4 結ばれる婚約
季節が移り変わって春になった頃、お父さまは学生時代の友人であるバロー伯爵様のご令息と私の婚約を結んだ。
ある日突然外出用のドレスを着せられ馬車に乗せられて、着いた場所がそのバロー伯爵のお家で、その場で婚約証明書にサインをさせられてしまった。
お父さまは相手の方とよく話して決めた事だったのかもしれないけれど、私には何も話してくれなかったから、知らないうちに自分の将来を決められた事に幼いながらも驚いてしまった。
お父さまは私が男の子に興味を持っていて、それでルークと仲良くなったと思っているのかもしれない。だから新たにお父さまが認めた男の子と会わせて、彼と仲良くなれば私も満足するのだと簡単に考えたのかもしれない。
でも私が友達でいたかったのはルークだったからなのに、婚約者なんていらなかった。
「ジョエル・バローです。よろしくね、イエンナ嬢」
そう言って笑顔を浮かべたジョエル様は、私に小さな花束をプレゼントしてくれた。
「………ありがとうございます」
かわいらしい花束に少しだけほっこりした気分になったが、この騙し討ちのような婚約に私は本心では納得していなかった。しかし私が怒りを向けるべき相手はお父さまで、花束を用意してくれた令息に八つ当たりをしてしまうほど私は幼くなかった。
「すまんな、アーサー。イエンナは人見知りをしてしまう性質でな。何度か会っていけばジョエル君とも仲良くなれるだろう」
婚約に乗り気ではない様子の私を父は自分の友人にそう言うと、今後は月に一度の交流をお互いの家でしようなどと言い、あちらの家と具体的な話をまとめてしまった。
金色の髪と緑色の瞳を持つ同じ歳のジョエル様は、黒い髪に日に焼けた肌をしたルークとは何もかも違う男の子で、礼儀正しく貴族然とした雰囲気を纏っていた。
男の子とは庭を走り回っているものだと思っていた私は、行儀良く椅子に座って音も立てずに綺麗にお茶を飲む彼の姿を見て驚いてしまった。
「イエンナ嬢はボードゲームは好き?最近父上が新しいゲームを買ってくれたから一緒に遊ぼうよ」
そう言いながらジョエル様は使用人にボードゲームを持ってこさせると、私にゲームのルールを説明してくれた。
ボードゲームは時間を潰すには丁度良かったが、ツリーハウスを見た時のようなワクワク感は全くなかった。ゲームの勝敗は遊び慣れているジョエル様の全勝で、ゲームに勝った事を彼はとても喜んでいた。
「ジョエルはいつもゲームばかりしているんだよ。今日はイエンナ嬢と遊べて楽しそうだな」
ジョエル様のお父さまであるバロー伯爵は満足そうに私たちを見ている。私が大人しくジョエル様とのゲーム遊びに付き合うのを見て、私たちの相性が良さそうだと思っているのだろう。
「うん、僕もイエンナ嬢と遊べて楽しかった。それに婚約者の女の子がかわいくなかったら嫌だと思っていたけれど、イエンナ嬢がかわいい子で良かった!」
私と同じ8歳のジョエル様は満面の笑みを浮かべる。
私はジョエル様の事をルークよりも幼い子だと思ってしまった。そういえばルークの歳がいくつか聞いていなかった。背の高さや雰囲気から少し年上のお兄さんだと思っていたけれど、どれくらい年上だったのだろう?
ジョエル様との交流はお茶を飲んで、たまに庭の散歩をする以外は、ほとんどが応接間でカードやボードゲームばかりしていた。私がゲームのコツを覚えてジョエル様に勝ってしまうと機嫌が悪くなってしまうので、5回に1回は彼が勝てるようにゲームを進める努力をしていた。
社交の練習も兼ねた子供同士のお茶会へ婚約者同士として行くようになると、金髪に緑色の瞳をした可愛らしい顔立ちのジョエル様はすぐに令嬢たちが寄ってきて人気があったが、私以外の令嬢と仲良くするような事はなかった。
お茶会の帰り道に馬車の中でジョエル様に他の令嬢や令息とも交流をした方がいいのではないかと話すと、
「剣を振り回すのが好きな令息たちとは遊びが合わないし、イエンナ以外の令嬢とは話したいとは思わないんだよね。イエンナはそういうのは嫌?」
「いいえ、ジョエル様のそのお考えは誠実だと思います」
「そっか、良かった。そういえばまた新しいゲームを手に入れたんだ。それがねとても楽しくて、今度ウチに来た時に一緒に遊ぼうよ!」
「はい、お手柔らかにお願い致します」
こうして私は少しずつルークへの思いに整理をつけて、ジョエル様との将来を考えるようになっていき、私の記憶の中にあった黒髪で琥珀色の瞳を持つ男の子の姿がどんどん薄くぼんやりしたものとなっていった。
そしてジョエル様と交流していくうちに私は貴族らしい丁寧な物言いを覚えていき、そんな私の様子に両親は喜んでいた。
あの夏は外で遊んでばかりいたから日に焼けてしまったが、あまり外に出なくなってしまった今では私の肌はすっかり元の白さを取り戻していた。