1章7話:過去から現代へ
「……まぁ、こんなところかな。」
昔話を終えたリヴは、丘の先の街並みを眺めていた。その瞳は、どこか寂しさを感じさせるような目をしていた。
「なんか、すまんな。」
「謝ることなんてないでしょ。私も、《惨滓》の被害者だっただけだよ。君と立場は同じさ。」
そう簡単に言っているが、大切だった両親やその思い出さえも奪われてしまった。さらにその仇と一心同体とは……俺とは被害のレベルが違う。
「てか、お前の体と心に、《惨滓》がいるってことなんだろう?」
「うん。」
「じゃ、じゃあお前は自分の体と心のこと、どう思ってるんだよ。」
「……恨んでる相手が自分の体みたいで、気持ち悪いね、正直。あ!あと勝手に口走る軽口!人間関係めっちゃ苦労したんだから。」
「そうか……」
無理に明るくしているようなリヴの様子に、頷きながらも俯かざるを得ない俺。
それでも言葉をかけようとした。が、
「この話はもうおしまい!悲劇のヒロインみたいで萌えるでしょ?そろそろ暗くなるし、帰ろう。」
そうリヴが話を切り上げてしまった。
帰りの車内でリヴと話すことはなく、沈黙の時間が小一時間ほど続いた。
気まずい空気の流れる中、ふと頭をよぎる疑問があった。
“《惨滓》はなぜ人の言葉を話せたのか“ だ。
俺の中の、《惨滓》の印象は、ただひたすらに人を襲う化物だ。生物として判別していいのかさえわからないし、言語を話したところなんて見たことがない。
そんな化け物が人と交渉なんてするのだろうか。リヴの時は何か特殊だったのではないのだろうか。
そんな考えが頭を巡る中、家に着いたため車は動きを止める。
「さ、降りて。」
リヴに促されるまま家に着いた途端、俺はソファに身を委ねる。
リヴの過去の話が思っていたより心に来たようで、ブルーな気持ちがひたすらに込み上げてきた。
その気持ちに身を任せ、何も考えずソファで寝そべっていると、だんだんと眠くなり、そのまま眠りに着いた。
次の朝、ジュッ、と何かを火にかける音で目覚めた。気づけば俺の体には、毛布がかけられていた。
キッチンの方を見れば、エプロン姿のリヴが鼻歌を歌いながら料理を作っていた。
「……おはよう。」
「おはよう。」
少し気まずそうに挨拶すれば、リヴから明るく挨拶が返ってきた。そのまま出来上がった朝食を並べてゆく。
その様子を眺めていると、
「ちょっとー、手伝ってよ。」
そう不機嫌そうに言われてしまった。そんな調子で朝食の準備を終えると、2人対面して机を囲み、食事を始める。
「……」
話すこともなく、黙りこくっていると、
「ねぇ、ちょっとこっち見てよ。」
リヴにそう話しかけられ、顔を上げると、
「優間はさ、優しすぎると思うんだ。今だってどうせ私のことを思って、心配して、話しかけずらくなっちゃってるんでしょ?」
自意識過剰かな、と照れくさそうにはにかんで続けた。
「でも、私は優間が思うほど弱くないよ。確かに家族のことは思い出せないし、思い出そうとすると心も頭も痛くなる。でも、それでも、私はその後の14年間を1人で生きてきた。だから大丈夫。心配しないで。」
「そう、か。」
リヴの心のこもった目で言われると、頷くしかなかった。
「さらにもう一個、安心して欲しい要素があるかな。」
「なんだ?」
「君が一緒にいることだよ。」
そう優しく微笑まれた。
「……よくそういうこと平気で言えるな。」
あまりの恥ずかしさに目を逸らす。
「いつも言えることじゃないからね。いいじゃない。」
リヴも頬を少し赤く染め、こんなこともう2度とないからな、と言わんばかりの顔で俺を見た。
「……」
「……」
数秒見つめ合って、
2人でぷはっ、と吹き出す。
少し笑い合って、改めて目が合うと、
「改めて、よろしくね。」
そう照れくさそうに笑うリヴに、見惚れてしまった。
「今日も仕事だよ。」
数時間後、いつも通り仕事に連れて行かれる。
数分歩いていると、たどり着いたのは駅だった。どうやら今日は車ではなく、電車を使うらしい。
改札を通り、電車に乗る。タタンタタン、とリズムを刻む振動に身を委ねていると、手に温かく、柔らかな感触がした。
「!?」
驚いてリヴの方を見れば、顔を赤くしながら俺の手を握っている。
「……ふ、福利厚生、だよ。」
なかなかの暴論な気がするが……
困惑していると、手がギリギリと握られた。
「痛い痛い痛い!」
「顔に出てる……!」
睨む顔は恥ずかしさからか、弱々しかった。
「まあ、今日はまだ時間があるし、もう少し握っててあげるよ。」
「ありがとな。」
今日はいつものツンデレの棘も、とても柔らかく感じられた。
そのまま同じ車両で電車に揺られて数時間、山々が見え、乗客が俺とリヴだけになった頃、異変が現れた。
電車がトンネルに入ろうとした瞬間、地面からドロっとしたものが溢れ出した。
「!?、リヴ!」
「わかってる!」
そのまま二人とも警戒し始めたものの、暗く周りが見えない。
辺りを警戒していると、リヴの方から銃撃音が響き、火花が暗闇の中で散る。
「リヴ!大丈夫か!」
呼びかけても応答はない。
そのまま車両がトンネルを抜けると、リヴの姿はなく、空中に小学生ほどの大きさの、《惨滓》が浮いていた。
「お前か!」
銃弾を放つが、瞬間移動のように消える。
残されたのは、俺と、リヴを守り切れなかった喪失感だけだった。
数時間後、目的地のはずだった駅で千瑞さんと落ち合う。
「リヴが消えた、ねぇ……」
俺から事情を聞いた千瑞さんは、面倒なことになった。と言わんばかりに頭を抱える。
「……」
心配からか、2人とも沈黙が続き、その日はそのまま解散することになった。
そのまま数日経ったある日、何もやる気が起きず、寝ていた。
リヴの近くにいれば、守れていたかもしれない。色々なたらればが頭をよぎり、無力感に駆られていると、通知音が鳴る。
「なんだ……?」
差出人の名前は、リヴだった。
「リヴ!?」
『私が連れて行かれてローな気分になっているだろうけど、とりあえず助けに来て。』
内容はそれだけだった。それでもリヴらしさと共に安心感があった。
仕方ないな、と重い腰を上げる。
ゆっくりながらも準備を終えると、俺は千瑞さんへの元へと向かった。