Ⅺ 【記憶の欠片】
「…っは」
気づけば俺は、地面に寝転がっていた。身体を起こして周りを見渡す。
どうやら俺は、途中で気を失ってしまったらしい。誰かが追ってくる気配はない。取り合えず、立ち上がる。
「っと、」
体制を崩し、近くにあった木にもたれた。
足が痛い。あれだけ走っていたせいか、自由に足を動かすことが出来ない。
多分、体力が尽きて俺は木を失ったのだろう。木を支えに、慎重に歩き出す。
真っ暗だったあたりは、いつのまにか明るくなっていた。
「…ナナ」
《アル!逃げなさい!》
「…」
リスクを考えてルールを作ってくれたのに、それを破ってしまったのは俺だ。もう遅い。
ナナは、大丈夫だろうか.……。
可笑しいほどに静かな森が、俺の不安を掻き立てる。早く、謝らなければ。
後悔と嫌悪で顔がぐしゃり、と歪んだ。
____________
俺と母が会ったところに向かうと、地面は大きく割れ、周りの木々も姿を消していた。
「…………嘘だろ」
あの二人がぶつかり合うと、こんなことになるなんて、息をのんで、ナナを呼ぶ。
しかし、返事は帰ってこない。
恐ろしいほどに、何の気配も感じない。
まるで、意図的に消されたかのように。
「……これは」
目に留まったのは、ぶちまけられたように広がった血痕。
触れてみると固まっていて、結構前のものだとわかる。
「………ナナ」
本当に、大丈夫なのだろうか……………。
一旦、俺は元あった家に戻ることにした。このまま体力のない状態でうろうろしても、直ぐに死んでしまうだろう。
準備を整えてから動く。今の俺にはその選択肢しかない。 木に触れると、何の破損もない、綺麗な家が姿を現した。
「魔法は起動したまま……」
レインから聞いたことがある。発動主が死亡したり、魔力切れを起こさない限りは、魔法の効果は続くということ。つまり、ナナは生きている。
それだけでも、安堵できる。母と戦ったのか、見逃してもらったのか、仕それは分からないが、ナナは今のところ大丈夫だろう。
「…ナナ、いるか?」
一応扉を開けて声を掛けてみたが、当たり前のように反応はなかった。取り合えず、落ち着こう。そう、大丈夫。
心の中でそう言い聞かせても、体は小刻みに震えていた。
「……はは、怖いんだ、俺」
リルは俺を見て、笑った。
その目は酷く冷たく、残酷だった。容赦がない。いや、俺を子供としては見てなかった。
むしろ、絶対に殺さないといけない、というように殺意を滾らせていた。
………………あの目が、怖い。
もう一度、いや、今度こそ俺は殺されてしまうのかもしれない。やっぱり、こんな時でも自分が一番なんてな……。
全く、笑えない。
死にたいくらいに苦しいのに、死にたくなかった。また俺は、拒絶されるんだ。
そう思うと、心に鎖が絡みつくように恐怖心が離れない。
落ち着け…。落ち着け。
俺はベッドへ寝転がると、目を閉じた。
◇
それからというもの、俺はナナを探し回った。一番最初は森の中。次は近くの村や街。その次はもっと遠い町へ。
ナナと一緒にいったリオルにだって行って、探した。しかし、彼女はいなかった。お金には困らなかった。
家には大量の金貨があった。
困ったときに使いなさい。
そういって俺に沢山渡してくれたから。いくら探してもナナはいない。もしかして、ナナはもう──
そんなことを考えてしまうと、俺の心が持たなくなるのでやめた。
ナナはいつだって母のお気に入りだった。
もしかしたらナナは、母のところへ行ってしまったのかもしれない。
勝手で役ただずな俺を置いて。
「………もしそうだったら」
動かしていた足を止めた。
止めても、今、俺に戻れるところなんてあるのだろうか。
再び足を動かす。
「次、どこ行──」
ぐにゃり、視界が歪んだ。
まだ、ナナに会えてないのに。
声をあげる間もなく、俺の意識は途切れた。
◇
ぱちぱち、
何かと何かが弾けるような音で、目が覚めた。
「お、起きた?」
「…………………あ、れ」
「動かない方がいいよ~君、栄養失調だね」
そういって、少女は立ち上がり、近くにあったく新を浮かせて、火の中に放り込んだ。
「……お前、だれ」
「そんなこと言われても」
「覚えてるかな?君は道端でぶっ倒れてたんだよ」
そういって少女は、どこか神秘的な笑みをたたえた。
「…………なんか、ナナと似てるな」
思わずぽつり、とつぶやいた。少女は特に気にした様子もなく、魔法陣をかざして、火を調整していた。
「ところで少年、いやアル様や」
「⁉︎」
勢いよく立ち上がり、ふらつく足で離れる。
「ふふ、驚かなくてもいいんだよ。誰だって国家転覆を企てた王子様と王女様くらいは知ってるさ」
「別に私はリルに報告しようとは思ってないさ。ただ、人助けをするのが私の中でのモットーなだけさ。ほれ」
投げられたものを反射的にキャッチする。
肉だった。
「お腹は空いているだろ。なら食べときな。毒なんかないよ」
確かに、今更毒で殺すくらいならこうややって助けて保護することはないだろう。
「………有難う」
「それでいいのさ」
素直にお礼を言うと、笑って返された。今思うと、誰かと話したのは久しぶりかもしれない。
肉にかぶりつく。久々に、食べ物を食べた。美味しくて、でも、悲しかった。
「うえ⁉︎だ、大丈夫か⁉︎」
ぼろぼろと涙をこぼした俺を尻目に、
焦ったように目の前にいた少女はわたわたと手を動かした。
「す、すまん。まずかったのか…?」
「違うよ、美味しいよ…」
涙が止まらなかった。
きっと俺は、ずっと怖かったんだろう。安堵したかったんだろうな。
もう一度肉にかぶりつく。溢れる感情を抑えるように。
彼女は、何かを察したのか、俺の頭を撫でた。
何も言わずに。
「…」
俺も、何も言わなかった。
食べ終わってから、俺はずっと疑問に思っていたことを聞いた。
「お前、誰だ?」
「直球だね。私はアリアだ」
「年齢は?」
「君はデリカシーというものを知らないのか⁇」
「そうか、悪い」
見た目的に十二歳くらいだろうか。よく一人で暮らせているものだ。尊敬する。
「勝手に年齢を決めるな!ちゃんと成人しとるわ!」
「あ、そうだったのが…」
どうりで見た目と喋り方が合わない訳だ。
と言うか何で俺の思ってることがわかったんだ?
「………世話になったな。じゃあ俺はこれで」
とりあえずここから出よう。ずっと居座るわけにはいかない。
そう思い立ち上がると、引き止められた。
「まあ待て、君と会えたのも何らかの縁だ。どこかに転移してあげよう」
「転移⁉︎転移魔法が使えるのか⁉︎」
「ああ。簡単なものだよ」
少女、おっと間違えた。アリアはや自慢げに鼻を鳴らすと、俺をちらちらと見た。
「君、一人で行動している感じにナナにでもお使いを頼まれたとかなんかだろ?それで多分迷ったんだろうし、私が折角だから飛ばしてあげよう」
どうやら気を使ってくれたらしい。
転移魔法となると有り難い。
「そうか……じゃあ、ナナの近くへ飛ばしてくれないか?」
因みに冗談だ。転送魔法を使えるのは場所のみ。人を特定して飛ばすことは絶対にできないのだ。元々、アリアに転移魔法などを期待していない。
転移魔法を使える者が、こんな田舎にいる自体可笑しいのだから。
「うん!それくらいなら簡単だ!任せろ!」
アリアは自分の白髪をぷつり、と一つ引き抜く。
「………は?」
「【___________】」
彼女が笑顔で何かを呟いた瞬間、俺は光の速さでどこかへ飛んだ。
____________
気づけば俺は、またもや知らない場所にいた。
今日は転々とどこかへ移りすぎな気がする。
「……いや、知っている」
此処は確かナナとレインでお忍びで遊んだときに通った場所だ。
俺は、王都にいる。それだけで、吐きそうになった。なぜ、こんな場所に俺はいる。アリアは本当に転移魔法を使えたのか?
いや、今はそんなことはどうでもいい。←王都には、俺を知っている者が多い。優秀な魔術師や騎士だっている。このままじゃ、殺される。逃げなくては。
歩を進め、大通りに出た時に、耳を劈くばかりの歓声が聞こえた。
視線を向けると、沢山の人だかりが出来ていた。
俺の横を通り過ぎる人たちは、俺のことなんて視界に入っていなかった。
ただ、何かを見ようと皆人込みへと向かう。人込みの奥には、土台があり、煌びやかな服を着た者たちが並んでいた。あの服は遠目から見ても分かる。
王家の服だ。
そして、目立つ金髪で分かる。真ん中に立っているのは、俺を陥れたであろう母だ。
しかし、そんなものは俺の頭の中にはなかった。それよりも、俺は目が離せなかった。真ん中に大きくそびえ立つ、十字架に。
誰かが、縛り付けられていた。
綺麗な銀髪が、風で揺らめく。
片眼は切られたかのような痕があった。呼吸が荒い。心臓が嫌なくらいにはねた。
「ナナッ!!!」
俺は人込みに向かって、全力で走り出した。
『今から!罪人の処刑を始める!』
魔法を使っているのか、音色を奏でるような美しいた声が、辺り一面に大きく響いた。
『彼女は、アル・キロファレンゼスに手を貸し国家転覆を企んでいたのだ!』
リルが、高らかに声をあげた。
周りの人間たちは、かき分けて入る俺を気にしないかのように、只管彼女に怒号を飛ばす。
『彼女には、死をもって、この罪を償ってもらうとしよう!』
そういって、リルが手を振り下ろした瞬間、周りの兵たちが弓や銃を構えた。そんなものでナナが死ぬわけがない。だが、あの銃や弓には金色の魔力が籠っていた。母だ。 母の魔力だ。
奥歯を噛みしめ、やっと人込みから抜け出せることが出来た。
魔力の籠った攻撃がナナに向かうと同時に、俺はありったけの声を出して叫んだ。
「ナナーーーーー!!!!!!!!!」
◆ 同時刻
『今から!罪人の処刑を始める!』
下にいたリルが、高らかに声をあげた。
「………………はあ」
つまらない。くだらない。私も腕が落ちたものね。心の中で愚痴る。やはり、私では力不足だった。
下で民の士気をあげている化け物を見る。一撃。たったの一撃だった。
全てを出し切った全力の一撃を、彼女は手を払うだけで撃ち落として見せた。持って行けたのは片腕だけ。しかも持っていったはずの腕は、直ぐに治されてしまった。
しかし彼女は本当にうれしそうな表情で、こういった。
『やはり、貴方は同じなのよ。ねえ、ナナ。戻ってきなさい』
そう、一言。
彼女はその意味のない一撃を食らい、嬉しそうだった。全く。これだから狂人の考えることは分からない。
『いやよ。あんたと私は違うもの』
そう返事した瞬間、頭部に激痛を感じたかと思うと起きたら牢屋。あの時、その言葉に共感して有難く受け取っておけばこうやって死ぬことはなかっただろう。
が、別に後悔は全くしていない。アルを裏切って、一人にするなんて有り得ないことだ。
私はこれで良かったのだ。死んでも構わなかった。
結局、アルを一人にする羽目になってしまったことだけが心残りだが。
「………さようなら」
来るであろう攻撃に備え、目を瞑る。
力は残っていた。しかし使っても逃げることは出来ないのは分かり切っていた。
……有難う。アル。
私は貴方のおかげで最後まで、楽しめた。でも、あの子のことを考えずに、危険だけを考えたせいで、あんな結果を招いてしまった。何もかも、私が悪かった。
「………御免なさい」
全身から力を抜こうとした、その時だった。
「ナナーーーーー!!!!!!!!!」
居るはずない、少年の声が響いた。
「アル⁉︎」
瞑っていた目を開ける。
確かにそこには、必死な表情をした少年がいた。私の周りにいた兵たちやリルたちがそちらへと意識を向けた。まずい。このままじゃアルまで殺されてしまうじゃないか!
咄嗟に魔力を振り絞って、自分を縛り付けていた縄を消滅させ、アルのもとへと向かう。
「がはっ」
同時に、放たれた弓矢や弾丸が、身体を買いた。
「ナナ!!」
アルが悲痛な叫びを漏らす。
私を縛り付けていた縄には、魔力を吸収する術式がかかっていた。
魔力がギリギリだったため、私は成すすべもなく地面に倒れこむ。
最後の魔力を振り絞って、駆け寄ってきたアルに触れ、結界を張った。
周りは焦ったように魔法を放ち、結界を崩そうとする。攻撃を消滅させられるのも、そのうちなくなるだろう。
泣きじゃくるアルの顔を、震える手で包んだ。
「…………ごめんなさい。アル」
「違う!ナナは悪くない!ごめん、ナナ、俺が...俺があんなことしなかったらナナの言うことを聞いてれば!俺のせいで、俺のせいでナナが…………!」
アルは、私の傷口に手を押し当て、止血しようと力を籠める。しかし、血はあふれるばかりだった。
「いい。よく、聞きなさい」
かすれた声で、そういうと、アルは押し黙った。
「あなたは、悪くないの」
身体を起こして、自分より小さな体を抱きしめた。全然食べてないのか、驚くほどやせ細っていた。
こんな自分を探して、此処まで来てくれたのだろうか?
それだったら…嬉しいわね…。
「私にとって、あなたは光だった。これでもずっと気を張っていたのよ?誰も言じれなくて、誰かを守ったことないで私が、正義感だけであなたを守ろうと思った。あの時の私にとって、あなたの生死なんて、明日の天気くらいどうでもよかった。だけれど、だけど」
抱きしめてた手を放して、泣きじゃくっている少年の肩を掴んだ。
「私はあんたに生きてほしい!」
何時の間にか、私は泣いていた。拭っても拭っても、涙が止まらなかった。
誰かの前で、涙を流したことなんて一度もなかった。
嗚呼。私はちゃんと幸せだったんだ。
「そんな、終わりみたいに言わないでくれよ、ナナ………」
少年は、鳴咽を漏らしながら弱い力でく私を恐る恐る抱きしめた。これが最後何て、私にはもうわかり切っていた。
「まだまだ一緒に居たいのに……っ」
駄々をこねる子供のように、私の服をきゅ、と掴んだ。不覚にも、可愛いなと思った。
もっと色んな弟を見て見たかった。感じたことのない感情を持ってみたかった。
張った結界に、亀裂が入ってきた。どうやらもう、抑えきれないらしい。
「最後に、お姉ちゃんからプレゼントをあげるわ」
自分の胸を貫く、鮮血が飛び散った。アルが声にならない悲鳴を上げた。
私はきらきら輝く"それ”をい片手に、アルの胸へと押し当てた。
刹那、張った結界が音を立てて割れた。そして、沢山の攻撃が此方へと飛んでくる。アルを強く抱きしめる。痛覚のない体に、再び攻撃が刺さった。
自分の身体がタフで本当によかった。
リルが化け物というだけもある。遠くから、一人の少女が走ってくるのが見えた。
口元が緩む。彼女がいるならもう大丈夫だろう。
「誕生日おめでとう」
初めて、嘘偽りのない笑顔で、笑った気がした。
アルを抱きしめていた手が、力を無くしたかのように地に落ちた。
強い意志を秘めていた紅い瞳は、光を失った。
ナナは死んだ。




