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第四話 始発駅東栄

投稿が遅れ申し訳ありません。

東栄軌道要塞整備場


「桐栄く~ん!どこ~?」

「いたら返事して~!」

 荷物を肩から下げた二人は桐栄を探すべくその声を車庫内に響き渡らせていた。

何処を見ても桐栄の姿は無かったが陽菜がふと思い立って機関車の下を見るとそこには雫となって滴り落ちる機械油に身を汚しながらうずくまる桐栄の姿があった。

「みぃつけた。雛森さん、こっち。」

「大丈夫?食事持ってきたよ。まぁまずは怪我の手当てだね。」

 そう言いながらも彼女の傍らでは陽菜が抱えていた救急箱から包帯と消毒、そしてハサミを取り出しすりむいた膝の怪我の手当準備に入った。

「よかった試験しなくて。制輪子に頭挟まれたら潰れちゃうよ」

「ヒ!」

「あんまりからかっちゃだめだよ。桐栄君、みんな心配してたよ。さ、戻ろう」

 しかし安心したからなのだろう、へそ出しルックの服を着た桐栄のお腹から包み隠す事の出来ない誤魔化しようのない空腹音が鳴り響いた。

「つ、違う、違います。これはその…」

「サンドイッチだよ~」

 雛森が差し出したサンドイッチは瑞々しいレタスや輪切りにしたトマト、そして丁寧に焼かれた鶏肉などを挟んでいた。

 またお腹が鳴るとちらりと物欲しそうにそれを見る。

「はい、手当終了。さ、食べて。」

「食べるっきゃないね~」

 しばらく動かすのは億劫そうだ、そう判断した二人は桐栄にここで食べるよにと促すと一瞬だけ躊躇するもお腹の空腹には抗えずかぶりつくように食べた。

「そういえば隊長はどうなるんだろう?」

 安心した顔で食べていた桐栄の手が止まった。

 何も出来なかった、守れなかった、いつも守られっぱなしだ。

「ごめんなさい」

「謝らなくていいんだよ?それに何に対して」

「僕が弱かったからいつも姉さんを不幸にしちゃう…お荷物になっちゃう…小さい時から、小学生の時も、あの時も」

「落ち着いて、大丈夫だから」

 陽菜が桐栄を抱き寄せると焦っていた感情はゆっくりと萎んで行き安堵感が胸から沸き起こる。

 桐栄とはまた違った可愛さと美しさを宿した繊細で幸薄い青年が抱き寄せる光景はまるで一枚の絵のように荘厳で神聖だった。

「隊長なら、上手くやれるって!」

「だから心配しないで。あ、口の周りに」

 陽菜が作業服のポケットからハンカチを出すと桐栄の口についたパンやドレッシングなどをふき取ると言い知れぬ感情が込み上げてきた。

(これがかわいい・・か)

 そう思いながら桐栄の口を何度も拭くと「ちょっと陽菜、桐栄君食べてる途中」と言われ「あ、ごめん」と謝り手を戻した。

「大丈夫です。ありがとう。」

 微笑を浮かべ二人にお礼を捧げる彼の姿に安堵した二人もそこで一緒に食べ始めた。

いつの間にか質の悪い緊張感は無くなりあどけない笑い声が響いていた。そこからお腹が満たされたこともあっての事だろう、桐栄は眠くなり始め二人に葵の部屋へと連れて行ってもらった。

 それが終わり通路を歩く杏と陽菜は桐栄について会話した。

「でも隊長の弟さんかぁ…かわいかったな~妖精さんみたい。けど印象が噛み合わないんだよ。なんか、なんだか、」

「確かに…何でだろう?どこかで見たかもしれないね。とりあえず僕らも食堂行こうか」

 医務室の扉越しに通路を歩く二人の会話を聞いていた彼女も正直この状況はどうすればいいかの分からなかった。それこそ常人ではないたった一名の捕虜の件だ。

(まさかあの人物とは…)

 抱えた爆弾の件がもしどこかで洩れたら明日の朝にはメディア関係者がフラッシュとインタビューの集中砲火を浴びせに来ることになる。

ましてや桐栄の精神はそれに耐えきれるほどに回復していないし一番まずいのは過去の件を掘り返してデリカシーの無い質問をする輩の出現だ。

もっともそんな明日が来ればの話だが。

(勘弁してくれ…)

 そうふと思うと以外にも自分が成長した葵に寄りかかってしまっている事を自覚し、面倒ごとを押し付ける事前提で考える様になっている事実に嫌悪感を覚えた。

(年長者だろなにやってんだ自分は!)

 自らの両頬を掌で叩くとケジメを新たに今後の件と抱えた爆弾案件により予想されるであろう厄介事への話を始めようとした。

「ちょっとばかし医務室を離れる。くれぐれも安静するように。」

 そう言いながら捕虜を後にし食堂に入室するとそこには約束した通り桐栄、陽菜、杏の三人が集まっていた。

「皆、今後の件で話したいことがある。桐栄、お前も当事者意識をもって聞いてほしい。まずは捕虜の件だが」

 放し始めようとした矢先、空襲警報の音が外から鳴り響き爆弾の風切り音と轟音が外から響いた。

「何だ!?」

 外を揺らす大振動を前に一瞬だけ何が起きたのか把握できずにいたが葵の危惧した事態が今起きたのだと認識させられる。

 国境線にある武神山脈隧道からは『ノイシュヴァンシュタイン』級軌道要塞が出現しその頭上を援護すべく109型戦闘機が天空を舞って行く。

 三番編成『ワルトブルク』が別の路線へと転轍機を切り替え離脱すると『ノイシュヴァンシュタイン』『ハイデルベルク』が砲塔を旋回、走行しながらの砲撃を開始する。

一七インチ砲の攻撃力は建物相手にはし烈だ。

 圧倒的な火力を前に鉄筋コンクリート製の建物は水柱の如く崩れ落ち中にいた人間諸共粉みじんにしながら吹き飛ばす。

 都市部への無差別砲撃は赤子の手をひねるが如く簡単に行われていた。

 電動機を利用する高速装填と大雑把な狙いでも都市部に甚大な被害を与えられる無差別砲撃と言う組み合わせは次々と東栄の街を破壊していった。

そうして放たれた砲弾が線路の迷宮に落ちると爆風と破片で場内監視小屋が吹き飛び視界を土煙の壁が塞いで行く。

「取り合えず機関車に行く!」

「待って陽菜!私も行く!」

 駆け寄った二人が機関車の総合指揮室に行くとそこには捕虜として収容したはずの男が席に座り操作方法を手探りで調べていた。

「トリプルデュープレックス…ガラスの上のメカニックか。」

「ちょ、ちょっと!」

「えなんで!?」

「GPCS機能あり…蒸気発生量は増えるがじゃじゃ馬でもある。人を選ぶ機械だな。」

 その男は宮原の声を無視して自分の世界に没入するかのようにマニュアル片手に機関車の概要と特徴の把握に努めていた。

「ボイラーの圧力ももう直ぐ規定値。これは転轍棒の操作スイッチか。となるとこのスイッチは」

「なに!?逃げる気!?」

「申し訳ないが奴等に捕まるつもりはない。ここを脱出させてもらう。」

「ハァ!?勝手に決めんな!いいから席退いて!」

 肩を掴み振り向かせて応えさせるも外から届いて来る建物の吹き飛ぶ際に起きるあの不規則で叩きつけるような振動と崩落音、更にそれを齎した砲弾による衝撃が整備場に襲い掛かる。

「今のは一七インチ砲だな。発進準備だ。急ぎなさい。」

 その間にも地平線の向こうから放たれる砲弾が次々と東栄の街を破壊していく。

闇夜を貫き大気を切り裂く閃光したその飛翔体は道路を抉り車や路面電車を吹き飛ばし建物を根こそぎ木っ端みじんに壊して行く。

 国鉄東栄駅は悲惨な状況になりつつあった。

 丁度この時間帯は夜行急行などが次々と出発する時間帯であったこともありパシナやパシハさらにパシロなどが展望車を構えた客車を従え停車していたがそれすら木っ端みじんに破壊されていく。

 駅を通過する手はずだった貨物列車はとうに脱線転覆しており線路を塞いでいたがどうやらそれが原因で脱出しようにも出来ず砲弾を食らうに終わったようだ。

 国鉄の駅や機関庫、さらには病院などと言った上空から分かりやすい施設に向けて真っ先に砲弾が浴びせられるが大多数は狙いが外れてしまい民間の建物に降り注ぎ不運な破壊だけを齎すだった。

『ガルダ』着弾観測仕様機の補助は攻撃が狙いを定めた物へと変化させつつあったが仮に東栄軌道要塞整備場を狙っての砲撃なら命中率はまだ低い。

「聞こえたか?時間が無い。向こうが近付けばここも砲撃を食らいやすくなる。急げ!」

(高速運転射撃による空気抵抗で狙いが外れてる可能性もある。だとするなら相当な速度で近付いてるな。)

 リュウの読みは当たっていた。

『ノイシュヴァンシュタイン』級は真っ赤なスポーク動輪を回転させ時速百七五キロで東栄へと突っ走りながら砲撃を行っている。

 この速度での最大射程による砲撃は目標に当たるも八卦当たらぬも八卦の結果しか生まないが明白な脅威であることは間違いない。

「発進準備だ、急げ!」

 ボイラーに火が入ると圧力計の数字が上がり始めた。

 過湿内の温度上昇に比例してボイラー内を流動する高圧蒸気の音が車車外にも重苦しい音となって溢れ始める。

「隊長は!?」

「営倉から行ったっきりだ。この様子じゃ、もう…」

「そんな…でもまだ方法が」

「雛森さん駄目だ!」

 再び轟音が轟き車両が揺れた、今度は砲撃の様だ。

「ここを脱出する!たった一編成では勝ち目はない!」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 しかし雛森の止めの言葉も虚しく男は単位スイッチを操り発進準備に入った。

 液化石炭により火室の温度は大幅に上昇、圧力計の数字も上昇していき発進準備を整えて行く。

 統括制御装置関連の単位スイッチを操作すると遂に出発の時を迎えた。

「場内、進行を確認!統括制御機構、正常稼働!真空管の異常確認されず!石炭ガス化燃焼機構による燃焼効率の大幅上昇を確認!第一から第四ボイラー圧力中央値320後半の維持を確認!蒸気ブースター始動!空転防止装置、セラミック散布開始!発進する!」

「ちょ、ちょっとま」

 陽菜が止めに入るも容赦なく発進、腸を金槌で壊すような重低音の汽笛を轟かせると牽引機であるAT98100は重量バランスの変化による前ユニットの動輪の粘着力低下により僅かに空転するも即座に再粘着し『王道』号を牽きだして行く。

 黒い動輪と銀色のロッド類が忙しなく俊敏に動き死に物狂いで引き出す最中でも一七インチ砲弾が次々と着弾し構内に爆発炎が生まれて行く。

 航空機からの機銃や弾かれた爆弾の爆炎までもがまるで繭のように『王道』号を包み行く手を阻もうとするがその程度でやられる軟な設計ではない事は既に先日の戦いで証明済みだ。

 場内を白い蒸気を吐き出しながら基準総重量三十万トンに及ぶ軌道要塞が走り始めるもそこから見える光景に皆一同驚愕した。

 東栄の街は建物一つに至るまで崩壊しておりそこからはまるでにじみ出るように炎がくすぶり息のある者達をジリジリと焼き殺していた。

「ひどい…」

「これじゃ…隊長は…」

 雛森は運転席から見える光景に驚愕した。然し以前にも同じような景色を見たことのある運転席の男はただ冷静に運転を司るだけだ。

 転てつ棒による切り替え装置を組み込んだ発条分岐点を切り替えながら幾つも渡ると板へと向かう北道本線へ向かう線路に我が身を移し始めた。

 渡線を渡る振動と車輪が線路を痛めつけるように継ぎ目を跨ぐ音が響きそれがやがて規則的な音へと収斂しようとしたその時だ。

 機関車が急ブレーキを掛け車輪と線路の踏面から火花を上げつつ慣性の法則に抗いながら線路と車輪の踏面から火花を散らし停車すべく藻掻き始めた。

「急にどうした!?」

「打ち子式ATSだ!恐らくどこかが…線路が!」

 雛森の視線の先にあるのは開かれた脱線転轍機だ。

「閉じないと!」

「陽菜だめ!外は危ない!」

 しかし脱線転轍機の周囲には同じく『王道』号を脱線させようとする大ア帝の降下猟兵が周囲を固めつつあった。

 しかしそこに一人の女性が銃を撃ち刃を振りかざしながら突っ込んで来る。

高田葵だ、護送の車が途中で破壊されそこから脱走、整備場に向かって来たのだ。

 刃を振りかざしながら銃弾を叩き込まれつつも転轍機に向かうその姿は鮮血の舞姫だ。

(ここで屈してはいけない!私がやらねば!)

 鮮血の舞姫は真っ赤になりながら欠損した四肢を無理やり添え木して転轍機を切り替えようとする群衆に刃を振りかざした。

「桐栄の邪魔、するなぁあああ!」

 大切な弟、桐栄に何も出来なかった自分はせめてここで活路を開くべきだ、その思いだけで短刀を振り上げ鮮血を散らしながら脱線転轍機を切り替えようとする者達に抗った。

 降下猟兵たちは葵に銃弾を浴びせるも刃を振るう彼女はそんなことに気後れはしなかった。全身を真っ赤な血で汚して行くもそれでも歩みを止めず脱線転轍機へと近づく。

 機関車の指揮室から桐栄の姿が見えた。

「助けないと…助けないと!」

「やめろ死ぬぞ!」

 宮原が桐栄を後ろから掴むと降車しようと階段から降りようとした桐栄を止めた。

その最中でも葵は刃を振りかざし返り血を浴びながら傷を負いつつ自らの最後の務めを果たそうと藻掻く。

 炎の色を鈍く反射する刀身が赤く染まりながら鍛鉄機への活路を開いていく。

 手足に銃弾が撃ち込まれ返り血と自らの流す血で白い軍服を重くじっとりと湿らせながら進んで行くと遂に転轍機に手を掛けた。

「ヴォオオオオオ!」

 軌間八〇〇〇ミリの戦略路線を切り替えるのに人力ではやはり大きな力が要る。

 彼女は自らが力むことで出血をし寿命が縮むことは分かっていた、それでも喪う事の恐ろしさと哀しさを母を犠牲にして知っている自分はせめて我が身を捧げる事でその贖罪をそして愛する弟や仲間たちの活路を開く人柱になろうとする。

 そうしてついに多量の血を撒き散らしながら転轍を切り替え線路が閉じた。

『王道』号の汽笛が鳴り響き彼女の横を轟音と共に機関車が通過する。

「放して!姉さん!姉さん!」

 しかし葵の顔は安堵に満たされていた。だがそれも直ぐに帳消しになる。

 まだ息のある敵兵が服を掴み再び転轍を開け脱線させようと画策、彼女の周りにまるでハイエナのように次々と群がって行く。

 敵の目的を読み意を決した彼女は懐に手を伸ばし手りゅう弾を確認した。

(桐栄、皆、どうか気を付けて。)

 彼女の瞳に宿る意思を桐栄が悟った瞬間、即座に手りゅう弾が出され所定の動作を終えると爆発、彼女を中心に全てが吹き飛んだ。

「姉さん、姉さぁあああああああああああん!!!!」

「脱出する!全速前進!」

 汽笛の音が鳴り響き解放されると動輪の回転数が再び上がり始め速度を上げて行く。

「止めて!嫌だ!ここで死ぬ!姉さんと死ぬ!死にたい!離して!」

「桐栄落ち着いて!」

「嫌だ!嫌だ!ねえさぁあああああん!」

 汽笛一声、『王道』号が通過し立ち上る煙の中を最後尾のヒサ100―戊―が後方警告灯を灯しながら汽笛の尾を引きつつ東栄より離脱していった。

 線路の傍には桐栄が来た日に撮られた白黒の写真が炎で焼き焦がされながら爆風と共に空へと散って行った。

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