第五話 Catch Me Who Can(前編)
投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
『王道』号総合指揮室
東栄脱出から一時間近くが経過した。
鉄道軍の戦略路線は分岐点の多い場内を除くと防振対策も施された継ぎ目構造雄しているため、国鉄の列車ほど大きな揺れも起きず専用台車の構造も相まって車内の揺れは驚くほどに小さい。
そして起伏が少なくあったとしても気付きにくい夜の時間帯の平野部を走っているせいか時速二百キロで走ってるにもかかわらず高速度を出していると言う実感は皆無だった。
空に浮かぶはちみつ色の月だけが何も変化せぬまま『王道』号をどこまで追いかけ続けている。
総合指揮室の中では桐栄の嗚咽を抑えた泣きじゃくる声が響きその傍らで陽菜が背中を撫でて落ち着かせるもそんな空気はお構いなしに運転席を雛森に譲った男が自己紹介を始める。
「さて改めて自己紹介をしよう。私はリュウ・イ・ソン。元大華帝国大帝だ。」
リュウはそう言いながら帽子を取ると皆に挨拶をした。
「知ってる。」
雛森のぶきっつらな返事を前にしてもリュウは動揺していなかった。むしろ彼の雰囲気は既に先ほどと大きく変わっていた。
そこにいるのは緊急事態への対処から命令を飛ばす一軍人としてではなく国家を預かる元首としての彼だ。
紹介の為の彼の身の振り方はあくまで自然だ、適切に力を抜いている。そのあり様から“元首としての佇まい”と周囲に思わせない程に自然な身振り手振りを紡ぎあげておりこの環境での適切な演者を果たしている。
その一挙手一動に宮原は(これが別世界の人の振舞か)と皮肉でもない純粋な感心を抱き感服した。それは和国に充満していた爛れた発想への反発反動とも言える。
「さて今後の事だがルーシに向かおう。この国はもはや安全ではない」
「見捨てるってこと?」
「悪いがそう言う事だ。たった一編成の軌道要塞では大国際アガルタ帝国には勝てない。『前進』級の時とは違うんだ。有頂天になって袋叩きにされたら元も子もない。」
反論は無かった、確かに先の大戦でも緒戦での勝利に浮かれた軍部は作戦が無謀なものになりそれが原因で破綻し敗北したと言う事実もある。
しかし雛森には眼前にいるリュウがどうにも突き放して冷淡に決めている様にしか思えなかった。陽菜も彼から同じものを感じておりそれはまるで自分の利益の為に他者を平気で切り捨てられる冷酷な指導者を思わせる。
「すみません。貴方の言ってる事は確かにそうですですが今この国は」
「精神論で立ち向かって何にある?」
リュウと宮原で行われるぶっきらぼうな会話を傍目に桐栄は蹲り涙を流していた。
桐栄を慰める同じく愛くるしい陽菜の姿を一瞥したリュウは自身の手帳に書かれた路線図を広げ雛森と今後の話をした。
「ルーシに行くには碓井峡谷の突破が必要不可欠だ。運転兵、出来るか?」
「一応は。あと雛森だから。」
ぶっきらぼうに答える雛森だったがリュウは特にそれを意に返さなかった。
「姉さん…なんで」
涙で嗚咽する彼は渡された水を飲むことも出来ず床に蹲りながら葵の事を呟くだけだ。齢十四の繊細な子に容赦なく押し寄せて来る現実はあまりにも酷すぎた。
「死を悲しむのはあとだ。興奮しそうなら居住車両に入れろ。こちらも真っ当な判断がしにくくなる。」
「ちょっとアンタ」
「来るぞ!速度上げろ!急げ!」
電探の画面に敵機が映ったことに気付いた瞬間、リュウは即座に運転席に就くと命令しながら機関車の速度が上げさせると大重量の軌道要塞が奏でる地響きが心なしか大きくなった。『王道』号を目指した急降下爆撃は恐怖を象徴するラッパ音を響き渡らせながら頭上から空が落ちるような音を放射して行く。その刹那、凄まじい衝撃と爆発が線路の周囲に広がる地面が盛り上がる様に吹き飛び引っ繰り返る様に土砂が降り注いで来る。
機関車に当たり爆発する物に至っては鼓膜を掻っ切るような打撃音が響き渡りその度に車両が揺れ室内の灯りが明滅した。そこから浮かび上がるのは大国際アガルタ帝国の戦闘機109型だ。プロペラ尖端に白い渦巻きを描いた姿が特徴的な夜間戦闘機はまるで狼の様に『王道』号に襲い掛かる。
電探連動と雛森の打鍵盤による操作によってヒサ100-乙-型が装備する機銃や三〇連装噴進砲が仰角を着け攻撃を始めた。
照明弾を頼りに殺到する機体は突如浴びせられた弾幕と言う網に無地品言捉えられた坂の如く脱落、墜落し地面で閃光を伴って四散していく。
それでも幾つかは投爆に成功してしまった、切り離された爆弾が空を切りながら四〇両連結されているヒサ100-甲-の一両に直撃し火災を起こした。
「車両が!」
陽菜の視線の先には粘性の高い炎によって列車全体を蝕もうとしている炎が見える。
「しつこいぞアイツら!」
リュウの毒づきを煽るかのように急降下爆撃が襲い掛かり風切り音と共に火炎と煙の摩天楼が樹立する。
車体に火花が浮かんだと思った瞬間、爆発が襲い掛かり炎がシーツの様にまとわりついて蝕んで行くもそれ以上の事は起きなかった。
「敵機離脱!」
(助かった!)そんな安堵と共に電探画面を見ると陽菜や大原は安堵するも桐栄の脇にいた宮原は釈然としない顔をしていた。
「放火だけしてとんずら?随分と大げさな…」
「まさか…砲撃戦準備!敵が来るぞ!」
瞬間、電探に弾丸を意味する光天が幾十も出現し『王道』号に襲い掛かった。
激震と轟音が響き渡り戦略路線の周囲の土砂はまるで花壇をひっくり返したかのような大雨となって襲い掛かる。
「軌道要塞か!?」
「あれは偵察機か!」
風圧で消えそうになるも水を浸かった消火ではないし規模も大きい、だが鎮火には時間が掛かりそうだ。
「砲撃戦用意!応戦しろ!運速度上げる!脱出を最優先だ!」
「私が指示を出す!伝令怠るな!」
リュウの指示で雛森が速度を上げるべくマスコンを操ると速度が上昇、その最中でもヒサ100-甲-に装備された五六口径一八インチ砲が電探連動射撃を実行すべく進攻左側へと旋回、砲撃戦に備える。
その最中でも砲撃が留まる事を知らずに押し寄せるも砲身長が短いのだろう、風圧に振り回され着弾はあまり起きなかった。
それでも着弾数はゼロではない、幾発もの砲弾が車輛に襲い掛かり金属らしからぬ重苦しい音を上げながら『王道』号を蝕んで行く。
砲撃の主は『ノイシュヴァンシュタイン』級軌道要塞第三編成『ワルトブルク』だ。
四七口径一七インチ砲から発射される砲弾が何度も車体を叩くも『王道』号はそれを意に返さず速度を上げる。しかしそれでも戦闘準備が整うと雛森が速度を戦闘運転にまで落とし砲弾の発射準備完了を陽菜が告げた。
「ってぇ!」
リュウの号令一声、八十発の一八インチ砲が一斉に瞬き砲弾の雨を『ワルトブルク』に浴びせて行く。
高速運転での射撃であったが砲弾は十七発が命中した。命中弾は機関車、戦闘車両、防空車両などと言った車種に万遍無く孔を穿ち爆発を齎しつつ止めを刺そうとする。
『ワルトブルク』の放った大量の砲弾が『王道』号に襲い掛かると前方の国鉄との交差線が一気に吹き飛ぶ。攻撃を想定した造りの戦略路線は依然として無事だが標準軌の国鉄路線はひとたまりもない。
バラストも枕木も線路も全て吹き飛びながら土砂の塊が吹き飛び茶色や灰色の砂礫が大雨となって襲い掛かる。
交差線で列車の往来を告げる信号機が不明瞭な光を灯しながら機関車がその近くを通るも弾かれた弾丸が信号機そのものに直撃、破壊されながら吹き飛ばされた。
前方の視界は『前進』級との戦闘時よりはるかに不明瞭だ。
樹立する土柱とその総量は桁違いに増えており砲弾を浴びた車両の車輪と線路の踏めんからは被弾時の運動エネルギーが火花となって足元に逃げるも機関車の安定性は損なわれない。
敵の砲車目掛けて再び火炎が瞬き砲弾が飛翔すると敵車両の砲塔手前を突破し車内に突入、炸薬を誘爆させ砲塔直下の弾薬にまで火災を齎す。
後方に続く車両とその砲塔が煙と炎でその姿は熱く不明瞭になって行くも向こうもレーダー連動射撃だ、構わず正確に砲弾を叩き込んで行く。
一七インチ砲の直撃はやはり答えるもそれに屈せず『王道』号は徹甲弾を放つ。
そうして放たれた砲弾が相手に致命傷を与えた。第四機関車に被弾した砲弾が復水器を破壊、さらに煙室までをも吹き飛ばすと爆発炎が煙管を伝って燃焼室や火室にまで炎が進入する。一方の煙突は爆発で吹き飛び復水器と同じように破片となってガラクタへとなった。
第二機関車にも直撃した砲弾は合金相応を突破し直接ボイラーへとなだれ込むと爆発を起こし一気に牽引能力を奪って行く。
戦闘車両への更なる被弾も甚大な被害をもたらした。装薬や弾丸などが誘爆し砲身内から炎が吹き荒れ熱で歪む物もあれば砲塔内で一斉に誘爆が発生し砲塔そのものを吹き飛ばす程の爆圧と共に台車やブレーキ機構にも甚大なダメージを与えて行く。
編成のあらゆるところで火災を起こしながら炎の龍となった『ワルトブルク』の運命は決まったも同然だった。
脱出を優先する命令が出されたのだろうか、機関車は炎に包まれつつも無事なボイラーとシリンダーで持ってして出せるだけの有りっ丈の出力で別の路線へとつながる分岐点を目指して行くが速度は確実に低下している。
しかしその足掻きも『王道』号が再び放った砲弾五十発中、二十発の命中で事尽きた。
合金装甲を突破された第一機関車と第三機関車はボイラーが吹き飛び、吹き飛んだ火室からは石炭などを散らし、動輪は叩き割られ、安定した走行に必要な足回りは致命的なまでに破壊される。
そうして脱線し始めた機関車に足元を挫かれるように覆いかぶさり転覆する車両が出現すると『ワルトブルク』の運命は決した。
脱線と爆発が遠く『王道』号まで届くと速度を上げ戦場を離脱、煙が衝撃波を表現する様に勢いよく拡散しつつ夜の闇へと焼失、やがては火災も地平線の向こうへと赤い光を漏らす遠き現場へと変わっていった。
しかしそこに再び87型急降下爆撃機が到来、今度は仇の為だから違うぞと言わんばかりに或いは航空機による軌道要塞撃滅の栄光を最初に手にしたいがためなのか一斉に飢えた狂犬となって襲い掛かる。
ヒサ100-乙-が大量の機銃弾を見舞いつつ速度が上がって行くと分岐点に差し掛かろうとした。
「速度上げろ!このままルーシに向かう!」
「ちょっと待って東のルートを考えても!」
「議論をしてる暇は無い!トンネルに入れ!」
彼の絶叫と共に東部に向かう線路との分岐点を突破した『王道』号は轟音を立てながら北へと続く線路が敷設されている碓井峡谷へと至るトンネルに突入、そのまま闇の中へと消えて行った。
87型急降下爆撃機の編成はこの状態を前に悔しがるように翼を翻しながら爆弾を捨てて行くだけに過ぎない。