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愚者を仰げ  作者: 柊 要
2章
38/57

Ⅹ 【記憶のかけら】





「……」


気配を消して木に身を潜める。

俺が今、狙っているのは狐獣バルデスクだ。

黄色い体に四つの魔力を纏った尻尾が特徴で、名の通り狐を模した魔物である。

注意すべきは先ほど挙げた尻尾。尻尾に触れると、魔力が奪われたり、精神状態が不安定になったりなどと様々。が、魔力に関して俺は問題ないのでそこは安心だ。

ただ、何が起きるかは分からないから慎重に倒すべきだ。

狐獣バルデスクは気配に敏感であり、脅威である尻尾を主に使って獲物を狩るらしい。

息を潜め、気配を消して動くのを待っていると、狐獣バルデスクは気づいていないのか、俺に背を向けると、再び歩き出した。


よし、今だ!

俺は木を登ると、飛翔し、狐獣バルデスクの背中へと狙いを定め、腰に掛けていた剣を抜き、勢いよく突き刺した。


狐獣バルデスクは筋肉を痙攣させると力が抜けたかのように倒れこんだ。


「よしっ…!」


今日の昼食は確保だ。


「三十秒か…」


俺は時計を一瞥してから、狐獣バルデスクの尻尾を掴み、引きずって歩く。

尻尾は、生きている時は脅威だが、死んでしまうと効果はなくなるのだ。



森の中を長いこと歩くと、何の変哲もないも一本の木の前に立つ。手を木に当てる。

すると、木の姿が消え、家へと変貌した。


「……他の木と間違えそうになるんだよな」


そう呟いて家の中へと入ると、ナナが気づいたように此方にきた。


「あら、昼食を用意できたのね。前よりは早くなったんじゃないかしら」


「そうだといいね」


苦笑しながら俺は掴んでいた狐獣バルデスクをナナの方へと投げる。

ナナは軽々とキャッチすると、狐獣(バルデスク)をまじまじと見つめた。


「………狐獣バルデスクね、珍しいの取ってきたじゃない」


「まあ、年に現れるかどうかの確率だしな」


「そう考えてみれば、随分成長したものね。一年前は死にかけて泣いてたくせに」


「むっ、昔は昔だから!今は違うから!」


俺はナナを睨む。昔のことを掘り起こしてくるとは。


「弟の成長が見れて私は感動よ。さ、調理に取り掛かりましょ」


「..はーい」




俺たちが母から逃げて、一年半の月日がたった。

兵士達とかも街とかをたまに行ったりするが全然見ることはない。だからもう俺は探すのをあきらめたんじゃないか?と思った。

だが心配性のナナは「もう少し入念に隠れておいた方がいいわ」と言い、王都から離れた森に強力な結界を張り、家を作った。この家は、何処にでもあるような木造の家。


しかし、一つだけ仕掛けがある。それは、認識阻害だ。

外側からは、家があることは見えないようになっており、仕普段は一つの木として姿を変えている。因みに外からの魔力や攻撃は全て遮断されるようになっているらしい。普通の認識阻害魔法ならレベルの高い魔術師とかが来た時にバレるんじゃないのか?と気になって聞いてみたが普通の魔法じゃないので大丈夫だとか。


狐獣バルデスクの肉を食べながら考える。そろそろ森に居なくても大丈夫じゃないのか?と。


「なあ、ナナ。ずっと此処にいるつもりなのか?」


「ええ。そっちの方が安全だし。貴方も楽しいでしょ?」


「楽しいけど………」


折角の外だし、もっとナナと色んなところへ旅してみたい。


「不満でもあるのかしら?」


ナナの笑顔に影が差した。


「うっ…」


余計なことを言っても正論で返されるのは目に見えていた。だが、俺は止まらなかった。


「よ、よかったら二人で旅にでも出ない?きっと楽しいだろうし──」


「ダメよ」


きっぱりと断られてしまった。

ちょっとくらいは肯定してくれてもいいのに。


「………ご馳走様」


投げやりに言い張り、大きく音を立てて立ち上がる。

いらいらする。

そうだ。こういう時は外の空気でも吸ってこよう。

そしたらこんな気分だって、直ぐに晴れるはずだ。自分の部屋の窓から、外へと出る。


気づけば外はもう、育闇に染まっていた。今更だが、俺は必要な時以外、夜に外に出たことはなかったので不思議な気分だ。

必要な時、というよりは基本、ナナの許可を取ってからじゃないと外へは出たらだめだ。

別に、今はもうそんなことをしなくても大丈夫だ。


俺だって、この一年なにもしてこなかったわけじゃない。ちゃんと強くなっている。ナナは俺を子供として見ているのだ。

俺はもう、一人前の実力だってあるって、ナナも前言ったくせに。


「俺だって…」


どんっ、


「うわっ!?」


前を見ずに下を向きながら歩いていたせいか、誰かにあたってしまった。


「すみませ…」


相手を見ようと顔をあげた瞬間、俺は固まった。

今宵は月が出ていないはずなのに、月を象るかのように美しい金色の髪が揺れた。


「あ、ぁあ…」


俺はふらつき、尻餅をついた。


『いい?私の許可なく外へは出ては駄目よ』


ナナは結界を張ったときに、俺に念を押すように強くそういった。

本当に強力な結界で、一度外から魔物が侵入しようとしたところを、見たことがあるが、その魔物は結界に触れた瞬間、跡形もなく消え去ったのだ。

これは俺の予想だが、ナナの張った結界には、ナナの【消滅】の魔力が込められている。触れたものは消滅してしまう。だから、外部からの干渉はあり得ない。

そう、思っていた。

金色の瞳を細め、妖艶に彼女、いや、リルは微笑んだ。


「…………久しいぶり。そしてさようなら」


一瞬だった。一瞬で俺は首を取られる。


──はずだった。


「っち、アル!逃げなさい!」


リルの手が消えていた。正確には、消された。俺の前には、ナナが立っており、何時もの笑顔を歪め、焦ったように叫んだ。


「ぁ、ぁ」


足がすくんで動けない。

ただ、俺は掠れたような悲鳴を漏らすだけだった。


「【逃げろ】」


ナナがそう発した瞬間、俺の脳は遮断され、考えるよりも先に身体が動き出していた。

思うように体が動かず、ただただ走り続ける。

怖くて、怖くて仕方がなかった。

俺の身体が、母に会うことを拒むかのように、俺は今まで鍛えた持っている力全てを出し切るかのように、走った。












動揺を抑えるように、息を大きく吸って、吐いた。

此処で焦りを見抜かれてしまえば、足をすくわれるだけだ。口角を無理矢理上げて、何時もの表情を作る。汗が頬を伝った。

油断なんて、できるわけがなかった。目の前に立っている化け物は、消えた手を見ると、直ぐに再生させて、視線を此方へと向けた。

沈黙が流れる。

先に切り出したのは、リルの方だった。


「ナナ。貴方はあの子に加担するのね」


何の感情も籠っていない。無機質な声。此方を探るような感じはなく、

ただ、確認するように問いかけた。


「……………ええ」


それだけだった。

この会話だけで戦いのコングは鳴らされた。

リルが姿を消した。魔法の類ではない。

ならば、考えられるのは純粋なる身体能力。姿が捉えられない音を切るような速さ。いくら全力を出しても、勝てない。

師匠から貰った、愛用の剣を持って構える。私の目は赤色だ。この国では本当に希少で、この目は、魔力を流し込むことで視覚を強化することが出来るのだ。


魔力を目に流し込む。これが私のできる最大限だ。見えていなかったリルの姿が、速いが捉えられる。

前か!


「残念。後ろよ」


背中に怖気が走った。同時に、腹部に激痛。腕だ。腕が自身の腹を貫いていたのだ。あの一瞬で、骨を砕き、確実に。

恐怖を振り払い、

痛みを無理矢理消滅させ、再び全神経を集中させる。

少しでも隙を見せれば、殺られる。最早出し惜しみをしている場合ではなかった。此処で足止めをしないと、殺られるのはアルだ。そんなことはさせない。此処で私が止めなければ、殺さなければいけないのだ。

私は息を吐き、かつて恐れ、閉じ込めた扉に手を掛けた。



「【解放】」





____________





【解放】。それは魔力暴走状態へと近い。だがそれとは決定的に違うものだった。能力者には、覚醒状態ゾーンというものが存在する。それは、能力を完璧に使いこなし、かつその身へと浸透させたものだけが使えるのだ。

そして、扱えるのは異常者れいがいのみ。彼女、ナナ・キロファレンゼスは能力を若き四歳で開花させてしまった。だが、それは能力者の中でも類を見ない事態であった。


しかし、彼女は例外中の例外だった。能力者には必ず、代償というものが存在する。力が大きければ大きいほど、その代償は重くなる。彼女の代償は寿命。

力を使うにつれて、大きければ三十年もの寿命を削られてしまうのだ。


しかし、彼女は代償を《消滅》させた。何も使いこなせない、能力が発覚したばかりのときにた彼女は”無意識”に消滅させたのだった。力が強ければ強いほどそれは覚醒の材料として変換される。異常であれば異常なほどに覚醒の真髄へと辿り着ける。


そう。彼女は適合者バケモノであった。







大地が悲鳴を上げ、砕け散っていく。

木や植物は、形を無くし、侵略されるかの如く消えていく。

膨大な消滅の魔力が渦巻き、世界を壊そうと暴れていた。


「ナナ………やっぱり貴方は」


リルは、歓喜に満ちた表情で、うっとりと彼女バケモノを見た。

ナナは殺意に満ちた瞳で、流れるような動作で手を振った。


手を振った。それだけで、鮮血が舞った。


見れば、リルの肩口がぱっくりと割れているのである。


「………傷」


リルはあり得ないとでも言うように、ぽつり、と呟いた。

リルは傷を撫でる。何時もなら一瞬で再生する傷が、ゆっくりとつながっていくのを、彼女は見つめていた。

揺れる銀髪。殺意に燃える赤い瞳。リルはその姿を、目に焼き付け、微笑んだ。




「楽しませて頂戴」

「死んじまえ」










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