9話:田舎で家を得る4
アンドリエイラはウォーラスの町にある幽霊屋敷を制圧した。
除霊でも浄化でもなく、制圧だ。
幽霊屋敷を縄張りにしていた悪霊は、死霊としての強さでアンドリエイラに負けた。
つまり、状況的に幽霊屋敷が幽霊屋敷であることは変わらない。
悪霊が住み着いていたか、魔物さえも従えるリビングデッドが住むかの違いである。
「ばっかじゃないの!? サリアン! お前何連れてきてるんだ!」
ルイスが渾身の怒声を放った。
しかし儚げな見た目どおりの体力しかなく、怒声一つで肩で息をする。
サリアンはアンドリエイラの正体が聖職者二人に露見したことで、昨日の顛末を話した。
結果アンドリエイラに集まるのは恐怖を孕んだ視線。
それを受けてアンドリエイラ自身は満足げに顎を逸らす。
(上位者として畏怖と畏敬を抱かれるのは悪くないわ)
そんなアンドリエイラの反応に、困惑も多分に混じっているが気にせず。
勘の鋭いウルに、相方のモートンが確認した。
「ウル、どう見る?」
「絶対無理!」
断言に全員が諦める。
様子の変化にアンドリエイラはサリアンに聞いた。
「あら、どういうことかしら?」
「このウルは異常に危機察知能力が高いんだ。いつもなら一番に逃げる。お嬢が力弱めてるから今回は逃げなかったんだろ。だが、正体を知った今は別だ。それが逃げることさえ諦めてるんだ。絶対無理ってのはそういう意味。俺らは逃げることもできない」
「ふふん、私の偉大さがわかるのね。だったらそこの聖職者のモートン? あなたも無駄なことはおやめなさい」
胸に手を当てて誇るアンドリエイラは、モートンに余裕の笑みを向けた。
聖水を取り出そうとしている様子はわかっていたのだ。
それを聞いて、ルイスもモートンを止める。
「本当に森の主だと言うなら、この子の浄化なんてあの森を根こそぎ掘り起こすようなものだろうね」
ルイスが徒労を伝えるその例えは、人間一人が行うには無謀というほかない抵抗。
「いや、ちょっと正気か!? 魔物に仲間の情報売るって!」
「本当に何してるんですか!? 何して来たんですか!?」
「いや、森の館で害虫駆除を…………」
ヴァンとホリーに、ウルのことを教えたことを責められ、サリアンは思い出したように幽霊屋敷を見る。
「人住んでないならたぶんいるよな、ゴキブリ」
サリアンが言うと同時に、玄関扉の前を黒く長い触覚の害虫が横切る。
「「「きゃー!?」」」
叫んだのはその場の女性三人。
ウルはモートンを盾に押し出す。
ホリーも逃げてモートンの背中にぴったりと張り付いた。
アンドリエイラもつられてモートンの背中へと飛んで隠れる。
甲高い叫びをすぐ側で浴びせられたモートンは迷惑顔。
だが怯える女性を無碍に扱うこともせず不動で耐える。
「話すなら場所を変えるわよ! いつまでも女性を立たせているなんて無礼よ!」
適当なことを言うアンドリエイラに、ウルもホリーも激しく頷く。
「まぁ、もうここに用はないしな。教会に戻るぞ」
「ちょっと、サリアン? もしかしなくても俺たちを巻き込むためだろそれ」
つき合いの長いルイスが、サリアンの魂胆を見抜いた。
「何、住んでた屋敷壊れたのを修繕する間、住む所欲しいっていうから町に案内しただけだ」
「それでアンデットを連れ込むって。俺たちどころか町全部巻き込みに来てる!?」
ヴァンも被害の大きさを察して声を上げる。
しかし聞かずにサリアンは教会へ足を動かした。
女性陣に押されてモートンも続き、ルイスとヴァンは顔を見合わせながらも着いて行くしかない。
その間に、アンドリエイラは屋敷に念波を送って悪霊へと命令を下していた。
(その屋敷から黒い悪魔を排除なさい!)
幽霊屋敷の悪霊は、窓から嫌そうな顔を露わにする。
悪霊も女性であり、ゴキブリの相手などしたくないのだ。
しかし上位者からの絶対命令。
ウォーラスの町の幽霊屋敷の悪霊は、渋々ゴキブリを追う日々を送ることになった。
「はぁ、ここには黒い悪魔はいないわよね?」
「教会でなんてことをいうんだ」
モートンが呆れるが、ウルはもっと別の問題に疑問を呈す。
「虫は何処にでもいるものだけど。ここだとお嬢が寛いでるほうがおかしくない?」
アンドリエイラが不死者と言われる魔物であることはわかっているので、全員の視線が教会の牧師へと集まった。
「やっぱり似非?」
「ルイスだから」
ヴァンとホリーから、あらぬ疑いをかけられる聖職者のルイスは声を上げた。
「俺の結界はちゃんと機能してますぅ! けど腰の高さの柵で猪や狼はよけられても、人間が越えるの止められないのと一緒! 結界の性質上範囲外の大物なの!」
「そう言えば、お嬢。あの自分を封印する魔法はどうなってんだ?」
サリアンから見ても高度な魔法で、ルイスの感知からも逃れた。
見た限り封印とわかるが、それ以上の術理はわからない。
ただ確かに効果があるのは、前段階を見ているからこそわかる。
サリアンは、二回発動した封印の結果、アンドリエイラから圧が確実に弱まってることを感じていた。
しかし他はそんなことは知らない。
「自分を封印? そんなこと本当にできるのか? だが、自らを自らで封印していても、本当に力が抑えられているか疑わしいな」
「せめて条件付けをしてくれないと、封印の意味もないんじゃない? 結局術者自身なら任意に封印の効果切れてちゃ意味もないし」
モートンとルイスが揃って懸念を口にする。
「あらあら、怖がりね。でもいいわ。弱さを自覚しているその健気さを汲んであげましょう」
アンドリエイラは怖がられることさえ誇らしげに言って、手動かした。
人間では理解できない方法で魔法をくみ上げる高等技術をいとも簡単に行う。
その末に無から一つの腕輪を生み出した。
赤銅、白銀、黄金の三つの輪が連なったような形の腕輪だ。
表面には精緻な彫刻が施され繊細さが少女の細い手首に映える。
「私の余剰な魔力を練り合わせて作ったわ。これが外れたら封印解除」
アンドリエイラは森と、教会前、そして今条件付けの封印という魔法を重ねて一つに。
「わかりやすいでしょ?」
そう言って腕輪をつけた細い手首を見せる。
ただヴァンは魔法にも造詣がないため首を捻った。
「つまり、その腕輪どういうこと? サリアン」
「例えばここで、ルイスの奴が弱ってると思って攻撃するだろ?」
「しませんー」
「たとえだ、ばか」
ルイスと言い合ってサリアンは続ける。
「攻撃が通る。すると封印が解ける。そしたらまず自分で封印を解くために腕輪をはずすっていう動作を必要とする強制力が消える」
「え、それはつまり…………侮るだけ相手に有利になるんじゃ?」
ホリーが言うとおり、攻撃するだけアンドリエイラを弱める封印が解かれる形。
「そんなつまらないことはしないわ。けど、この腕輪の三重の封印を解いたら、私は本来の力を振るうかもしれないわね」
サリアン以外本来の力など知らないが、それでもドレス姿で魔物の住む森から出てきたという事実だけで異常だ。
(わかりやすい手枷なんて。それだけ私のすごさをわかってるってことよね。うんうん)
アンドリエイラはいっそ上機嫌に腕輪を撫でる。
久しぶりの交流に躁状態でもあるのだ。
「心配だというのなら世話をしてくれてよくってよ。私も世情には疎いもの。ここも村ではなくなっているし、今のことについて教えてちょうだい」
「え、じゃあその古臭い服やめたほうがいいよ」
高揚していたアンドリエイラに、ヴァンが遠慮なく気になっていたことを指摘した。
あまりの無邪気さに全員が固まる。
そして服装を貶されたアンドリエイラは、顔を真っ赤にして、封印の腕輪が内側から軋みを上げる音が高い教会の天井に響いたのだった。
明日更新
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