1 「時視点」 「アル視点」
暗闇で覆われた部屋で、一人の少女だけが起きていた。
「…違う。違う。違う」
同じ言葉をボソボソとつぶやく。
少女は、危なげな足取りで、ベッドから降り、扉に手を掛けた。
開けた先は真っ暗。
物音は聞こえない。どうやらもう起きている者はいないのかもしれなかった。
「………そんな」
「私は、何のために…」
消え入るような声が、廊下に響き渡った。
鮮やかな萌黄色の髪を持つ少女。時、ことフォル・キロファレンゼスは嫌悪と苦痛が入り混じった表情を歪めた。
少女は、止まった足をもう一度動かす。まるで唐栗人形だった。吸い寄せられるように、何処かへと向かっていた。
「ナナ、ナナ姉様を殺したのは……アイツなんだ」
「わたしは。悪くないの」
「あいつは私たちを笑ってたんだ。本当は持っていた能力をかくして…」
そう言い聞かせると、少しだけ胸が軽くなった気がした。
そうだ。私は悪くない。
最初、何も能力のない王家の恥晒しに、軽くちょっと当たっただけなのに、どうしてこうなってしまったのだろう...。
そこまで強く暴言を吐いたり、強く手を出したりはしていない。
遊び気分にやってただけなのに…。
ただ、あいつが重く受け止めすぎてて、勝手な勘違いをしたんだ。
きっと、大げさに言って、ナナ姉様をそそのかしたのだ。
そうじゃなきゃ、私たちがナナ姉様にあんな目を向けられた理由がわからない。あんな冷たい目で、失望したかのように……。
悪いのは、あいつだ。
お母さまを殺そうとする、あいつを消さなくては……。
気づけば、一つの部屋の前に立っていた。
息をのみ、音を立てずに扉を開く。
部屋の中では、豪華なベッドの上で、心地よく寝息を立てている兄がいた。
ポケットに仕込んでいたナイフを取り出す。
此奴さえ死ねば。それでいいのだ。
記憶を消されていたせいで、姉も此奴の駒となってしまっている。
これ以上、好きにさせてはいけない。
ベッドに上がり、見に馬乗りした。
疲れているのか、彼は気づく様子もなく、ただ深い眠りについている。
その眠りを、永遠の眠りへと変えてやろう。
「…ばいばい」
全ての憎しみを乗せるように、勢いよく振りかぶった。
じわり。
赤黒い絵液体が、ナイフを滴った。
「っち」
軽い舌打ちが聞こえたかと思うと、突如、腹部に痛みを感じ、地面に転がる。
蹴られたのだ。あの状況から。
「鳴一呼、手ぇ痛った」
地の底から這いあがってきたような、悪魔の声が響いた。
「どうしてくれんの?」
"それ”はこっちを向くと、静かに口角を釣り上げた。
刹那、全身に悪寒が走った。
何だ、此奴。
「誰だ!」
恐怖を押し殺すように、叫んだ。
「俺はアル。知ってるだろ?フォル」
気づけば目の前にいたいけな少年の顔があった。
爛々と輝く綺麗な紅い瞳は、まるで血液をぶちまけたかのようなだった。
「っひ、嫌だぁ……来るな!」
恐怖に心が支配され、体が自由に動かず、ただく拒絶するかのようにあとざすった。
「攻撃してきたのはそっちだろ?」
少年は呆れたように笑うと、急に、白い指で私の頭を小突いた。
「なあ、フォル」
「お前。何でここにいるんだ?」
純粋無垢な笑顔なはずなのに、時には影がかったその表情が、冷酷な色を作り上げているように見えてしまった。
「ぁ、っなんでって……」
「うん。だから、なんで?」
「私は…」
答えようとして、止まった。私は、何故ここに居るのだろう。
私は、兄に記憶を抜かれて、妹を母に殺されて、そんな母を憎んで、それで……
「ふく、しゅう?」
「そっか。フォルは復讐のために此処にいるんだ」
「でも、それって俺に復讐するためじゃないよね」
「よーく考えてみな?」
「今、フォルが此処にいるのはリルを殺すためだろう?つまり、俺とお前は協力関係にあるんだよ」
言葉が上手く出てこない。代わりに、音楽のように頭の中に言葉が流れ込んでくる。
「ナナが死んだのは俺のせい?違うだろ?殺すと判断したのはリルだ。ルアが死んだのは俺のじゃない。リルが殺したからじゃないか」
兄は微笑むと、私の頬をゆっくりと撫でた。
「さ、賢いお前ならわかるよな?」
「う…ん」
「憎むべきなのは?」
「お母…さま?」
「ナナを殺したのは?」
「お母…さま」
「じゃあ最終問題だ」
「お前が殺すべきなのは?」
「お母さま」
「そうだ。よくできました」
兄は笑うと優しく私の頭を撫でた。
「今日はもう遅い。早く寝な」
ぱちん。兄が指を鳴らした時には、私は出たはずのベッドの中で寝転がっていた。
「いい夢を」
◇
「..ん」
重い体を起こして、辺りを見渡す。
差し込んだ日差しが眩しくて、思わず目を細めた。
それから目を擦ろうとして、止まった。
「何で血が出てんだよ!?」
眠気も一気に吹き飛び、俺はどくどくと流れ出る自分の血を凝視した。
「おはよ~少年……」
欠伸するような声が後ろからした。
「お、おい!なんか手から血が出てんだけど!?」
「……おやおや、それは大変だな」
悪魔は欠伸するのをやめて、俺の手を見る。地味に真面目な顔で見るのやめろ。
俺が呪いに掛かったみたいだろ…。
「呪い………ぷぷっ」
「何笑ってんだ!お前さては何か知ってるな!?」
「なんもしらねえよ~」
「だからさっきから何でそんなにニヤニヤしてるんだ!」
騒いでいると、扉をノックするような音が響いた。
「……おい、戻れ」
小声でそう呟いて、騒いでいた悪魔の袖を引っ張る。
周りにはこの鬼の姿は見えないが、いちおう保険として隠しておこう。レインとかだったら分かるかもしれない。
念には念を…だ。
「…入っていいぞ」
扉の開く音と共に、一人の少女が姿を現した。
レインだと思っていたが、どうやら予想外の人物が来たみたいだった。
「…時」
いつでも武器を生成できるようにする。彼女の記憶はもう戻っているはずだ。そして、絶対に俺を憎んでいる。きっと殺しにでも来たのだろう。
「お、お兄ちゃん」
「昨日は、ごめんなさい!」
攻撃されると思ったのだが、急に頭を下げられた。
「……昨日?」
「昨日、殺そうとして手を刺しちゃって……本当にごめんなさい!」
「もう絶対にそんなことはしないし、絶対に役に立ってみせるから!」
「…ぇ、は?」
状況がつかめない。なぜ俺に謝る必要があるんだ?
昨日は刺して御免って…。この傷此奴のせいだったのか………?それ以前にやっぱり殺しには来るんだな…。
昨日、俺は寝ていたし、起きていた記憶もない。
多分だが──
(おい、糞餓鬼。お前勝手に俺の身体使ったな?)
(悪い悪い!ついつい)
やっぱり犯人は悪魔だったらしい。
(取り合えず!今のうちは素直に許しといてやれよ。此奴の能力、上手く使えば力になる)
たしかにそれはそうだ。
時間操作が出来れば、攻撃もやりやすくなる。そういう意味では、利用しがいのある駒だな。
「………別に、気にしてねえよ」
何て声かけたらいいか分からず、しどろもどろになってしまった。
「お兄ちゃん!ありがとう!」
本人はたいして気にしていないらしく、顔を明るくさせると、笑顔でお礼を言った。
此奴、こんな正直な奴だった……?
逆に後ろからざっくりいかれそうで怖いんだが。
(だいじょーぶだいじょーぶ!そんときは俺がなんとかするさ!)
「お前はさらっと俺の心に潜り込んでくんな」
「お兄ちゃん?」
「あ、いや!なんでもない!」
一人で喋ってる変人になってしまうところだった。危ない危ない。
「とりあえず、皆と合流しよう。話はそれからだ」
「うん。分かった」
時……いや、フォルは何処か決意を固めた表情で、強くうなずいた。
物凄い嫌な予感がする。
俺は溜息を吐くと、困惑でどうにかなりそうなも頭を抑えて、レインに会うべく部屋を出るのであった。




