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愚者を仰げ  作者: 柊 要
2章
30/57



彼女は呆然と消えた手を見る。数秒もたたないうちに、彼女は苦悶の表情を浮かべ、激痛を吐き出すように叫び始める。


二人は、呻く姉に駆け寄る。が、それしか出来ず、少女を襲った犯人を睨むことはなかった。

こつ、こつ、足音が悲鳴に掻き消される。何もされていない僕ですら、悪寒が走り、肩を震わせた。

膨大な魔力が吹く。

それはまるで彼女の怒りを表しているかのようだった。

美しく、そしてどこか感情の乗っていない瞳が此方をとらえる。

女神、とも歌われる彼女は、何時もの笑顔だった。が、目は笑っていなかった。


「何をしていたの?」


静かな声が、響いた。

その言葉は、三人組に向けられた言葉であった。すると、三人は怯えたように顔を青くした。


「ごめんなさいっ!ごめんなさい!」


しびれを切らしたかのように涙を流しながら末っ子のルアが謝った。

ざまぁみろ、と心の中で舌を出す。

でも、誰かに守られないと煽ることすらできない自分が嫌だった。

ナナは必死に謝るルアを無視してフォルと鈍痛に魘されるライを見据える。


「…」


ナナが無言で指を鳴らすと、消えていた腕が、綺麗に元通りになっていた。


「ごめんなさい。無意識のうちに能力を発動させちゃってたみたい」


「消滅の範囲は私が決められるから、何かの手違いで腕が本当に消滅しなくてよかったわね」


彼女は笑って心の籠っていない謝罪を述べる。

ライは、黙って高速で首を振るだけの人形と化していた。


「それじゃあ、行きましょう」


ナナが手を握った。

すると殴られた跡や、痛みなどが麗さっぱりに消え去った。

ナナは、妹たちに振り返ると、


「それでは、また昼食で」


とだけ伝えて歩き出した。






「アル、貴方本当に大丈夫なの?」


「うん。ナナが治してくれたから全然元気だよ!」


「そういう事じゃないのよ…」


呆れたように息を吐いて、此方を心配そうにのぞき込む。


「貴方もやり返しなさいよ…。私がいなくなったらどうするの?」


やり返せと言われても…。無理なものは無理なのだ。

王族として生まれても、周りとは違う人間と同然なのだから…。


「はぁ…」


深い溜息を吐く。溜息を吐くと同時に幸せも抜けた気がする。


「ま、元気出しなさい」


「今日は鬼ごっこをするのでしょう?」


「うん」


「鬼はランダムにしましょうか」


すると、ナナは懐からコインを取りだす。


「表か裏、どっちがいい?」


「じゃあ、裏で」


ナナは指にコインを乗せると、軽く弾いた。


コインが宙を舞う。


「ルールは分かっているわね?」


もちろん。ルールはいたってシンプル。コインが出た瞬間に、鬼ごっこが始まるっていう簡単なルールだ。

ナナはコインをキャッチすると、コインを乗せた手のひらを向けた。


表だ!

ナナの手が瞬時に伸びてくる。

ギリギリのところをバックステップで躱し、木の上に飛び乗る。

範囲は鬼がナナの場合王国内。動き放題だろう?

木に飛び移りながら口角をあげる。


「なんだかんだ逃げが一番楽しいし…」


「あらそう。じゃあ私はハズレを引いたということかしら?」


まさかのすぐそこにいた。

可笑しい。滅茶建物とかに飛び乗ったり隠れたりして姿を隠していたはずなのに…!

そして現在、一番隠れやすい森の中にいた。


「ちょ!開始してまだ十秒も経ってない!」


「甘えたこと言ってんじゃないわよ?←もしかしたら今回は最高記録の四十秒を超えられるかもね?」


「馬鹿にしてるだろ!」


「そんなことはないわ」


くそ、このままじゃすぐに捕まる。普段は、能力持ちと人間の差は激しいので、ハンデとして人間と同じような力にコントロールして遊んでくれるのだが、

ナナの気分で能力を使うかどうかは変わってくる。

今回はまだ使っていないので、きっとルールを重視して考えてくれたのだろう。

ナナの優しさが心に染みる…。←

が、ハンデを貰っている以上、今度こそは勝たせてもらう。


勝利条件は、十分間逃げ切ること。普通の鬼ごっこだったら楽勝だっただろうがこの女、怖いことにどこにでもついてくるのだ。

例えば現在のように木に飛び乗っても滅茶苦茶軽々しく追いかけてくるし、脚力が半端ない。僕でさえもギリギリというのに...。

たとえまったく知らない人の家に侵入して隠れたとして、一秒で見つかる自言がある。

ポケットに隠し持っていたナイフを取り出す。このナイフは、五歳の誕生日プレゼントにとナナから貰ったものだ。

不思議なことにこのナイフ、物凄く伸びるのだ。

しかも頑丈で、鉄でできた机さえも切れてしまう代物だ。

普段はコンパクトに仕舞うことが出来るので、何かあった用にと、ポケットに入れている。

ナナの死角でナイフを軽く周りにあった木の根元にあてながら、逃げ回る。



「さて、そろそろ終わりにしましょうかっ⁉︎」


捕まるまであと一歩、というところでもナナが何かに気づいたかのようにその場から飛ぶ。

ずしん、と大きな音を立てて次々と長々とで伸びた大樹が崩れ、重なって壁を作っていく。


「…あら」


「これは実に面倒ね。やるじゃない」


ナナが珍しく賞賛の声を上げた。


「だろっ!因みに上手く切り落としたから早く僕を捕まえたいならナナは木を登るしかないってこと‼︎」


「それじゃあ、頑張ってね!」


ナナが立ち尽くしている間、全力で走りだす。

回り込んで此方に来れるようにしないため、ナナの周りを木の円で囲んだような状態になっている。

だが、身体能力バケモンのナナのことだ。

五分もあれば抜け出せることだろう。しかし、その五分が命取り!我ながらいい案を考えたと思う。

喜ぶのはまだ早い。初勝利を取るためには、何事も気を抜かないのが大切だ。

どうなっているだろう?少し気になって後ろを向くと、何の変哲もなかった木に丁度ナナくらいの身長の人が通れるような穴が突如、ぽっかりと出来た。


「は⁉︎能力は無しだって!」


全力で叫ぶ。


「淑女として、木に登るような真似は出来ないのだから。能力を使うしかないじゃない。これは貴方の責任でもあるのよ?」


片手に魔力を纏わせて笑う。ナナなら絶対に出ることは出来たはず。もしかして此奴!これを口実に能力を使うつもりか⁉︎


能力を使われたら勝ち目なんてものはない。さっき此奴の優しさに感動した僕が馬鹿だった。


兎に角駄々をこねまくろう。


「ずるいって!卑怯だって!」


「はいはい」


何を言っても軽く受け流される。だめだ。全然聞く気がない。

どんだけ勝たせたくないんだよ⁉︎


「ほら、必死に逃げなさい。すぐに捕まえちゃうわよ」


面白がるように、彼女は口角をあげた。

緊迫した空気に切り替わる。

僕は知っている。これはナナが本気で来るという合図だ。

極たまにだが、彼女は本気を出して僕を追いかけ、どれくらい逃げれるかを試している。

そんなナナに恐怖を覚えるが、それよりも遊びじゃないスリル感を味わえるのが最高に楽しいから、鬼ごっこは好きだ。

かくれんぼとはまた違う楽しさを味わうことが出来る。鼓動が速くなるのが分かった。


先ほどとは比にならないくらいの速さで走る。そう、いわば全力疾走だ。

筋肉が過度な運動に悲鳴を上げた。でも、これくらいで逃げないと、"奴”は来る。

後ろから猛大な殺気を感じ、咄嗟に横に転がる。地面が勢い良く割れた。


「まじで容赦なく殺しにかかってんじゃん…」


汗が頬を伝った。

遠く離れた木に身を隠し、息を整えていると、再びナナの姿が消え、気づけば地面に平伏(ひれふ)していた。


「…………負けた」


「貰ったわ」


ナナはずぶり、と僕の顔すれすれに刺さっていた剣をも地面から引き抜くと嬉しそうに笑った。


「これで記念すべき999敗よ。誇っていいと思うわ」


「誇りたくねーよ‼︎‼︎」


若干ドヤ顔を含めてきたナナに、結麗なツッコミをかます。


「あら、五分丁度ぴったりよ。よかったじゃない」


え、能力使ったナナに五分も持ったのかよ⁉︎


明日絶対筋肉痛で死ぬな。


「次は負けないからな…」


「安心しなさい。ちゃんと 1000敗目を飾ってあげるわ」


もう此奴に宣戦布告する意味とは何なのだろう。


「安心していいよ。僕が次からはナナに負けることはないし」


一旦威勢でも見せておこう。僕だってやればできる。


「大丈夫よ、貴女ごときの雑魚には負けないわ」


にっこり、という効果音が似合う表情ではっきりと言われた。

かちん、頭に来た。


「ナナ!もう一戦!次は勝つから!」


「あら、ご飯はどうするの?」


「いらない!ご飯よりも重大かつ重要なんだよ!」


「…分かったわ」


遊びに付き合ってあげる、というように手を軽く上下させた。


「可愛い弟の頼みだもの。仕方なく付き合ってあげるとしましょう」


なんだかんだそういっているものの、本人は結構楽しそうな表情をしていた。


「ナナって正直じゃないよね」


「それはお互い様じゃないかしら?」


今度こそは絶対勝つ!

手にナイフを持ち、俺は全力で走りだすのであった。





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