93話:話し合い3
話し合いの場はウォーラスに移す。
それが少し頭が回るようになったサリアンが出した答えだ。
(俺一人でどうにかできるわけねぇんだよ)
相手は弱っているとはいえ、亡霊令嬢と魔王だ。
少女の姿をしていても、人間には荷が重い。
人外の黒猫と白鴉もいるが、味方ではない。
求めれば手助けや助言はくれるが、根本的に亡霊令嬢の行動を抑止せず見守る姿勢を崩さないのだ。
良く言えば保護者。
悪く言えばただの傍観者だった。
サリアンは協力者を求めていた。
だが魔王はウォーラス息に不満をにじませる。
「森を行くのだろう? いやだ」
「虫が怖くて歩けないって魔王の台詞か」
つい思ったそのままを口にする。
途端にサリアンの目の前で、尖り異形になった爪が動きを止めた。
それを指先で止めているのはアンドリエイラだ。
爪の狙いはサリアンの額、脳天。
「台所で食材以外の血を流さないでちょうだい」
「安心しろ。ちょっと頭の中を弄って私への敬服の念を植え付けるだけだ」
「それ、私もしようと思ったことあるけれど、たぶん面白くないわよ」
「あるのかよ!?」
サリアンは状況も忘れて叫ぶ。
声には嫌悪や恐怖、驚きなどが入り乱れていた。
(こいつら、話し合いの余地もねぇのかよ!?)
サリアンの中で、よりウォーラスへと連れて行かなければならないという切迫が生まれる。
その上で言動には気をつけなければならないことも肝に銘じた。
「…………ウォーラスに行けば、俺の仲間が虫除けの薬を作れる。それに、お嬢が本気で争いに興味がないことも証明できる。あとは、教会の神か。なんか神核とか言うのもらった奴も、関わらないって言質でも取れれば安心するんじゃないのか?」
例を挙げて、サリアンは余計なことを言わず説得を試みる。
魔王も爪をおさめて、検討姿勢に入った。
アンドリエイラはサリアンの言葉に反応を示す。
「薬って、ホリーの? あれ、常にほしいのだけれど。ホリーに作るように言ってくれない?」
「即効性のはその場で作って使うもんだ。保存きく奴は四半刻焚いとかないとだめだぞ」
アンドリエイラも効果は見ているため欲しがったが、持ち歩きには向かないと聞いて断念する。
その上でほしがる姿に魔王も興味を引かれた。
「ふむ、薬か。そういう小手先の技など必要もないから見当もしなかったが、虫けらには効くのか」
「たいていの虫は寒いと動き鈍くなって出てこないから、森を行く間はお嬢に冷気でも発してもらえば問題はないはずだ」
「しょうがないわね。オーブンも見せたいし、それで行きましょう」
アンドリエイラのほうが請け負うと、魔王も不服そうながら椅子を立つ。
その上でサリアンは、魔王の姿を頭からつま先まで見た。
「あー、その角やら羽根やらは隠せ足りしないか?」
「面倒だ」
バッサリ断るが、人間の中では悪目立ちしかしない。
サリアンは考えて、言葉を選んだ。
「そういうものなのか? お嬢が普通に人間のふりしてるから、簡単なもんだとばかり。魔王が擬態なんて、やる必要もないからだろうな。慣れないことしろってのも難しいか」
アンドリエイラができるのにという含意を聞き取って、魔王はむっとする。
「面倒だと言ったのだ。難しいわけがないだろう。私とて簡単にできる」
控えめな挑発に乗った魔王が、目立つ人外要素は小さくし始めた。
角は髪の中に隠れるほどとなり、尻尾はや羽根は服の中に隠れていく。
完全に見た目だけはただの少女となった魔王に、アンドリエイラはダメ出しをした。
「あら、魔力も抑えないと。これには魔力の操作が必要なのだけれど、できるかしら?」
「わかっている。それくらいできるわ!」
魔王さらに威圧的な気配も消して、平らな胸を張って見せる。
サリアンは二人に気づかれないよう、腰だめで強く拳を握りしめた。
黒猫と白鴉は気づいていたが、言わない程度のいたわりの心はあり、見ないふりのまま話を進める。
「俺は館の修復を続けるぞ」
「ここ片づけはしておいてやるよ」
そんな黒猫と白鴉の見送りを受けて、サリアンたちは森を抜けた。
途中、霜が降りるほど冷やされてサリアンが文句を言いつつ、少女二人を引き連れた状態で、ウォーラスへと戻る。
そして向かったのはもちろん教会。
「くはぁ…………!?」
「「ルイス!?」」
教会に入り、聖堂の扉を開ける際に、魔王が指を弾くのをサリアンは見た。
そして入いれば、吐血して倒れるルイス。
心配するヴァンとホリーをみて、サリアンも張り直した結界を魔王が割ったことを知る。
「結界あると入れないとか?」
「いや、不快なだけだ」
「いちいちやってたら切りないわよ?」
こともなげに言う魔王に、アンドリエイラが助言とも言えない不穏な言葉を送った。
(一応、ルイスの結界効いてたのか)
不快を明言したことで、サリアンもルイスの結界が効力を持つことを実感する。
ただ当のルイスは胸を押さえて床に沈んでいるが。
ヴァンに抱えられてホリーに手当されながら、聖堂に椅子に寝かされていた。
「他の奴らどうした、ヴァン?」
「一回帰るって。魔王が噂になってないか調べるってことも言ってた」
ホリーはルイスの脈を取りながら、半ば怒ったように容体を告げる。
「せっかくさっき立ち歩けるくらいに回復したのに」
本日二度目の結界破壊に、ルイスは血を拭う余力もなく横たわる。
(いや、違うな。あいつこっち見やがった)
サリアンは、その目が確実に魔王を捉えたことに気づいた。
意識がないふりをして関わらないよう逃げているルイスの狸寝入りに気づいたのだ。
無言で近づいたサリアンは、さらに無言でルイスの額を叩いた。
(起こすな! 巻き込むな!)
(起きろ! 手伝え!)
声に出さずとも噛み合う心中。
だが、ルイスもサリアンの幼馴染み。
その意図を過たず察しているからこそ、頑として起きなかった。
実際内臓へのダメージで体力が削られているのは事実なのだ。
サリアンも額に二発目の平手を入れた後は、妹分のホリーに叱られ、それ以上無理強いもできない。
連れて来た少女二人を放っても置けず、サリアンも今いるヴァンとホリーに説明しようと口を開く。
「あー、まずは」
ただ言いかけたところで足音が立った。
見ればモートン、ウル、カーランの三人が聖堂の扉から駆けこんでくる。
「どうした? また結界が消えているぞ!」
「あれ、女の子が増えてる、かわー…………あ」
「待て、なんだその反応? それにお嬢と並ぶ、少女だと?」
何かを勘づいたウルの様子に、商人として察しのいいカーランも気づく。
サリアンはすぐさま走って聖堂の扉を閉めた。
その上で、耳を塞がれる前に目の前の事実を突きつける。
「おう、話し合いのために魔王を連れて来た」
「うむ、苦しゅうない。擬態をしている故、貴様らも気づかぬのは当たり前である。故に子の王たる我に直言を許そう」
魔王は偉そうに宣言した。
強いられた擬態だが、機能しているとなれば悪くない反応だと口の端を上げている。
その様子に気を抜いたサリアンは、肩が抜けるほどの勢いで腕を引かれた。
「「「どういうことだ!?」」」
「「何考えてるの!?」」
冒険者たちは言うや、サリアンを軽くだが殴る蹴るの暴行。
さりげなく混じるルイスを睨みつつ、サリアンは状況を伝えることにして、先に人間同士の話し合いに入ったのだった。
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