5 気まずい理由
15歳になった私とジョエル様は貴族学園へ一緒に入学することになった。
同じクラスになりたいとジョエル様は言っていたのだが、貴族学園のクラス分けは入学前に行われる試験での成績順によって決まる。その結果私はAクラス、彼はBクラスとなりクラスが別になる事が入学直前に届いた学園からの手紙で分かった。
ジョエル様は次の学年では私と同じクラスになると意気込んでいた。
私にも一応は貴族令嬢としてのプライドがあるので、来年度もAクラスを目指したいところだが、ジョエル様の勉強の進み具合によってはBクラスを目指すべきかを悩み始めていた。
◆◆◆
学園ではクラス委員を令息と令嬢から1名ずつ選出することになっている。委員の選出方法はそのクラスの令息と令嬢のそれぞれ成績1位の生徒から選ばれる。
委員に選ばれた令息と令嬢で成績の高い方がクラス委員長、もうひとりが副委員長となる。
私は何とAクラスの副委員長に選ばれてしまった。Aクラスのクラス委員長は侯爵家の令息で、主席の彼が入学式での新入生代表の挨拶をしていた。
入学試験での成績の高い生徒からAクラスBクラスと順番に分けられていくので、Aクラスの委員長は学年の主席の生徒が任される事になる。なので学年1位が彼で、令嬢の学年1位が私となる。
入学したばかりだというのに、クラス委員というのは雑事が多い。
生徒会絡みの各クラスへの伝達事項等の案件は全てクラス委員に回されるし、教員の手伝いもさせられる。
クラス委員を務めると文官試験を受ける時に有利だとか、お見合い相手への良いアピールになる等と言われているが、婚約者のいる私には結婚する時の箔付けになる程度でしかない。
放課後に残って作業をする事も多いので、入学前は登下校を一緒にしたいと言っていたジョエル様に今年度は登下校を別にすると話したら不満そうだった。
「ねえイエンナ、クラス委員って辞退できなかったの?」
入学式の数日後にあった婚約者同士の交流会で、チェスの駒を動かしながらジョエル様は不機嫌そうにそう言った。
「既に受けてしまいましたから、今さら辞退は難しいかと思いますわ」
「うーん、もうひとりの代表がレイカルト家の人間なんだから家の都合でって言えば皆納得してくれるんじゃない?」
「学園も建前上は博愛と平等を謳っていますから、特定の家を差別するのはまずいかと……。それにあちらは侯爵家ですから、こちらから波風を立てない方が無難だと思いますの」
「Bクラスでも話題になってるよ。あのレイカルト家とロッシュ家の人間が仲良く委員が務まるのかと。実際に険悪な雰囲気で委員の仕事をしているそうじゃないか」
「まあ、そうですね。仲良くはないですが、険悪というのは大げさかもしれません。家同士の事は先祖がした事ですから私個人は何も思うところはありませんわ」
私と一緒にクラス委員をしている侯爵令息のクリストフェル・レイカルトと私の家は仲が悪い。それも歴史的に。
3代前の時代、私たちの高祖父が当主を務めていた頃に戦争があり、当時ロッシュ家とレイカルト家は手を取り合って敵を退けたのだが、その時の功績をレイカルト家が偽って王家へと伝えたためにレイカルト家のみが陞爵されて侯爵となり、ロッシュ家には何も恩賞が無かったのだった。
そしてそれに腹を立てた私の高祖父がクリストフェルの高祖父に絶縁状を叩きつけ、以来両家の仲は悪い状態が続いているという経緯が私たちの家にはあった。
時間が経ち過ぎているし、家同士の事を私はさほど気にしていない。おそらくクリストフェルも同じだろう。しかし、私個人として彼とは因縁があり、それが原因で私は気まずい状態でクラス委員をしているのだった。
クリフトフェル・レイカルトはずっと領地で暮らしていたので、王都で開かれる子供同士のお茶会に参加をした事が無かった。レイカルト家に同じ年頃の令息がいる事を知ってはいたが、彼を見たのは入学式が最初だった。
入学式の時、代表として壇上に立った彼の姿を見て、私は心臓が止まるかと思うほど驚いた。
壇上に登った彼も私と目が合った時に「あ」という表情を一瞬だけ浮かべた。
しかし入学試験で主席の成績を取れるだけの学力を持っていた彼はすぐに表情を取り繕い、何も見ないでよどみなく挨拶文を言い切ったので、彼の様子に気が付いたのは私くらいだったろう。
少しクセのある黒髪、上がり気味の目尻に琥珀色の瞳を持ち、壇上に立って皆の前でクリストフェル・レイカルトと名乗った彼は、8歳の私が恋をしたルークその人だった。
驚き過ぎてその日の私は何をしても上の空だった。
そして何と入学式の翌日の彼は、7年前の私がクッキーを包んだ時に使って渡した青いリボンを手首に巻いて登校してきたのだ。
何人かの令嬢は彼の制服の袖口からチラチラと見えるリボンは誰のものだろうと話題にしていたが、私と目が合った彼は手首のリボンを見せるような仕草をして、私にだけ分かるようにニヤリと意地悪そうに笑ったのだった。
決して他人の空似ではなく、自分はルークなのだと彼が私に示しているように思えた。
どうしてあの時に彼が名乗った名前が本名ではなかったのか、当時の彼が使用人のような格好をしていた理由は分からないが、家を借りた時にお父さまが仲介人と揉めていたのは、レイカルト家の隣の屋敷を紹介されたからだったのだという事と、伯爵家の庭に忍び込んでもお咎めが無かったのは彼が平民ではなく侯爵家令息だったからだったのだと今さらながらに気が付いてしまった。
そして私はあんな別れ方をした事を気まずく感じていて、クラス委員としての仕事を一緒にしていても彼とはまともに話せていなかった。
周りは私と彼の家が険悪だから話さないとでも思っているのだろう。噂に疎いジョエル様まで知っているということは、学園の中ではかなり話題にされているはずだ。あの家は次世代の子供同士も仲が悪いのだろうと。