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7 割り込む彼女

 学園に入学して3週間ほどが過ぎた。


 本日の婚約者同士のお茶会はお互いの家ではなく、珍しく外出する予定でいた。私から外出に誘ったのだが、ジョエル様の希望で令嬢たちの間で評判になっている流行りのカフェへ行く事となった。


「貴族街へ出掛けるのなら、どうしてもあのお店の焼き菓子を土産に買ってこいって母上が言うんだよ。だからもうお茶をするのもあのお店でいいかなって思って。予約はすでに取ってあるんだ」


 迎えにきてくれた馬車の中で、ジョエル様が今日の予定が決まっている事を告げる。


 新入生歓迎会で着るドレスをジョエル様と合わせたくて、今日はドレス選びの為に出掛けるのだと前もって手紙で伝えていたのだが、いつの間にか彼の中で予定が変わっていたらしい。


 ジョエル様の話しているカフェは友人と一緒に何度か行った事があるが、いつも混んでいるので事前に予約を取っていても待たないと入れないお店だ。最初からカフェに行きたいと教えてくれれば侍女を連れて行き、彼女が私たちの代わりに待っている間にドレスショップへ出掛ける事も出来たのだが、ジョエル様が小さめの馬車で来たので護衛しか連れて来れず侍女はいないので、今日はカフェだけで終わってしまいそうだ。


「お義母さま、喜んで下さるといいですわね」


「うん、フィナンシェかマドレーヌが食べたいって言っていたから、売っているといいなあ」


「あのお店はタルトの評判もいいみたいですよ」


「タルトは僕も好きだから楽しみだな。そういえば昨日は使用人とボードゲームをした時にさ……」


 ジョエル様との話題は彼の好きなゲームに関係する事が多い。私は楽しそうに話す彼の話に相槌を打ったり、黙って聞いていたりする。


 ゲームに興味を持てなかった私は、自分から彼にゲームの話題を振るような事は無いが、ジョエル様は自分が中心になって会話を進める事の方がお好きなので、私はゲームの事はあまり知らない方が良いらしい。以前新しいゲームをジョエル様にプレゼントした時に、彼より先にルールを覚えてしまった上にゲームに勝ってしまったら、彼が急に無口になってしまい焦った事があった。


 私はゲームの勝敗にはこだわらないのだから、彼に花を持たせた方がいい。そう思って私はあまりゲームに詳しくならないようにしている。


 ジョエル様との関係を良好に保つにはこれがいいのだと、私は彼を中心に考えるようになっていき、それが当たり前になっていた。




 ◆◆◆




「ここってこんなに混んでいるの!?」


 目的のカフェに着いたら休日という事もあって来店者が多く、店の前まで人が並んでいた。


「人気のお店ですから仕方ありませんわ」


「こんなに混んでるって知ってたら行かなかったのに。イエンナもどうして教えてくれなかったの」


「……え?」


「だってキミはこの店が人気があるって知っていただろう」


「まあ、そうですけれど……」


(私がこのお店に行く事を知ったのは先ほどですし、その時には既にジョエル様が予約を取られてしまわれたので、行くしかなかったのでは?)


「あーあ、時間がもったいないなあ」


 さすがにこれはないのではないかと思った時に、隣で並んで順番待ちをしていたジョエル様に突然誰かがぶつかってきたのと同時に知らない女の子の声が聞こえてきた。


「きゃあ!」


「えっ、何っ?」


 ジョエル様も慌てたように声を上げる。


 私は驚きながらもぶつかってきた相手を見たら、ぶつかってきたのは見知らぬ女の子だった。


 彼女は後ろからジョエル様に抱きつくような格好をしていた。


 彼女からキツめの甘い香りがしてきて、思わず私は眉をひそめる。


(何この強くて甘い香りは?)


「ごめんなさーい。あっ、ジョエル様ではありませんかっ!すみませんっ、ちょっと向こうで変な人に絡まれてしまって必死になって逃げて来たんです」


 女の子はジョエル様の知り合いのようだった。


「ミオット嬢じゃないか。震えているね、大丈夫かい?」


 女の子と密着したせいか、ジョエル様は私が見た事もないくらい顔を真っ赤にしていた。


「もう本当に怖くて怖くて、でもここでジョエル様とお会いできて良かったです!」


 そう言いながら女の子はジョエル様の腕に身を寄せるようにしがみつく。


 小さい頃に参加したお茶会で、ジョエル様に声を掛ける女の子は多かったけれど、身を呈して突撃してきた令嬢は初めてだったので、驚きのあまり一瞬思考が止まってしまい、私は二人のやり取りを端で見ているだけだった。


 一応は追い掛けられたという話を信じてみて、彼女がやって来た方向を見たが、追い掛けてくるような人物はいなかった。少し遠目には巡回中の騎士が歩いているのが見えるので、何かあったとしても騎士が動いていただろう。


「お次のお客様、お席のご用意が整いました」


 タイミングが良かったのか悪かったのか、店のドアが開いて店員が私たちの順番がきたことを知らせてきた。


「お願いですっ!どうかわたしを匿ってくれませんかっ?」


 そう言って女の子は私に向かって深々と頭を下げてきた。これは私からは断りにくい状況だ。小さい頃のようにジョエル様が彼女に断りを入れてくれる事を願って私はジョエル様を見た。


「イエンナ、僕からもお願いするよ。キミには後で埋め合わせをするから今日だけは彼女も混ぜてくれないか?」


 何とジョエル様は眉を下げながら私にお願いのポーズを取ってきた。


「ええ、私は構いませんわ……」


 顔に笑顔を貼りつけながら、私は自分のセリフが棒読みになることは止められなかった。


 3人でカフェの個室に入って聞いた話では、彼女の名前はカトリーナ・ミオットといい、ミオット男爵家の令嬢だった。ジョエル様とはクラスメイトで、学校で話をした事があるらしい。


 4人掛けのテーブルでは何故かミオット嬢がジョエル様の隣へ座り、彼の肩を軽く叩いて触れたり、手を握ってきたりと、やたらボディタッチをしてくるのが目についた。


 そして一番気になったのが彼女がつけている香水の匂いだった。個室を予約したので狭い部屋は彼女の香水の匂いであふれ、私はお茶やスイーツを楽しむ事ができずに気分が悪くなりかけていた。


 ジョエル様はポーっとした表情を浮かべながら、ミオット嬢をチラチラと盗み見をしていて、いつものゲームトークは全くなかった。


 最悪の時間を過ごしたカフェを出てからもミオット嬢はまた誰かに絡まれたらどうしよう、怖いと言っていたので、ジョエル様が彼女を送ると言ってきかくなってしまった。馬車はジョエル様の家の物だし、私はこれ以上彼女と密室にいる事が耐えられなかったので、ひとりで辻馬車を拾って帰る事になってしまった。


 香水の匂いから解放されて頭が回るようになったお陰か、彼らと別れた後にジョエル様がお土産を買い忘れている事に気付いた。ジョエル様の性格は義母様似であの方も面倒なところがあるのだが、気を利かして焼き菓子を買って届けるような気持ちにはもうなれなかった。


 息子の婚約者は気が利かないと思われそうだが、疲れてしまった私はどうでもいいように思えてしまった。

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