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第六・五話 グラズヘイム行きの列車で…

東部統合線(モスクワから東に一五〇キロ地点)

皇帝・政府専用列車『インペラトール』号


『プリンケプス』型機械式蒸気タービン機関車を先頭に編成を構成している『インペラトール』号は線路に導かれる様に長い編成をくねらせながら闇夜の中、かつてベルリンと言われていたグラズヘイムへと線路を踏み締めながら突き進んで行く。

専用列車の車内は直線と円で構成されたアールデコ様式の車内が特徴的だ、間接照明と木目調の壁板で構成された車内は厳かな雰囲気で満たされている。しかし装飾が多い事に反して直線的であるが故にどこか無機質で冷たい印象をも見る者に宿させている。

 その車内を歩くのは小柄で短髪で華奢で線の細い中世的な女性の如き井出達をした一人の青年だ。

短髪の髪にヘアピンをしているその容貌はここが学校ならば間違いなく男女共々から好意の目と黄色い歓声を浴びせられていただろう。だがそんな彼が今いるのは大国際アガルタ帝国政府専用列車なのだ、その様な空間とは最も無縁な世界だ。

 車両中央にある客船ラウンジの階段を思わせる大階段に足を掛け最上階に昇り三階通路を進むと個室の扉手前で歩を止め溜息を一つ吐きながら背筋を正すと、自身の気を持ち直させ引き扉をノックする。

「フェルディナント、入ります。」

 摩天楼をイメージした真鍮板で構成されし専用客室の扉を叩くと「入れ」と声色の高いぶっきらぼうな返事が返り、それを許可証と捉えた彼は個室の引き戸を右に滑らせ入室、手を離すとするとバネと空気圧の力で元の位置に扉が戻った。

背中から軽いノック音に近い音を確認すると目線の先には一人の眼鏡を掛けた中性的な容貌でショートヘアの青年が椅子に腰かけ書類を読んでいる姿が窓ガラスの反射で確認できる。

部屋の防弾窓から見える他の車両の燈り灯の間隔は狭くなったり再び広がったりを繰り替えしておりそれに振り回される様に光度の強弱が変わって行く。

それは列車がカーブに入っている事を間接的に示していた。

「マイン・カイザーは何処に?」

「少し早めの就寝だ。大華やら和国やらで多忙だからな。要件は?」

 世界標準産業社のCEOであるホーエンツォレルンが振り返りながら返答する声が個室内に響いた。中性的な顔とショートヘアの髪型をした彼の細い身体にはボディラインの密着したズボンと肩だけを出した服が似合いそうな小生意気な感じの青年だ、だがフェルディナントは特に何も思わずそんな彼にただただ事務的な口を開く。

「先日の一件ですが大華国内で増長している二重帝政派が噛んでいました。」

「自らを獅子と違えた豚は哀れだ。滑稽ですらある。カイザーには此方から渡しとく。十中八九経済的締め付けの強化と関係者の粛清だろう。」

「何時ものやり方ですね。」

「そうだ、日常だ。」

そう呟きつつ振り返った彼は此度の事件を纏めた報告書類の入った封書を受け取った。

「グラズヘイム到着は明朝十一時丁度との事。」

「今宵は気分がいい。一分ばかしの遅延なら許してやる。」

(珍しく素直な返答だ)そんな感想が漏れる程にホーエンツォレルンの気分が良かったのは理由がある。

 ジブラルタル海峡に架橋工事中のジブラルタル海中鉄橋のチューブ施工が完了したと言う報告書と来週からスラブ軌道の施工ならびに信号系統の構築に入ると言った内容だ。

「さてさてこれで世界はもっと近くなる。より効率的な輸送網が確保される。」

 椅子をこちらに向けこれ見よがしに報告書を見せびらかせるホーエンツォレルンの態度は相変わらず厭味ったらしい。

「帝国の一大プロジェクトです。そんな事業が無事完了するのは当たり前ですよ。いちいち得意げにならないでいただきたい。」

「水を差すのが得意なのだな。家族との食事でコップを倒すタイプだろ?」

「随分とお詳しいのですね。では此度の工事の死者数は?」

一瞬だけ目を不快な意思の表現として動いたのを見逃さなかった。しかしこちらの事をあげつらった報いは受けねばならぬのだ、であるなら徹底的に叩いた方が善いと判断したまでだった。

「地下資源以外にも人的資源もまた帝国を支える一翼です。過度な消耗は厳に慎むべきものかと。」

「利益追求の何が悪い?人生を楽しむためにはとにかく金が必要だ。そのためにも無駄なコストはそぎ落とさねば機会損失が増大する。そこから得られたであろう利益を再投資に回せばさらなる利益が出せたかもしれないのだぞ。」

「ですが一応は気を付けてほしいです。またこうして水を差されたくは無いでしょう?では失礼します。」

 冷徹な顔は表情一つ動かさず身じろぎもしなかった。どうやらこの手の話は早速慣れたらしい。もうこれ以上は無駄だと悟ったフェルディナントはせめてもの微笑を浮かべながら会話を打ち切ると扉を開け廊下に出て自身の個室がある車両へと消えて行った。ホーエンツォレルンはそんな彼に軽蔑の念を抱き、自身こそが上だと自身に再認識する。

(金の欠乏は人間性の蒸発か。ま、好きにしてろよビンボー人。)

 闇夜を一矢の如く疾走する列車の姿がそこにはあった。


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