1章9話:リヴを探して②
俺が飛べなくなったヘリから一歩踏み出して、感じた事は、
“人が居ていい環境じゃない。”
それのみだった。
空気は薄く、足場となる大地も地球のものとは全く違い、ドロっとした黒色に染まっており、それは人の体を踏んでいるような気持ち悪さがあった。
しかし街は東京そのままで、それも相まって気味の悪さを加速させていた。
「なんだ、この空間は?」
隣に千瑞さんが来る。そして、地を踏みしめて一言、
「この感触は……《惨滓》か」
「えぇ!?」
その一言に驚愕する俺とは対照的に、「どうして気付かん。」と言わんばかりに顔を傾げる千瑞さん。
「なんでだ?今まで、《惨滓》を踏んだことがないのか?」
「そんな経験があるのは千瑞さんとリヴぐらいじゃないんですか……?」
実際、そこまでアグレッシブに戦うのは千瑞さんやリヴぐらいだろう。
そこでふと思い出す。
「そう言えば、リヴの戦い方って千瑞さん譲りなんですね」
「どう言うことだ?」
「ほら、さっき黒いヒビの球を壊した時、俺を踏み台にしたやつ。あれ、リヴにもや
られたんですよ」
「あいつ、意外と私のこと参考にしているんだな」
関心関心と頷く千瑞さん。師弟愛とはこういうものなのだろうか。
「……さて、ちょっと無駄話が過ぎたか?」
千瑞さんが後方を見ると、《残滓》がさまざまな場所から湧き出していた。
「嘘だろ……ってか予兆みたいなのは!?」
「どうやら、ここじゃ予兆もなく湧くらしいな……」
「つまり、めちゃくちゃアウェーな環境だと?」
「そうだな」
ニコッと笑う千瑞さん。
ここは笑う場面じゃねえよ。
そんな会話を待ちきれなくなったのか、《残滓》たちが波のように一気に押し寄せてくる。
さながらゾンビ映画のようだ。
「マジかよ!」
ダッシュで逃げながらも後方に弾丸を放つが、効果はない。
目指すべき場所もわからない今、できることはただひたすら逃げることだけだ。
「……二手に別れるぞ」
一人で悩むような素振りを少し見せた後、千瑞さんがそう切り出した。
「マジで?」
急な提案に驚き、話し言葉で返してしまう。
「現状、仕方のないことだ。今二人でやられたら一巻の終わりだろう」
「でも、合流できないんじゃ……」
俺の発言を遮って千瑞さんが指を差したのは、真っ黒く聳え立つスカイツリーだった。
「あそこの下に集合だ。着いてもいないのなら待て」
「……わかった」
「よし。じゃあ次の交差点で左右に分かれるぞ」
そのまま二手に分かれると、《残滓》達も二手に分かれ、俺を追う数も半分ほどになった。しかし、《惨滓》の数が減っても逃げ切れるようになったわけではない。
「速い!」
速いだけでなく段々と、《惨滓》がその数を増やしていた。
数が増えるごとに俺との距離も狭まって行き、《惨滓》が手を伸ばせば届くほどの距離になった。
死に物狂いで逃げてきたがそろそろ限界が近い。
(……千瑞さんは生き延びてくれるといいな。)
そう思いながら足を止め、自分の命を投げ出そうとした瞬間、
「あなたの相棒は、そんなにすぐ生きるのを諦める方ではありませんでしたぞ?」
そんな声と共に、《惨滓》の動きが止まった。
「なっ!?一体誰が……」
「私ですな」
困惑する俺の横に現れたのは、見覚えのある袴姿の老人だった。
「アンタは……あ!あのリヴと行った神社の元神主!?」
「思い出すのが遅い人ですな」
「な、なんで元神主さんが?」
「都庁から呼び出しがあって来てみれば、空が大きく割れていまして……そこに飲み込まれて気づけばここにいたのです」
そして、《惨滓》から逃げ回る俺を見つけたらしい。
しかし、どうやらあのヒビは俺たち以外も見境なく飲み込んでいるようだ。
そこでふと、最悪の展開が頭をよぎる。
「元神主さんが飲み込まれたってことは、民間人も……」
これでもし、この世界に人々が来ているのならばたちまち大パニックだろう。
「いや、私たちが来た頃には民間人の避難は終わっていました」
その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす。
「あと一つよろしいでしょうか?」
「はい。なんですか?」
「元神主さんと呼ばれるのは、少し水臭く感じましてな。私の名前は濱 谷珠と申します。改めて、よろしくお願いします」
「あ、はい。よろしくお願いします」
急な畏まった挨拶に、少し困惑しつつも挨拶で返す。
「さて、私の封印もそろそろ限界ですな。では――トドメといきましょう」
そう言うと、谷珠さんの纏う空気が一瞬にして張り詰めた。そのまま袴の袖から数枚が縦に繋がったお札を取り出し、
「ハッ!」
という掛け声と共に、お札を刀のように変形させた。そのまま屈み、抜刀の構えを取ると――「シュッ」と紙特有の軽い擦れる音だけが鳴り、紙の刀が目前に広がる、《惨滓》の波を一刀両断、横一列に切り払った。
まさに神業だ。
「なっ……」
俺は、規格外の実力に呆気に取られていた。
「さて、ではいなくなったリヴさんを探すとしましょうか」
規格外の頼もしい味方ができた。