Ⅶ
「とりあえず此処がどんなところか、まわってみましょうか」
ナナはそういうと、僕の手を引いて歩き始めた。
「いい?絶対に一人で行動しないこと」
ナナは此方を見ると、何時もの笑顔を崩し、眉間に皺を寄せ、圧を掛けるようにそういった。
珍しい表情をするなと思いつつ、今の俺は足手まといなので、首を縦に振った。
俺たちがいるところは何もない平地だ。近くにある村でも探して、泊まる必要がある。取り合えず周りを見渡しながらナナについていくと、一つの村が見える。
ひとまず泊まれそうな所が見つかり、安堵する。
入口に近づくと同時に、つん、とした刺激臭が鼻をくすぐった。
刺激臭、というよりは腐敗した果物のような匂いだ。
「…っう」
思わず呻き声を漏らし、鼻を抑える。しかし、ナナは気にした様子もなく、ずんずんと歩いていく。
「ちょ、ナナ?もしかして此処にとどまるつもりかよ?」
頼むから冗談であってくれ、アルは心の中で懇願した。
そんなアルを見て、ナナは不思議そうに首を傾げる。
「何か気になるものでもあるのかしら…?」
「気になるも何も……」
「気づいてないの?この村、廃村よ」
ナナに言われ、気づく。確かに先ほどから村の中を歩き回っているが、人に一切会っていない。なんなら誰も住んでいないだろう。
「此処ならバレないだろうし、留まる点では何も問題はないわ」
問題ありまくりだと思う。なんで此奴は訳も分からん怪しそうなところで寝泊まりが出来るんだ。
顔を顰めていると、先ほどまでアルを苦しめていた匂いが、突如、消えた。
「え…無臭」
「あんた変な感想するわね」
ナナが笑った。思ったことが口に出てしまっただけである。
「言わなくても分かっているとは思うけど、気分のいい匂いではなかったから、消滅させたわ」
「…何を?」
「匂いを」
相変わらず怖い女である。
「安心しなさい。匂いだけじゃ無いわ。ちゃんと家の古くなった木材とかも綺麗にしておいたわ」
別にそこを聞きたかったわけではないのだが…。
取り敢えずこれは言っておこう。
「お前……ヤバいな」
「知ってるわ」
俺は真顔でナナを見た。するとナナも真顔で此方を見つめ返した。
神妙な空気が流れる中、ナナのポケットから淡い光が漏れる。
「…あら」
ナナはポケットから光るものを取り出す。見た感じ、通信用の魔道具である。
「あれ、それって…レインと…」
なんか逃げてる時にやり取りしてた気がする。
ナナは対して気にする様子もなく、ばきり。と魔道具を踏み潰した。
「は⁉︎」
「例えレインでももしかしたらボロを出していバレるかもしれないわ。こういう情報漏れは、先に潰しておくべきよ」
ナナは何ともないようにさらりとそういった。
確かにそういうのは大事だろうけど…その。
なんというか……強引だな。うん。
今の段階でどう動くかによってナナと俺の命は直ぐに消える。
そういう意味では、慎重に動くべきだろう。
「……レイン、怒らないかな?」
「……………その時はアルのせいよ」
「何でだよ⁉︎」
此奴は人に罪を押し付ける気満々らしい。もういいや。一旦放棄だ。
「一旦、この家で今日は過ごしましょう」
ナナはそういって、通りかかった一つの家を指さす。最初はカビやら雑草やらが生えまくっていたが、先ほどの掃滅により、木材で作られたこの家は新品同然。ほんと便利な能力だなと思う。
中に入ると、まじで何もなかった。
「…何もないね」
「そうね。まあそれでも寝れるだけましょ」
ナナは適当に床に寝転がる。俺もその横に寝転がった。
なんか……。今日は沢山のことがあった。何よりも衝撃なのは……。お母さまに捨てられたこと。俺はもう、必要のない“人間”なのだろう。
瞼をうっすらと開けて、隣にいるナナの背中を見つめる。こんなに小さい少女に、俺は救われてしまったのだ。
唯一、大切な弟として見てくれて、助けてくれたという事実に俺は喜びを感じた。
しかし、それと同時に大きな罪悪感が俺の心を包み込んだ。
俺のせいで、ナナの人生は狂わされたも同然である。
罪人の手助けをし、ましてや王女であるリルに攻撃を放ったのだ。
ただでは済まないことは、目に見えて分かっていた。
忘れてしまいたい。あの時、何も考えずに死ねていれば……。なんて思ってしまう俺は最低なのだろう。
「…俺の、せいで」
全部責任を背負うべきは俺なのだ。でも、自分を攻めていたって何も変わらない。
俺はこの少女と共に、過ごしていたい。まだ……生きていたい。
自分の考えが矛盾してしまった。でも、死にたいという思いも、生きたいという思いも、紛れのない本心だ。
「有難う……ナナ。お前のおかげで俺は生きたいって、思えたよ」
アルは、背中を向けた少女に呟いた。
ナナを前にしては恥ずかしくて本心を言えないのがアルであった。
アルは気恥ずかしくて、ナナに背を向けた。
「そうそう、明日は滅茶苦茶歩くだろうから、今のうちに早く寝といて体力温存したほうがいいわよ?」
あり得ない声が静かな空間に溶け込んだ。
「…………」
「……………おう」
アルは辛うじて声を絞り出すと、瞼を勢いよく閉じ、頭の中で羊を数え始めるのであった。
◇
「おはよう。アル」
起きたらナナが顔前にいた。
「…おはよう」
アルはたいして気にした様子もなく、欠伸をして起き上がる。
「…」
「どうかしたのかしら?」
「いや…。何だろう。不思議な気分」
そりゃそうでしょうね、そういってナナは笑うと、
「アル。此処の窓から外の景色を覗いてみないかしら?」
ナナは立ち上がって近くにあった窓から、外の景色を見つつ手招きをする。
「なんだ?なんか面白い物でもあったか?」
「ええ。面白い光景が広がっているのよ」
重い体でのろのろとナナの方へ向かう。ナナの隣へ移動して、窓から外の景色を覗く。
「…?」
「どうかしたのかしら?」
「いや、何でもない。ちょっと寝ぼけてるみたいだ」
そういって俺は目を擦る。
もう一度目を凝らしてみるが、やはり何も変わってなかった。
「おい、ナナ…?お前が仕掛けたのかな?」
俺はナナを見る。すると彼女は首を横に振った。
「今はこんな遊びをしている場合ではないのよ。そんなことはしないわ」
だよなぁ、俺は心の中で同意した。窓から広がる景色はそう。俺たちの家を囲む魔族たちである。数はざっと……多すぎて数えられない。多分百は超えている。
しかもこの魔族、どうやら黒狼だ。
俺は仮にでも王族としていたため、魔物の知識を少しくらいなら持っている。
だが、俺は外に出ることがまずない。
王都の街すらごくごく最近に初めて見たもんだ。(2章『V』参照)
黒狼とは、殺傷能力が高い魔物として有名だ。
狼はもともと狩りの得意な獣とされている。
魔物は、人間を食らい、襲う底知れない圧倒的な力を持つ化獣とされている。簡単に言えば、獣と獣が合体した姿の一つが、黒狼と言える基本的に狼は群れで動く。それは魔物である黒狼も同様。
しかし彼等には、人間と同じく、王という存在がいるのだ。
部下である彼等は、王を守る。そして王は指示を下して動く。
そんな感じの、中々策士な獣たちである。そんな賢い魔物達は、何故か俺たちの家を包囲しているのだ。まるで獲物が出てくるのを待っているかのように…。
「え、なにこの絶望的な状況。俺たちもしかして一日目で死ぬのか?」
「面白い状況よね」
「なにが面白いんだよ!?」
やっぱりコイツの感性はズレているのかもしれない。いや、それより狼狽える俺を見て面白がっているのか?絶対そうだな。
表情に出さないナナだが、不思議と雰囲気で分かるのだ。
「というか、何でこんなところに黒狼が……」
基本的に黒狼は森で過ごすことが多い。
狩りの時に下に降りてくることはあるだろうが、
黒狼が主食とするのは他の獣などだ。しかし、何故か俺たちの場所を特定し、そして囲んで今か今かと待ち望んでいるのである。
人間を。
「もしかして…もうお母さまたちにバレたのか……?」
「それはありないから安心しなさい。ちゃんと此奴らがここにいる理由を私は知っているわ」
驚きながらもじとりとナナを睨む。知っていたなら先に教えてくれればよいものを。
「ほら、此処に来た時に悪臭がしたでしょう?」
頷く。確かに酷かった。生物が腐ったような匂い。でも確かナナが消しいてくれたはず……。
「それが…関係あるのか?」
「ええ。アレは人間の腐りきった死体の匂いよ」
人間の死体!?この村にいたもののことなのだろうか……。
「軽く街を回っている時に所々食いちぎられたような死体多くを見つけたわ。多分だろうけど、この廃村に住民でしょう」
「つまり、此奴らは人間を食べるために此処にいるってことか?」
「それだと少し違うわね。これはあくまで憶測なのだろうけど、この魔物達は森から追い出されて此処に行きついたのだと思うわ」
確かに、動物は自分たちの縄張りを広げるために戦う。
そして負けた側がその地を離れるという暗黙のルールみたいなのが獣たちの中で存在しているのだ。
「話を続けるわね、偶然人間の村に居合わせた。黒狼は、人間を食べたのでしょうね。そしてその味が忘れられなくなった」
縄張り争いをし、追い出されたならば相当体力も減っており、腹を空かせていたのであろう。確かにそれなら人間を食べたという話も辻妻があう。
「味を忘れられなくなる?」
「ええ。そうよ。人間の肉は人外や魔物にとっては極上に美味いものって、知ってたかしら?例えば人外で表すと、吸血鬼は人間の血を好む。っていうじゃない?
そういわれるほど実際に人間は美味しいのよ。でも、美味しいものは限られている。魔物とかが好むのは「魔力』よ。そりゃ、人間だって多少は魔力を持っているわ。普通の動物や魔物は魔力を持たない。だから魔物達にとって体を満たす魔力は普通の食事よりも断然旨い」
「一度魔力のある人間を食べれば、基本相手にどれくらいの魔力があるかくらいは分かるものなのよ」
だから奴らは私たちのような魔力の多い人間や人外を狙っている。とナナは窓から黒狼を観察しながらそういった。
「……どうするんだ?このまま死ににいくのか?」
何体もの魔物に囲まれたこの状況、誰がどう見ても圧倒的不利である。
「何言ってるの?死ぬわけがないじゃない。この私がいるのよ?」
ナナは鼻で笑うと、自満々に胸を張った。
そうだ。こっちには心のないナナがいるのだ。多分こんな状況でもナナなら──
「と、言いたいところなんだけど今は眠くて力が出ないのでパスよ」
今あんだけかっこつけたのに放置かよ!?
どうしよう。頭を悩ませていると、じりじりと黒狼達が近づいてくるのが見える。どうやら我慢の限界らしい。
「…」
「アル、貴方はこの四年間、散々レインに鍛えられたそうね」
「…」
「折角の腕の見せ所だと思わないかしら?」
「…」
ナナが物凄いいい笑顔で俺の肩を逃がさまいと掴んだ。
「お、おれ剣ないと無理だし……」
「じゃあこれあげるわ」
ナナが簡単に剣を生成し、俺にくれた。いらん。
「大丈夫よ。危なくなったら私がなんとかするから!」
「お前眠くて力が使えないんじゃなかったのか..?」
上手く言いくるめられる気がする。
「はぁ、仕方ないわね………」
ナナは大きくため息をつくと、此方を向く。やっとナナがやる気になったのか……?そう思った矢先、ナナは俺の首根っこを掴むと、窓から勢いよく黒狼の群れへと俺をぶん投げた。
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