表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚者を仰げ  作者: 柊 要
2章
34/57



「アル様。リル様から「起きたらすぐに此方に来い」との伝言を預かっております」


起きた直後、扉に控えていた使用人が、頭を下げると用件を伝えた。

適当な返事を返して着替え始める。お母さまが伝言をよこしてくるなんて珍しい。

もしや昨日の遊びがバレたのだろうか…。

だが、そこまで僕に執着していない母のことだ。呼び出して説教などあり得ない。

まあ、呼び出されるとしても僕だけ呼ばれることはないだろう。

多分、ナナも呼び出されるだろうし…。

何て呑気な考えは、直ぐに否定されたことを知る。


着いた先は、母がよくいる謁見の間。

広々とした空間が特徴的であり、真ん中には母が腰かける玉座がある。

謁見の間に行ったことかあるのは両手で数えられるくらい。



中に入ると、驚くべき光景が広がっていた。床に一人の男が血を流し、倒れていたのだ。


「大丈夫ですか!?」


思わず、走って駆け寄る。

この顔、知っている。

確かこの国の騎士団団長だったはず……。

揺さぶり、問いかけたりするが反応は見られない。

なんなら体からどんどん体温が抜け落ちていく。


「くそっ!」


僕にも。僕にもナナみたいな力があれば…。


「…ん?」


ふと、団長の横にナイフが転がっていた。


「…これ」


ナイフの先端には、団長のものと思われる血がべっとりと付いていた。

間違いない。このナイフは、僕がナナから貰ったものである。←

なぜ?ここに…。


頭が上手く回らず、ナイフを持って立ち上がる。ここにいちゃ、いけない気がする。突如、扉を開ける音が鳴った。


振りむく。そこには掃除をしにきたであろう使用人が立っていた。


「ぁ、ぁ」


使用人は生えたように此方を見ると、悲鳴を上げた。



「誰か!誰かっ!アル様が!騎士団長を──!」


悲鳴に駆け付け、沢山の人が集まっていく。


「何の騒ぎかしら?」


凛とした声が見の間に響き渡った。

先ほどまで五月蠅かった奴らは、一瞬で静かになった。使用人は歩く道を作ると、頭を深々と下げた。


「……あら、これはこれは」


そこには、凛然と笑みをたたえた母が立っていた。


「貴方。ついに手を出したのね」


母は、視線を僕の手にあるナイフへと持っていく。


「違う!僕は…」


言い終わる前にリルは指を鳴らした。


「ッ」


身体に重力がのし掛かり耐え切れずに両ひざをつく。


「言い訳無用。これは重罪よ?」


リルは感情の籠らない目で此方を射抜く。そしてリルは刀を出現させると、


「そうね、貴方の首で許してあげましょう」


此方に刀を向けて笑う。周りからは大きな歓声が上がった。

皆、喜んでいるのだ。俺の死に。


「……僕、何のために生きてたんやろ」


静かな呟きが漏れた。そんな小さな声は、周りの歓声に溶け込んでいった。


「貴方が死ぬだけで、多くの人が喜び、救われるのよ」


リルは婚しそうに笑った。こんな表情は一度も見たことがない。僕を殺すことで、母は幸せになれる。



もう、いいんじゃないだろうか。


このまま全部忘れて、死に体をゆだねてしまえば。



全て、楽になるんじゃないだろうか。


何て、甘い誘惑のように母の言葉は心に溶け込んでいった。


涙は出なかった。ただ、何故か喉だけは焼けるように痛くて、苦しかった。


「さようなら。次は生まれてこないでね」



彼女は笑って刀を振り下ろした。


ふわり

銀髪が視界を覆った。

それはまるで舞い降りた天使のようで、周りの人間たちは息をのんだ。


「それは此方の台詞よ。化け物さん」


彼女は刀を受け止め、消滅させる。


「…ナナ、貴方」


「おはようございますお母さま。そしてさようなら」


ナナは大量の剣を浮遊させ、リルに仕向けると、ドレスの端を持ってお辞儀した。


「…」


悲鳴を上げて逃げ纏う使用人を無視し、リルは手をかざした。バチバチ、と電気が弾けるような音が鳴る。


黄金の魔力を振りまき、激怒する彼女が立っていた。無限に生成される消滅の剣は、黄金の魔力によって掻き消されていく。しかし、効いてはいないものの、足止めには成功したようで、逃げ纏う使用人達に紛れ、ナナは僕を抱えて走り出す。


「…持って三十秒かしら」


ナナは懐から通信用の魔道具を取り出し、呼びかける。


「レイン!聞こえているわね!」


『ええ、聞こえるけど…。こんな朝早くからどうしたのかしら?』


「何処でもいい、何処でもいいから私とアルを王都から遠い国へと飛ばして頂戴」


「え、ええ?まあ、いいけど」


後で説明しなさいよ、そう一言だけ言ってレインは通機を切った。

数秒すると、僕たちの下に魔法陣が展開されて、体が浮遊感に包まれたのだった。






転移された先は見たこともない場所だった。


「危なかったわ……」


ナナはふう、と息をつく。

そして軽く深呼吸をすると、心配そうに僕に手を伸ばした。


「アル、その……」


ばんっ!

乾いた音が鳴った。



見上げると、驚いたように瞳を見開くナナがいた。


「触んな…」


自分でも驚くような低い声が出た。


「アル……」


「五月蠅い!」

「僕は…・俺は捨てられたのに!お前は良いよな!ずっとお気に入りだったからよ!どうせお前だって、守ってるフリして何もできずに苦しむ俺を見て、笑ってたんだろ!?何で俺を助けた!何で俺をあのまま死なせてくれなかった!!」

心の奥底で縛り付けていた感情が、一気に流れ出す。ずっと、ずっと分かっていた。


何もできず、何にもなれない俺に価値なんてものはなくて。何かに憧れても、それをつかみ取るのはいつだってお前だ。俺に笑いかけるその笑顔が…まるで嘘みたいで。


その見透かしたような目が、大嫌いで。


結局誰も、俺を見てくれはしない。



それならいっそのこと──

お前だって死んでしまえば良かったのに……

気づけば、俺はずっと握りしめていたナイフを、驚愕で表情を固めたナナに、振りかぶっていた。





俺の手を、赤黒い液体が染め上げていく。

初めて、彼女が血を流すところを見たかもしれない。


「ぁ、あ…」


違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。


「ごめん、なさい…。ごめん、なさい…」


憎いはずなのに、憎めないくらい大切で。こんな自分が嫌で、傷つけてしまったナナが怖くて。人形のように、同じ謝罪を繰り返すだけ。


「……気は、済んだかしら」


ナナは顔を歪めると、いつもとは違う、柔らかい笑みでそう言った。

そんなナナを見て、頭を上下させることしか出来ない。ナナはナイフを引き抜くと、傷には目もくれず、俺を抱きしめた。


「ごめんなさい…。私、貴方のこと何も分かってあげられていなかったわね」


ナナは自嘲するように乾いた笑いを漏らすと、抱きしめる力を強くした。


「私にとって、貴方は本当に大切な弟なの……」


「あの子たちとは違う、ずっと心の支えになってくれていた…」


「強くなって…。貴方を守りたかった」


「でも…逆に貴方を苦しませてしまっていたのね」


ナナはそっと俺から離れると、両手で優しく俺の頬を包み込んだ。


「私がどうなろうと構わない。ただ、自分が死んでもいなんて何があっても言わないで」


「…」


知っていた。ナナの持つ力は才能だけじゃなく、努力の証ということは。

ずっと皆が寝静まったころに一人自主練していた事だって。


でも、それは母に褒められたくて、皆に持ち上げてほしくてやっているんだって、思ってたのに..。


止めたくても止まらない涙が、感情と共に溢れてきて俺の頬を伝う。


嗚咽が止まらず、情けなく声を漏らす。


「ごめ、ん」


そう言えば、ナナは悲しそうに笑った。


「もう、死なないでね。死のうとしたら、私が全力で守るわ」


「っおう」


止まらない涙を拭って、精一杯の笑顔を見せてやった。


「………ごめん、ナナ」


俺が落ち着いたころ、ナナと顔を合わせた瞬間、俺は再び絶望に突き落とされたような気分になった。


ナナの左目からは、だらだらと血が流れているのである。


そう、俺はナナを刺してしまったのである。


半泣きで必死に伝えると、ナナは仕方ない、というように笑った。

その後、血は止まったのだが目は見えないという。ナナが渡してくれたナイフは、師匠に教わった魔法を使い生成したものらしく、

自分では治すことが出来ないらしい。

ナナは気にしていない様子だが、本当に申し訳ない。

ナナの斜め後ろで縮こまていると、彼女は溜息をつき、此方を向いた。


「全く、いいって言ったんだからいいのよ」


「..でも」


「でもじゃない!私が許すって言ったのよ!」


ナナが圧を掛けるように目を合わせてきた。


「じゃ、じゃあせめて、罪滅ぼしを……」


何もしないなんて無理だ。


「…罪滅ぼし?」


ナナは素っ頓狂な声をあげると、考え始める。


「そうねぇ、じゃ、自分を責めないで頂戴」


「え?」


「私からのお願いは以上よ?」


「いや…あの?」


「何?なんか文句でもあるのかしら?」


「すみません。ありません」


ナナの圧には勝てなかった。

「…」

自分を責めない……。


胸の奥が温かくなった気がした。


「…ありがとう」


「ええ」


ナナが差し出してきた手を握る。


「ナナ……俺についてきて、後悔はないのか?」


「勿論よ。そうじゃないと来てないわ」


ナナが可笑しい、とでも言うように笑った。自然なナナの笑顔を見て、つられて俺も笑う。


「死ぬまで一緒にいましょう」


「色々な意味で重い」


ナナの手からは、優しい温もりが伝わってきて、自分は生きているんだと実感する。俺に幸せをくれてありがとう。なんて呟けば、

ナナは飛び切りの笑顔で、こんなんが幸せだって言えないくらい幸せにしてみせるわ。と言って笑ってくれた。

そんな優しさが、心に染みわたって嬉しかった。




そして、俺たちの逃走劇は幕を開けるのであった。





面白いと思った方はブックマーク、評価宜しくお願いします。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ