13 これからの私
婚約破棄騒動からひと月ほどが過ぎて、少しずつだがようやく周囲も落ち着きを取り戻しつつあった。
あれからジョエル様を学園で見かけると私を見て寂しそうな表情を浮かべるが、もう私に絡んでくるような事はなかった。
ジョエル様とミオット嬢が一緒にいる姿も見なくなった。
ミオット嬢は今は別の令息に声を掛けているようで、強めの香水をぷんぷんとさせながら令息を追い掛けていた。周りが彼女から距離を取っている事には気付いていないようだ。
高位貴族同士の婚約を壊した彼女にはもう、まともな令息との縁は望めないだろう。
長年の婚約者だった私との縁談を壊した上に、ジョエル様の評判までも大きく落としてしまった事で、ジョエル様のお父様であるバロー伯爵を怒らせてしまったのだ。バロー伯爵は報復としてミオット家に圧力をかけ始めたので、ミオット家のこれからは大変だと思う。
書類が整ったので、我が家からも近々ミオット家に婚約破棄に対しての慰謝料を請求する予定だ。伯爵家同士の婚約を壊した慰謝料としては常識の範囲内の金額だが、それなりの金額なので男爵家では厳しい額となっている。
私はといえば、大きな学校行事もしばらくは無いので、クリストフェルと放課後に残ってクラス委員の仕事をする事も今はなくなってしまった。
私とクリストフェルの席は隣同士だが、相変わらずお互いに会話が無い状態が続いていた。新入生歓迎会の時のように何かあった時は助けてくれるのかもしれないが、ジョエル様が突然Aクラスに入って来た以降は平和的に過ごせている。
つい数日前、クラスの女子生徒たちがクリストフェルには婚約話が進んでいるらしいと話をしていた。
この学園に通う高位貴族令嬢のほとんどに婚約者がいるのだが、5歳くらい下だったら婚約者のいない高位貴族令嬢は何人かいる。確か公爵令嬢が1人に侯爵令嬢が3人、伯爵令嬢はもっといたと思う。3歳差まで年齢を引き上げても侯爵令嬢が2人と伯爵令嬢が何人かいたはずだ。
おそらくこの中のいずれかの令嬢と婚約話を進めているのだろう。
そして婚約破棄をして伯爵家への嫁入りを無くしてしまった私には未だ婚約の話は無い。
もしも私が次の婚約相手を探すとしたら、同年代で探すなら男爵家令息、伯爵家以上の高位貴族を探すなら後妻あたりが妥当なところだ。下位貴族であっても同年代の子爵家令息と縁が結べたのなら御の字だろう。
結婚相手を選ぶには厳しい状況になってしまっても、私はあそこで婚約破棄をした事を後悔していない。
ジョエル様に家族のような情は感じていた。自分中心に考えがちなところも許容範囲内だった。ミオット嬢が私たちの間に入ってくるまでは。
たとえ不貞がなくても、彼女の存在を受け入れた彼を許す事が出来なかった。
学園卒業はあと2年以上も先の話なので、私には時間だけはある。幸い私は成績が良い方なので、王宮や高位貴族の家への勤め先を探すという選択肢があるのだ。2年生になった時に生徒会を希望すれば王宮勤めへの道はぐっと近くなる。
勉強をしていくうちに文官と侍女のどちらを目指すのかを考えればいい。私が泣き寝入りをして婚約継続を選ばなかったのはこれが理由だった。
ふと隣の席を見る。クリストフェルは相変わらず休み時間は授業の準備に追われているようで、自分の席にいる事は少ない。
婚約の噂のせいか、最近は彼に近づこうとする令嬢がぐっと減った。押しが強くてもそこはAクラスの令嬢だけあって、脈が無さそうな相手への引き際は早い。
彼に婚約者が出来たら、きっと今以上に彼との距離は広がってしまうだろう。
(何だか寂しいな)
もしも家同士の仲が悪くなかったら私たちは8歳の頃から友達の関係でいられたのだろうか?
避暑に訪れたあの家を予定通り買い取って、私たちは毎年夏に会う事ができたのかもしれない。
私は3代も前の話なんてもう水に流してしまっても良いとさえ思っているけれど、クリストフェルと関わったというだけですぐに婚約者を見つけてきてしまうのだから、お父様はよほどクリストフェルを私に近づけさせたくなかったのだろう。
(お父さまは今もレイカルト家を嫌っているでしょうね)
せめて彼とは友人でいたかったけれど、私に彼の友人になれる資格はないし、彼にとって私はただのクラスメイトだ。私に出来る事といったら勉強を頑張って来年も彼と同じクラスになる事くらいしかない。
私は人知れずため息をついて読んでいた本に目を落とした。




