Ⅰ 「アル視点」
ある日、鐘の祝福の音と共に、少年は生まれた。
彼は無邪気な笑顔が特徴的で、周りからは多くの好感を寄せられていた。
彼の名はアル・キロファレンゼス。
黒の国の第一王子として生を受けたのだった。
「あなたはお父さんとそっくりね」
これが母の口癖だった。
父は僕が生まれる前に亡くなってしまったらしい。
母は僕を物凄く可愛がってくれた。それがうれしくて、ずっと母に甘えっきりだったのを覚えている。
でもそれも、三歳のころの話。
「ふぅ」
無駄に高い椅子から飛んで降り、閉ざされた部屋から出る。部屋には沢山の本が散らかったまま。片付ける使用人はいない。
廊下を歩いていると、使用人の一人とぶつかった。使用人は吃驚したように此方を見てから、安心したように息をつくと、軽くお辞儀をし、去っていった。
ネクタイは黄色。使用人の中でも最低地の者だった。
着いた先には見慣れた豪奢な扉があった。
「…」
力を込めて扉を開けた。
楽しげに談笑していた一同は、一瞬此方を向いた後、また話し始める。
真ん中に大きく立つ金色の目立つ煌びやかな王座に母である王女、リルが座っており、その斜め右に第二王女のライ。
ライの対面に第三王女のフォル。
フォルの隣に第四王女のルアが座っていた。
他にも沢山の椅子があったが、そこは僕の席ではない。
何時もの定位置に食事が置いてあったので、正座して合図を待つ。
そう、僕の食事場所は床だ。
そんな僕を尻目に、彼女たちは静かに笑いを零す。
何時ものことなので、対して気にしてはいなかった。
こうやって笑うだけで、実際に手を出したりはしてこないから。
不意に、扉が開く。どうやら最後の人物が来たようだった。
「あら、珍しく遅かったじゃない。ナナ」
母が声を掛けると、彼女は花が咲いたような笑みを零す。
「申し訳ございません。いつもよりもベッドの寝心地が良くつい……」
透き通った声が耳を通り抜ける。相も変わらず、聞いていて落ち着く音だ。
彼女の名はナナ・キロファレンゼス。この国の第一王女だ。愛嬌のある笑みと、母譲りの圧倒的な美貌。
天使から授かったかのような美しい銀髪が特徴だ。
彼女は評判がよく、使用人から絶大な頼を得ている。
「そう。使用人を憂めるべきね」
リルは笑うと、彼女を席へと促した。ナナが席に座ると、リルが声を掛ける。
「さて、いただきましょう」
「「「「いただきます」」」」
王族としては珍しく、母の合図が出てから、そろえて言うのがうちのマナー。
しかも、食事の時は、安らぎの時間とされているので仕家族団らんという感じで喋りながら食事をするのだ。
聞いた話によると、今は亡き父が、堅苦しいのを嫌ったらしい。
「いただきます…」
静かに呟いて床に置かれた皿と向き合う。手のひら一個分のパンが二つと質素なスープ。
使用人の余り物が基本は僕のもとへと回ってくる。パンをちぎって口に放り込む。
いつもよりは甘い感じがした。砂糖を使っているのだろう。
周りが食べ始め、喋り始めたのをナナは見かねると、何時ものように椅子から降り、料理を片手に此方へやってきた。
「あら、今日もこれだけなのね」
ナナは苦笑すると、自分の皿を床に置き、ナイフとフォークを綺麗に使いわけ、ローストビーフを分けてくれた。
「悪いよ…。ナナの分なんだから……」
「いいのよ、貴方が体を壊すじゃない。栄養は満遍なく取りなさい」
やんわりと否定した言葉を交わされる。相変わらずの笑顔だが、絶対に食べろという圧があった。
「じゃ、じゃあ頂くね…」
「えぇ」
唾を飲み込み、頂こうとすると、
「ナナ。席から立つのは百歩譲りましょう。ただ、自分の料理を相手に分けるのは
マナーがなっていないようね。ましてや王族であろう貴方が床に座るなんて」
怒りの静止が飛んできた。
「..何をおっしゃっているのですか?お母さま」
ナナはとぼけたように軽く首を傾げて笑う。
「話を聞いていたのかしら?」
母は怒りを静かに露にして、微笑む。
彼女は余程のことがない限り、感情を表に出して怒ることはない。ただし、僕のことが絡むとなると別だ。
嫌っているのかは分からないけど、自分からは僕に関わろうとはしない。
「ですから、王族であるアルを床に座らせ食事をさせている時点で、マナーも糞もありませんわ」
ナナは王族が絶対目上の人に対して言わないであろう言葉を使い、笑った。
当の本人は、何も言い返せないのか、声を詰まらせた。
この成り行きを見守っていた三人の妹は、憎悪の瞳で僕を睨んだ。
何も言い返さないと見たのか、ナナはまた此方に振り向くと
「さ、早く食べなさい。これが終わったら遊びましょう」
と魅力的な提案をしてきた。
「っうん!」
ローストビーフを口に含む。柔らかい肉が、口の中で蕩けた。
美味しい、という感情と共に、自分が惨めに思えて悲しかった。
もし、ナナがいなかったら、どうなっていたのだろう。
今の環境に感謝し、用意された食事を口いっぱいに突っ込んだ。
◇
食べ終えた後、ナナと廊下で別れ、部屋へと急いで向かう。
今日は鬼ごっこをすることになったので、仕部屋着に着替えることになったのだ。
最近、ナナとは予定が合わずあまり遊べていなかったのだ。心を躍らせながら服を着替え、部屋を出ると、三人の妹が立っていた。
「おい」
萌黄色の髪が特徴的な三女、フォルが威圧するように声を発した。先ほどの気持ちは吹き飛び、心の中が恐怖で覆われた。
「え…ぁ」
上手く声を発すことが出来ず、足ががくがくと震ええるだけ。彼女たちが話しかけてきたことは片手で数えられるレベルだ。ただ、彼女と達が自分に向ける視線は決して気持ちの良いでモノではないことは分かっていた。
「あのさぁ、お前何様なの⁇」
嘲笑うように吐き捨てたのは翠色の髪を持つ次女だ。彼女たちが何故此方を攻めているのか、それが分からなかった。
「なんでお前ごときがお姉さまと喋ってんのか聞いてんの!」
胸倉を掴まれる。桜色の少女は鼻で笑うと、
「お前ごときが関わっちゃいけない方なんだよ」
「私だって、私達でさえあんなに仲良さげに喋ることはないのに…」
嫉妬と羨望がごちゃ混ぜになったような瞳で此方を睨んだ。
「何の才能もないくせに!私達より弱いくせに!失敗作のくせに‼︎」
フォルは綺麗な顔を歪ませて、何度も僕を蹴った。悪口は言われても、実際に叩かれたりしたことはあまり無かったので、痛みに顔を歪ませた。
そう。アル・キロファレンゼスは所詮、失敗作だった。
三歳になると、『能力検査」が行われる。「能力検査』とは、その名の通り、そのものに秘められた力を調査するものである。
王族は代々、能力を持ったものが生まれてくる。
能力とは、普通の人間が持つスキルとは違い、強力な力である。
強力な力故、代償がつきものなのだが……。
そんな王族の第一王子として生まれたアルは、能力を持たなかったのだ。それから、優しかった周りの態度は一変。
アルはなかったものとして扱われ、能力を授かった姉妹は、母からの寵愛を強く受けた。
特に注目されたのはナナだ。普通。能力というものは十歳を超えてから開花するものだ。
しかし、彼女は四歳のころからすでにた能力を扱えるようになっていたのだ。
例外の才能に周りは大きく喜んだ。
彼女は七歳。僕は六歳。離れている年はたった一年なのに、そこには大きな差があった。そんな彼女に、妹たちは大きく憧れていた。それと同時に、凡人である僕を妬んでいたのだ。
殴られた衝撃で口の中が切れ、血が垂れた。どれだけ傷つこうが周りは何も気にしない。それが当たり前なのだ。
「死ねっ!死ねっ!死ねっ!」
三人の怒りは収まることなく、
唯唯、罵倒と暴力を受ける。やり返すことは出来ない。
殴った時点で家から追い出されるのは見えていた。
「ねえ!これとかどう?」
末っ子のルアが切れ味の悪そうな錆びた剣を持ってきた。ここからは倉庫が近い。
兵士が使わなくなった剣が置かれていたのだろう。
絶対痛いんだろうなぁ。
心の中で他人事のように呟く。でも痛いのは嫌だ。
必死に暴れる。こんなことになるくらいたなら逃げてどこかに隠れればいい。
だが、そんな抵抗は無意味だった。
「【捕縛】」
一人が魔力を込め、詠唱をする。すると、体に魔力の糸が巻き付き、動かなくなった。
「そんじゃ、右手いただきま~す♪」
切れ味の悪そうな剣が勢いよく振り下ろされる。
悲鳴を堪えて目を強く瞑った。
しかし、いくら待っても痛みは来なかった。
「…え」
困惑したような少女の声が漏れる。恐る恐る目を開けると、剣ごと、彼女の腕が消えていた。
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