。ルアが死んだのは俺のじゃない。リルが殺したからじゃないか」


兄は微笑むと、私の頬をゆっくりと撫でた。


「さ、賢いお前ならわかるよな?」


「う…ん」


「憎むべきなのは?」


「お母…さま?」


「ナナを殺したのは?」


「お母…さま」


「じゃあ最終問題だ」


「お前が殺すべきなのは?」


「お母さま」


「そうだ。よくできました」


兄は笑うと優しく私の頭を撫でた。


「今日はもう遅い。早く寝な」


ぱちん。兄が指を鳴らした時には、私は出たはずのベッドの中で寝転がっていた。


「いい夢を」







「..ん」


重い体を起こして、辺りを見渡す。

差し込んだ日差しが眩しくて、思わず目を細めた。

それから目を擦ろうとして、止まった。


「何で血が出てんだよ!?」


眠気も一気に吹き飛び、俺はどくどくと流れ出る自分の血を凝視した。


「おはよ~少年……」


欠伸するような声が後ろからした。


「お、おい!なんか手から血が出てんだけど!?」


「……おやおや、それは大変だな」


悪魔は欠伸するのをやめて、俺の手を見る。地味に真面目な顔で見るのやめろ。

俺が呪いに掛かったみたいだろ…。


「呪い………ぷぷっ」


「何笑ってんだ!お前さては何か知ってるな!?」


「なんもしらねえよ~」


「だからさっきから何でそんなにニヤニヤしてるんだ!」


騒いでいると、扉をノックするような音が響いた。


「……おい、戻れ」


小声でそう呟いて、騒いでいた悪魔の袖を引っ張る。

周りにはこの鬼の姿は見えないが、いちおう保険として隠しておこう。レインとかだったら分かるかもしれない。

念には念を…だ。


「…入っていいぞ」


扉の開く音と共に、一人の少女が姿を現した。

レインだと思っていたが、どうやら予想外の人物が来たみたいだった。


「…時」


いつでも武器を生成できるようにする。彼女の記憶はもう戻っているはずだ。そして、絶対に俺を憎んでいる。きっと殺しにでも来たのだろう。


「お、お兄ちゃん」


「昨日は、ごめんなさい!」


攻撃されると思ったのだが、急に頭を下げられた。


「……昨日?」


「昨日、殺そうとして手を刺しちゃって……本当にごめんなさい!」


「もう絶対にそんなことはしないし、絶対に役に立ってみせるから!」


「…ぇ、は?」


状況がつかめない。なぜ俺に謝る必要があるんだ?

昨日は刺して御免って…。この傷此奴のせいだったのか………?それ以前にやっぱり殺しには来るんだな…。

昨日、俺は寝ていたし、起きていた記憶もない。

多分だが──


(おい、糞餓鬼。お前勝手に俺の身体使ったな?)

(悪い悪い!ついつい)

やっぱり犯人は悪魔だったらしい。

(取り合えず!今のうちは素直に許しといてやれよ。此奴の能力、上手く使えば力になる)

たしかにそれはそうだ。

時間操作が出来れば、攻撃もやりやすくなる。そういう意味では、利用しがいのある駒だな。


「………別に、気にしてねえよ」


何て声かけたらいいか分からず、しどろもどろになってしまった。


「お兄ちゃん!ありがとう!」


本人はたいして気にしていないらしく、顔を明るくさせると、笑顔でお礼を言った。

此奴、こんな正直な奴だった……?

逆に後ろからざっくりいかれそうで怖いんだが。


(だいじょーぶだいじょーぶ!そんときは俺がなんとかするさ!)


「お前はさらっと俺の心に潜り込んでくんな」


「お兄ちゃん?」


「あ、いや!なんでもない!」


一人で喋ってる変人になってしまうところだった。危ない危ない。


「とりあえず、皆と合流しよう。話はそれからだ」


「うん。分かった」


時……いや、フォルは何処どこか決意を固めた表情で、強くうなずいた。

物凄い嫌な予感がする。

俺は溜息を吐くと、困惑でどうにかなりそうなも頭を抑えて、レインに会うべく部屋を出るのであった。







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