第二話 戦う列車
「ふむ、なかなかの景色だ。これで国家主席様もカイザーへの顔が立つだろう。」
リン・シェーランが舌なめずりながら楓市の光景を見て狡猾な笑みを浮かべた。
対地砲撃を食らった楓の街はその家屋が徹底的に爆砕されており昇り上がる火の手が風に煽られながら火災旋風となって人々や建物を飲み込んでいく。
全方位で灼熱となった世界で一握の安堵を求め川や学校のプールに殺到するもそこすら熱湯になり果てているのだろう、飛び込んだ瞬間に焼かれるような熱さに身もだえしながら群衆に押しつぶされる宿命に身を委ねるだけだった。
旧大本営が武神山脈に敷設した線路を進みながら無差別砲撃を行う『前進』級に歯向かえる存在など彼等の視界には存在しない。
「敵の航空戦力は?」
「今現在、航空機と思われる反応はありません。」
リンの質問にレーダー兵が応えると胸中にあった懸案がゆっくりと萎んでいく。
「よろしい。では次の斉射に」
「電探に新たなる敵を確認!これは…軌道要塞です!」
「!?」
突如舞い込む不快な報告に顔を歪ませるもその現実は恐るべき速度で押し寄せている。
直径三〇〇〇ミリの大動輪を回転させながら姿を現した青藍色の機関車が前照灯で赤い闇を切り裂くように疾走、接近して来たのだ。
「撤退を進言します!シェーラン司令!」
「なに?」
新しい獲物を倒す機会を得たと思ったシェーランの期待感を裏切る様に一人の男が意見具申した。
「事態の進展が予定と大幅に違います。和国が唯一有する軌道要塞は同盟国オセアニアとの政治問題上表には出せないと言われた筈です。それを狙っての航空部隊は何処に?部下たちの死と更なる被害を防ぐためにもここは急いで撤退し」
「黙れ!」
シェーランのヒステリックな声と共にリュウが殴り倒されると口腔内を切ったのだろう、血液を数滴飛び散らしながら転倒、ほかの隊員が引き攣った眼でその光景の目撃者となった。
「貴様は私を侮辱した!上官たるこの私をだ!おい!こいつを階下の営倉に連れてけ!」
部下たちはシェーランの言葉で動こうとはしない、ようやく彼が「反国家罪」をちらつかせ動き始めると部下たちはリュウに申し訳なさそうに彼を階下へと連行しようとする。
「司令!」
しかしリュウの声は更なる暴打で強制的に終わらされると痛ましい表情を刻まれつつ彼は営倉へと連れていかれた。
「さてと!攻撃目標変更!接近する軌道要塞だ!」
彼の命令の下、仰角を降ろした砲身に装薬と砲弾がランマーによって装填、次々と尾栓を閉じて行き「〇号車、発射準備完了!」の伝令が錯綜する。
そんな彼の意思をくみ上げたかのように中山型装甲砲戦車両の全砲門の装填が完了、一両に二基搭載されている四八口径一二インチ連装砲がレーダーに合わせ旋回、狙いを定めつつ哀れな獅子を自身の戦果にしようと着々と準備を整えさせて行く。
電探上の軌道要塞の接近と地図を照らし合わせ攻撃基準点を絞ると「砲撃準備完了!敵基準点を通過!」の声が響いた。
「ってぇええ!」
基準点の通過を意味する言葉が飛ぶと彼の命令の下、砲塔内にある駐退機が装薬の爆発と共に一メートルほど後退、『前進』級三編成から発射された徹甲弾が次々と唸り音を上げながら迫り来る軌道要塞に殺到していく。
その数は三編成合計一二〇発を数えるほどだ。
有りっ丈の殺意を込めた徹底的な砲撃を前に『王道』号は装甲を突破されながら火花を上げつつ脱線、砂煙を上ながら横転しロッドを歪ませながら装甲能力が脱落し哀れな鉄塊へと変貌する、そんな姿を確信めいた心情を元手に脳裏に描き勝利を意味する報告を待った。
砲弾が機関車の正面装甲に火花を散らせたと思った直後に爆発炎が生まれまるで空間が吹き飛んだような錯覚を覚える。そこに更なる砲弾が襲い掛かり辺り一帯を巨大な一つの土柱とさせ軌道要塞を飲み込んだ。その最中にも行われる砲撃によって煙と鋭い光が瞬きの様に頻繁に明滅すると更に土砂を捲り上げて行き信号機やキロポストが破片となって吹き飛ばされていく。線路近辺にあった電柱も容赦なく巻き込まれ破壊されるだろう、軌道要塞だけでは無く文字通り空間そのものを吹き飛ばすような勢いで破壊が起きて行く。
「素晴らしい喜劇じゃないか!アハハハハハ!」
長くない時間で行われた有りっ丈の斉射を前に無事な奴などいない、そう考えながら死体を蹴り倒すべく「第二斉射準備。」を命じつつ覗き窓から双眼鏡で戦略路線を見詰めた。
「さてさて勘違いした豚はどうなって?」
舌なめずりしつつ双眼鏡を手に土煙が昇る空間からガラクタになった車体が姿をあらわすだろうと期待を宿らせつつも報告を待つも伝令されたのは真逆の内容であった。
「敵軌道要塞の反応を確認!速度変わらず!繰り返します!速度変わらず!」
「何を言って…ハ?」
そう言いながら双眼鏡越しに弾着地点を俯瞰するとそこに君臨するのは無傷の軌道要塞が全速で走る姿であった。直径三〇〇〇ミリの大動輪がシリンダーと主連棒を通じて秒速六四メートルで戦略路線を疾走する『王道』号の姿だ。
「あ、ありえないありえない!何やってんだお前ら!諸元修正!さっさと撃ち殺せ!早くしろ!」
一車体六つあるシリンダーが奏でるドレン音は連続した絶え間ない轟音と成って周囲を支配しており彼我の巨大列車は隙の無い地震の震源として君臨しつつ粉塵を巻き上げながら全速力で突っ込んで来る。被弾による被害と言えば塗装が若干剥げた程度のダメージだから全速力で疾走しても無問題であった。
電源車にある電気式ディーゼルエンジンからの給電により電動機を使った自動装填機構が徹甲弾と装薬をランマーにより別々に装填、一八インチ砲に詰められ、迅速に尾栓が閉じていく。
「そ、装填だ!早く攻撃しろ!敵は無傷だぞ!」
まるでそれを見せられたかのように感じる焦燥は自らが蛇に睨まれた蛙なのだと認識を齎した。そうしてリンは徹甲弾を何が何でも浴びせるべく再び急いで装填させる。
幸か不幸か敵は射撃のタイミングを定めていたのであろう、即座に砲撃が成される事は無かった。結果一六秒もの時間を要して装填を終えた『前身』級三編成は果敢に砲撃を行い六〇発の砲弾を飛ばして行く。火炎と共に一斉に放たれた徹甲弾が次々と高速で戦略路線を突き進む『王道』号に向かうが、暴徒鎮圧のための都市砲撃しか経験のない『前進』級には移動する軌道要塞への想定外かつ迅速な砲撃は荷が重過ぎる行動だった、発射される砲弾が機関車の合金装甲に弾かれたりあらぬ方向に落下し家屋のガラクタを吹き飛ばすなど性能の違いも含め次々と無駄弾丸に終わって行く。
「何やってんだウスノロ共!」
怒号のなか、各砲塔の第二砲身を使った第三斉射が行われる。
再び六〇発もの一二インチ砲弾が放たれ『王道』に殺到、車体の合金装甲に火花が乱立しながら弾かれた砲弾が線路の周囲で乱立しそれらの土砂豪雨のなかを全速で飛ばしながら砲戦準備へと入る。
その最中でも葵は冷静に状況を判断し次なる命令を下した。
「武神山脈との並走路線に入る!切り替え急げ!」
「了解!並走路線に入ります!」
陽菜が葵からの命令を復唱し操作盤を操ると機関車の六軸従台車の中央に装備された転てつ棒が線路中央に突き出された。すると分岐点手前にある受け子が押し倒されるように転てつ棒によって弾かれるとスプリング式分岐点が指定の方向へと切り替わりそこを『王道』号が轟音と振動、粉塵を伴って進入する。
瞬間、車両の進攻左側にある線路と車輪の踏めんから次々と火花が出現、まるでそれらを伴っているかのように並走路線へと進入しながら砲塔が旋回していく。武神山脈上の『前身』級に向けてまるで拳を突き上げるかのように砲身が仰角を掛けていくもその間に敵もまた装填を終え砲身に俯角を掛けながら第二斉射に移行、両者の火砲が睥睨しあう。
「撃ち殺せ!今がその時だ!」
「ってぇえ!」
雌雄を決すべく発射命令が出された。『前身』級の一二インチ一二〇発、『王道』号の一八インチ砲弾八〇発が空中ですれ違うと互いに自身が放つ衝撃波で僅かばかりの狂いを生じさせつつ敵を討つべく殺到する。
その直後、互いに一気に激震が走る。『王道』号には実に七〇発もの砲弾が直撃し編成を炎や煙で包んで行くと車内には金属らしからぬ重たい音が響き渡るがそこから来るであろうと構えた破滅とは一切無縁であった。
一方の『前進』級は最も上の線路を走る『勝利』号に大量に被弾した。
五六口径一八インチ砲による攻撃は『勝利』号の車両を次々と砲撃し蜂の巣へと変えていく。
むろん突破されただけで終わりではなく砲弾の遅動信管も起動し車内で一気に爆ぜていく光景はまるで急速に膨らんだ風船が火炎を伴って内部から破裂するような光景だ。
殺到した砲弾は機関車にも次々と貫通し装甲やボイラー、火室、その前に固定連結された総合指揮車両などが容赦なく吹き飛んでいく。
砲戦車両の車体装甲は次々と破孔を穿枯れささくれ立ちながら装甲が木っ端みじんに破壊、そして一気に連続的に爆ぜて行くと爆竹の如く装薬による強大な誘爆が起こった。砲塔が持ち上がり爆圧で車体が歪み台車がその反動で押しつぶされるよう歪みながらそれに耐えきれなかった軸受け箱が次々と折れて行き台車そのものを歪ませて行く。
一方の機関車はと言うと装甲を突破した徹甲弾がボイラーに飛び込み遅動信管により起爆、煙管どころか火室、煙突へと通ずる煤煙用煙路、さらにはシリンダーまでもが一斉に吹き飛び機関車中央にある運転室ならびに運転兵を炎で飲み込みながら丸ごと破裂するように吹き飛ばした。
そうして火花を上げながら角度を変えた車輪がフランジにより枕木に引っ掛かると車内に鋼鉄の凶器となって床下の薄い装甲と歪みかけた台枠の空間を突破、車内の兵士をひき肉にすると再び重力に負け枕木に落下、それにより『勝利』号に急制動が掛かった。
前方車両との連結器に想定外の急な引張負荷が瞬間的に掛かると自動連結器と電磁ブレーキ用ケーブルが千切れ機関車と数両の戦闘車両のみが炎と爆発炎を上げながら戦場から遁走する。
しかし脱線しながら惰性で走る後部車両にはへの字に曲がった車両が後ろから押されるようにバランスを突き崩し遂には斜面側へと転覆、車両を滑らせ始めると連結器を通じて芋づる式に落ち始め砂埃を上げながら斜面を滑り始めていく。
砲塔が吹き飛び車体が爆発で膨れる様に吹き飛ぶと砲身はバラバラになりながら落下していき斜面を転がり落ちて行く。
完膚なきまでに吹き飛ばされ変わり果てし『勝利』号は火災にあえぐ巨竜となりながら横転、斜面を滑り落ち始めると台車や吹き飛んだ砲塔さらにはその装填機を撒き散らしながら『建設』号に襲い掛かる。
「早くトンネルに!急げ!」
「了解!」
運転兵のいる運転室へスピーカーによって伝令が成されると直径二〇〇〇ミリの動輪を回転させながら頭上から襲い来る『建設』号から逃れるべく動輪を空転させながら速度をどうにかこうにか上げて行く。しかし『勝利』号が最上段の線路で最初に動き最初にやられたのが『建設』号の運の尽きだった。
列車の上甲板に燃え盛る車体が衝突、さらに横から吹き飛び一緒に滑り落ちる砲塔も追加で巨大な圧力がかかると本来の想定を逸脱した負荷が掛かったフランジは自身を線路上に留められ切れなくなると『建設』号は巻き込まれるように線路から外れ炎の蔦を纏い始めながら同じように斜面を滑り落ちる。
それを傍目に『前進』号の機関車が速度を上げながら防空トンネルに向かうも砂煙を上げながら滑り落ちて行く車両に対しては完全に後れを取ってしまった。
「早くしろ!防空トンネルに入れ!」
リンの放つ焦燥が運転室の司令用スピーカーに流れると運転兵は迅速な操作を行い機関車の速度を更に上げトンネルへ入ろうと足掻くも今度は「とまれ!早くしろ!」と命令され急制動を掛け破滅の運命から逃れようとした。しかし『前進』号の運命はすでに決していた。入口手前で機関車が煙を上げながら斜面を滑り落ちる機関車と総合指揮車輛がトンネル手前で衝突、さらに左側面から滑落してきた車両によって重量バランスが変化、弾かれるように『前進』号も滑落する。
進行左から押し寄せた圧力がフランジを歪ませながら『前進』号までもが線路から弾き飛ばされる。
総合指揮車輛内では絶叫が乱反射しながら兵士たちがぼて繰り回される。
車両は砲身や砲塔、レーダー用アンテナや果ては台車までをも撒き散らしながら斜面を滑り落ちつつ鉄の棺桶へと変貌、崩れ落ちて行った。
総合指揮車輛の階下の独房に押し入れられていたリュウもまたその惨状を体験しつつ眼前の監視兵が車体を突破した車両の連結器で上半身を吹き飛ばされた光景を見せつけられた瞬間、頭部を強打し意識が暗転した。
斜面から地面にかけては悲劇の語源となったかのような惨状が広がっていた。