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2 裏庭の男の子

 翌日になり、昼食を食べた私は裏庭のあの場所へ来ていた。


 昨日はお気に入りのワンピースを汚してしまったので、今日は濃い緑色のワンピースに着替えてから外に出た。


 この壁の向こうに何があるのか、そう考えただけで昨日はなかなか眠れなかった。


 蔦に覆われた塀は昨日と同じままに私が作った穴が開いていて、向こう側が見えた。


 新たに散策出来る場所を見つけた事に興奮しながら、私は地面に両手と両足をついて蔦の隙間へ顔を突っ込んで壁の向こう側へ向かった。


「ぷはっ!」


 蔦はちゃんと退けたと思っていたのだが、私が思っていた以上に蔦と雑草に阻まれ、やっとの思いで向こう側へ抜ける事が出来たのだった。


「お前誰だ?」


 頭上から声がしたので見上げてみたら、そこには黒い髪色の男の子が立っていた。


 男の子は使用人が着ているような服を着ていて、日に焼けた肌をしていた。そして私が昨日裏庭で追いかけた白い子猫を両手で抱えている。


「隣って空き家じゃなかった?」


 男の子は訝しそうな表情で私を見る。私は地面に両手をついたままの姿勢で男のを見上げて答えた。


「父様が夏だけここに住むって言ってたの。でも来年は別のお家にするって。その猫、かわいいね」


 立ち上がった私はスカートについた汚れをパンパンとはたきながら男の子の抱いている猫にそっと触れようとした。


「そうなんだ。猫が珍しいならもっと触ってみるか?」


 そう言いながら男の子は私にそっと猫を渡してくれた。


「ありがとう、名前は何ていうの?」


「ルーク」


「よろしく、ルーク。私はイエンナだよ」


 子猫の頭を撫でながら私はルークと名乗った男の子の顔を見てにっこり笑った。


 彼の琥珀色の瞳が一瞬だけ大きく見開かれる。


「大人しい猫なんだね」


「うん、ルゥは人懐っこい猫で俺の友達なんだ」


「ルゥっていうんだ、かわいいな。私の家でも猫を飼ってくれないかな」


 私がルゥを地面へ下ろすとルゥはゴロゴロと咽を慣らしながらルークの足首に額を寄せる。ルークはしゃがんでルゥの頭や顎の下を撫でている。


「ルークはここの家の子なの?」


「うん、イエンナはどうして一人でここまで来たんだ?侍女はいないのか?」


「えーとね、裏庭を探検していたら、塀が壊れてたの。それで草をどけたらルークのお家に出れた。それと弟がね、アーロンっていうのだけれど体が弱いから、お父さまがアーロンの為に空気のきれいなこの街に家族で来たんだよ。みんな忙しいから私はひとりで遊んでるの」


「家族で来てるんだ……。イエンナの家は家族の仲がいいんだな」


 ルゥを撫でながらルークが少し寂しそうな表情を浮かべる。


「家族の仲は悪くないけれど、お父さまとお母さまは昼間はいつもどこかへ出掛けてしまうの。昨日はお芝居を見たって言ってた。侍女たちはアーロンと遊んでばかりで私はいつもひとりだからつまらないの。これだったら王都でお留守番をしていればよかったわ」


「俺もやることないし、いつもひとりだよ。よかったら一緒に遊ぼうよ」


「え、本当?遊んでくれるの?」


「ああ、家には入れてやれないけれど外でなら。俺がいつも遊んでいるとっておきの場所を教えてやる」


「わあ、嬉しい」


「よし、付いてこい」


 そう言ってルークが歩き始めたので、私はルークに付いて行った。


 歩いてみてわかったのだが、ルークの住んでいるこの屋敷は我が家で借りている屋敷よりもずっと大きくて庭も広かったが、背の高い雑草は生えておらず、定期的に裏庭にも庭師が手入れをしている事が分かった。


 ルークに連れられて行った先には幹の太い木があって、太い枝の上には物見櫓のような小さくて簡素なツリーハウスが作られていた。


「ええっ、木の上にお家があるなんてすごいね!」


 私が驚いているうちにルークは梯子を登り、柱の間から手を振ってくれた。


「イエンナも上がってこいよ」


「うーん、登りたいけれど怖いなあ」


「仕方ないなあ…」


 ルークはそう言うとツリーハウスから降りてきて、下で支えるから登ってみろと言ってきたので、私は梯子に足をかけて何段か登り始めたら下から焦った声が聞こえてきた。


「……ちょっ、待て、お前っ、スカートっ」


「えっ、何っ……あっ、きゃあ!」


 ルークの「スカート」と言った言葉に反応した私は同じ年頃の男の子にスカートの中を見られてしまった事に驚いて足を踏み外してしまい、そのままルークを下敷きにして地面に落ちてしまった。


「ルーク、ごめんっ。大丈夫?」


「いたたた……あんま高く無かったから大丈夫。イエンナが女の子だって事忘れてた」


「ええっ、何よそれ」


 私が頬を膨らますと、ルークは笑いながら私の頭を撫でてくれた。ルークは私よりも少し背が高くてお兄さまのようだった。


 こうして私たちは明日もまた遊ぶ約束をしてその日は別れた。濃いグリーンのワンピースの汚れは目立たないと思っていたが、ハンナは「お庭の散歩もいいですが、少しはお淑やかにしてくださいね」と言いながらも着替えさせてくれた。


 それから私は料理人に作ってもらったクッキーを持って行き毎日ルークと遊んだ。ルークの住んでいるお屋敷の裏庭には沼があったので石投げを教えてもらったし、梯子を登る練習をしてツリーハウスの中に入ることも出来た。ツリーハウスの中には特に何かが置かれていたわけではなかったけれど、私は自分の力で梯子を登り切った事にとても満足していた。


 そうして私は毎日ルークと楽しく遊んでいたけれど、避暑地での生活にもすっかり慣れてそろそろ王都へ帰ろうとしていた頃、ショッピングや観劇に飽き始めたお母さまが私のワンピースの汚れや生地の傷みに気付いてしまった。


 まさか隣の家にもぐり込んで男の子と仲良くしているなんて大人たちに言えなかった私は、裏庭で木登りや石投げをして遊んでいたと言い、お母さまに長い時間お説教をされた。そして王都に帰るまで部屋で謹慎をさせられる事になってしまった。


 自分の部屋でひとりでいる間、私はいつもルークやルゥのことを考えていた。あれだけ毎日遊んでいたのにぱったりと来なくなった私を彼はどう思っているのだろう?

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