Ⅹ 「ルナ視点」
その人は、とても綺麗だった。
輝くような金髪に、目を離せないどこか魅力を秘めた瞳。
「綺麗」だけでは表せないほどに美しかった。
ほぅ、と思わず見とれてしまう。
姉も同じだったのか、この人に釘付けになっていた。
その人は、人当たりの良さそうな笑みを浮かべながら此方に近づいてくる。
「…あ、あの!」
思い切って声を掛ける。服的に王都の貴族だろうか?
何故こんな場所にいるのだろう。沢山の疑問が頭の中を駆け巡る。
私の問い掛けが聞こえていないのか、
そのまま私の横を通り過ぎると、母の墓の前に立った。
そして、沿えてあった花を踏み潰した。
くしゃ、と軽い音がして花弁が無残に散る。
一体何が起きたか理解するのに分からなかった。
お母さんの墓にそえられた花が、踏み潰された…?
腹の底から沸々と怒りがわいてきた。
「何してんだよ!」
自分でも驚くような大きな声が出た。
すると彼女は此方を向くと、微笑んだ。一瞬。背中に冷や汗が伝った。
「あら、ごめんなさい。気づかなかったわ」
驚くほどの美声。彼女の一つ一つの言動が、まるで人形のようだった。
気づいていないわけがなかった。意図的に踏んだに違いない。
墓を一瞥すると、一言。
「あら、汚い墓。泥でも掛けてあげようかしら」
目を細めて嘲笑うように此方を見た。私の中で何かが切れるような音がした。
叫びながら彼女に殴りかかる。
しかし、呆気なく躱されてバランスを崩し地面に倒れこむ。
所々擦りむいたが、そんなのはすぐに消えた。
立ち上がった時に、元々いた場所から動いていない姉が視界に写る。
何でそこに突っ立っているのだろう。母を侮辱されて姉は何も感じなかったのか?←本当に母を愛していたのか?
怒りに身を任せているせいか、醜い思考で頭は埋め尽くされていた。
だが、ふと気づく。
違う。姉は此方を向いていない。目を凝らせばわかる。視点があっていなかった。
ただ、呆然と“それ”眺めていた。
焦げたような匂いが、鼻をくすぐる。
熱風が、私の身を包む。たしか、すぐそこに私たちの家があった気がする。
汗が滑り落ちる。
振り返ると、炎が音を立てて燃え上がっていた。
燃えているのは私たちの家。みしみしと音を立てていた。
崩壊するのに長くは掛からないだろう。
もう言葉が出なかった。
「…なんで?」
「なんでこんな酷いことするの?」
誰に向けて言ったのか分からなかった。
目の前の女は、自分に向けられた言葉だと受けとったのか悲しそうに笑うと、
私の頭に手を置いた。
「大丈夫よ。私は貴方たちを迎えに来ただけ」
優しい声色で、敵意はないと言うように頭を無でる。そんなわけがない。
じゃあ何故花を踏みつけたのだろう。母を侮辱したのだろう。
「家が…」
燃え上がる炎を見つめるだけだった。思い出の詰まった、大切な場所なのに。
お兄ちゃんは?お姉ちゃんは無事だろうか?
涙が出てきた。
「貴方たちが住むべきなのは此処じゃない」
それはきっと私だけでなく姉にも向けられた言葉なのだろう。
表情は笑顔。笑顔のはずなのに、瞳の奥は笑っていない気がした。
何だろう。すごく怖い。
今、この向き合っているものは本当に人間なのだろうか?
どっと汗が噴き出る。体が小刻みに震え始める。足が動かない。
見つめれば見つめるほど恐ろしい。
美しく象られたこの人の中に、何かが潜んでいる気がした。
まるで、まるで
「______化け物」
突如、腹部に鈍痛が走る。
「ぇ」
次いで、内臓がぶちまけられる。立っていられなくて倒れる。
喋れない。呼吸ができない。痛い。痛い。痛い。
口からも血がだばだばと出てくる。
気持ち悪い。なんだ、これ。
姉が悲鳴を上げて此方に掛けよってくる。女は、此方を冷たい目で見降ろしていた。笑顔などない。氷の表情。
傷は治らなかった。魔力を練る暇すらないのだろう。このまま死ぬなんて嫌だ。
もっとみんなと一緒に居たい。
乾いた笑みが漏れる。こんなの、死ぬって言ってるようなもんじゃん。
母は言った。
「死にたい。なんて死にそうでも思っちゃ駄目ですよ?辛いだけですから。ちゃんと生きる希望を持たないと!」
死にそうになると、生きたいって思うと同時に、死んじゃうって分かっちゃうよね。姉が泣きながら腹部を止血しようと必死になっている。
普段表情をあまり変えない姉にしては新鮮な光景だった。
「ごめんね」
掠れる声でそう言った。
死にたくないしもっと生きたい。生に最後までしがみついていたい。
まだまだ見たことないところに行ってみたかった。
でも、「死んでいいかも」と思っている自分がいた。
母に会いたい。もう一度、温もりが欲しい。自嘲的な笑いを零す。
最後まで最低なんだな。
ごめんなさい。そしてありがとう。
お礼を最後に、私は意識を手放した。
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