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89話:魔王襲来4

 二百年前、世界を恐怖に陥れた魔王は氷雪の女王と現在に伝わっている。

 北の僻地に魔物の国を築き、北で一番の勢力を誇る人間の王国と戦った。

 その北の王国を抜かれることを恐れて、周辺国も援助し、人間たちは力を合わせて魔王の横暴に立ち向かったのだと。


 しかし強力な魔王に人々は脅かされ続け弱っていく。

 そこに、とある理由で国を離れていた王族が神の導きで戻り、勇者になった。

 そこから魔王討伐の仲間が集い、魔王と勇者の戦いが始まる。

 その裏で魔物の国と北の王国との戦争も佳境を迎えた。


「結果として、勇者は命がけで魔王討伐。だが、氷雪の女王の呪いで北の王国も滅んだって」

「ちっがーう! 何もかも違うぞ!? 死にたいのか人間!?」

「待てまてまて! 俺じゃない! 俺はそう聞いたってだけだ!」


 二百年前の魔王について語ったサリアン。

 それを否定するのは当の本人であると名乗る魔王の少女。


 赤みのある金髪と同じ色の瞳を持ち、迅雷を放ち、性状は苛烈。


(まぁ、話に聞くイメージとはだいぶ違うよな)


 サリアンは改めて魔王を見て、ひとり頷く。

 女王というのは性格上想像もつくが、氷雪という言葉から想像できるイメージはない。


「もう、自分で封印後に何があったかを話せと言っておいて」


 アンドリエイラは魔王の癇癪に呆れた様子で言葉を向ける。

 ただアンドリエイラも二百年のひきこもりで、封印後に北の王国が滅んだことくらいしか知らなかった。

 そのためサリアンに丸投げしたのだ。


 魔王はアンドリエイラが神核を砕いて捨てたと聞いて、あまりの蛮行に怒りも冷めた。

 というよりも、あまりに価値観の違いに気づいて、文句すらいうだけ無駄と悟ったのだ。


「それにしても、今そんな話になってるのねぇ? どうしてあなた氷雪の女王なんて呼ばれてるのよ」


 二百年のひきこもりアンドリエイラも違和感を覚えるが、魔王は指を突きつけた。


「どう! 考えても! 貴様のせいではないか!」

「あ、そういうことか」


 魔王の文句にサリアンも思い当たり納得する。

 その反応に魔王はサリアンに向けて、アンドリエイラの察しの悪さを訴えた。


「何故氷漬けにした本人がわからん顔をしているのだ!?」

「お、俺に聞かれても! それだけもう興味もない話なんだろ!」


 少女とは言え魔王。

 サリアンは抵抗するように声を強くする。


 その上で、二百年前に生まれてもいないサリアンにもわかる。


「もしかしなくても、その北の王国滅ぼしたの、お嬢なんだな?」

「あら、国なんて滅ぼしてないわ。祀る神を殺して、力が及ぶ範囲の命を停止させたのよ」


 とんでもないことを言ってのける。

 しかし逆に神を殺した以外に何をしたか、サリアンには想像できなかった。


(何かしたのは確かなんだな)


 その程度の認識だ。

 しかし当事者に片足を入れている魔王は絶句。

 さらには今なお命尽きて北で凍り付いた無人の王国の残骸を知る故に行った非道の無為さもまた、痛感させられた。


「命の、停止…………? なんということを。まさかそれだけのことをしておいて、その命すら何一つ糧にはしていない? だから二百年前から強くもなっていないと?」

「あんな恩知らずども食う価値もないわ」


 冷え冷えとした声で返すアンドリエイラは、まるで道端の虫を食べろとでも言われたような嫌悪さえ浮かべた。


 しかし魔王からすれば命は糧であり、それをただ殺すだけというのは無意味に過ぎる。

 その上人という信仰を抱える命を数万単位で浪費したのだ。

 神核を砕くに次ぐほどのもったいない所業といえた。


「貴様が二百年も放置されていた理由がわかった」

「放置? 違うわ。私が相手にしなかっただけよ」


 脱力と驚きで、いっそ魔王は後悔を滲ませる。

 けれど逆にアンドリエイラは素っ気なく顔を逸らした。


 サリアンも、アンドリエイラから滲む感情に眉を顰める。


(こりゃ、興味がないなんて話じゃないな。不愉快で話したくもないってことか)


 触らないこと決めるサリアンだが、魔王はその話をしに来ていた。

 話をさせると今度はアンドリエイラが腹を立てて何をするかわからない。


 サリアンは仕方なく、話を主導することにした。


「えーと、北の王国滅ぼしたのはお嬢で、今も氷漬けって伝説もお嬢のせいなんだな?」

「そうだ! アンデッドの呪いのせいで生者が近寄らぬ。そのせいで二百年をかけて復活し、力を蓄えようとしたというのに糧にできる者もおらずに! このような姿でいなければならず…………!」


 魔王は二百年前に勇者により封印されたが、自力で復活。

 しかし周囲は死の雪原と化しており、弱っているところに、糧もない。

 復活しても弱って死にそうなほどだったと、魔王は少女らしい細い指を握りしめて拳を震わせた。


「どれだけ頑張ったことか!」


 魔王は荒れた城の復旧や、散り散りになった魔人の再統率を力説するが、アンドリエイラは興味なし。

 それが余計に火を点けた。


「四天王という体裁を整えるのでさえ、この身の回復と同時に下準備からどれだけ困難を極めたかわからないのか!?」

「えー? あの程度で?」

「私の下につく者が私よりも強いとでも思ったか!?」


 アンドリエイラの侮る言葉に魔王は激高するが、訴える内容が身もふたもない。


「おいおい」


 サリアンも呆れるほど、四天王の扱いが思いの外軽かった。


 ただアンドリエイラも、責められるばかりではいない。


「あなたが魔王を名乗ることに執心しすぎたのでしょう。そのせいで質が悪すぎた、早すぎたのよ」

「馬鹿者! 古参と新進気鋭を屠っておいて!」


 魔王は倒された四天王を貶されてさらに怒りを叫ぶが、サリアンは気になり確認した。


「ちなみに、ここの結界ぶち抜いたほうが新進気鋭?」


 正直、虫の四天王のほうは遠目に見ただけでなんとも言えないが、この館に乗り込んできた四天王であれば若さを感じる荒々しさを覚えていた。


「そうだ小生意気な若者だが、あの北の大地で燃え盛る意気があった。だからこそこれから調教をする予定だったのに!」

「おいおい」


 サリアンが思わず突っ込む、魔王も人聞きが悪いことを察して言い直す。


「間違えた。教育だ」


 それにアンドリエイラは眉を上げてみせた。


「躾じゃないの? 名乗りもしない無礼者を送り込んでくるなんて」

「違う、送り込んだわけではない。あれはあやつが逸ったせいだ。神から譲り受けた結界破りで調子づいた。ひびを入れるだけで戻るはずが、同じ四天王が倒されたことで自らが頭角を現すべきだとでも欲を掻いたのだろう」


 魔王は確かに四天王の性状を理解した上で、溜め息を吐く。

 サリアンは魔王も、四天王の暴走は理解してると見て、首を横に振った。


「つまり、あの虫の四天王がやられてるのわかってたんだろ? だったら神も逃げ出すあの炎見て、なんで若い魔人は勝てると思ったんだよ」

「そこは私にもわからん。もしかしたら当人は見ていないのかもしれん」


 魔王からしても無謀に過ぎた若手の暴走だ。

 それを聞いたアンドリエイラは、古参だという虫型の魔人について口にした。


「見ていないが正解かしら。抵抗する暇も与えなかったもの。ちょっとブンブン逃げたけれど」

「あれじゃねぇか? お嬢でも自分の家で無茶しねぇと高をくくったとか」


 サリアンの想像に、アンドリエイラと魔王はそれだと息を呑む。


 ただ四天王の予想は外れていなかったが、当たりもしなかった。

 何故なら手を下したのは黒猫のゲイルであり、修復中の館を壊したことで怒りを買ったのが原因だ。


「…………この人間はいいな」


 突然呟いた魔王に、サリアンは意味わからずそちらを見る。

 言葉の意味に遅れて反応したが、それより早くアンドリエイラが言った。


「私のおもちゃよ!」

「違うが!?」


 サリアンは人間としての尊厳をかけて腹の底から否定する。

 しかしそんなこと聞いていない人外少女二人は無言でにらみ合いを始めていた。


定期更新

次回:魔王襲来5

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