83話:ご機嫌伺い3
アンドリエイラは、ホリー、ウル、モートンをお供に町で買い物に出かけた。
最初に向かったのは冒険者が利用するような店。
店内に入って、アンドリエイラは眉を上げる。
「ずいぶんごちゃごちゃとした店ね。売り物に統一性がないわ」
「ここで、冒険者するのに必要なだいたいの一式揃うからね」
ウルは当たり前のように答えた。
モートンとホリーも、そういう店だということを説明するために手近な商品を指差す。
「防具だけでも頭から足先まである。戦士と魔法使いで区別もされているから物は多い」
「品数が多い分、場所を取るのは仕方がないですし。共通で使える小物もありますよ」
アンドリエイラはお気に召さず、中へ進もうとはしない。
平民の感覚では狭いだけの店内だが、令嬢の感覚からすれば、客を座らせる椅子もないという無礼な店だった。
前提が違いすぎて、冒険者たちも何が気に食わないのかがわからない。
中でも生まれだけは高いモートンが、女性陣に押し出されてアンドリエイラに聞く。
「こうした店に来たことはないのか? その、長いだろう?」
濁すのは年齢の話。
女性への気遣いか、魔物が町にいることへの配慮か。
そんなモートンに、アンドリエイラは気にせず応じた。
「自分の買い物できたことはないわ。そもそも必要ないもの」
必用なら相応に求める品質の店へと向かう。
それは耐久力や防御力など必要ないからこそだ。
アンドリエイラ自身を超える防具はないとわかっているからこそ、肌触りや丁寧な仕事を重視して高品質なものを求める。
ただそれでは冒険者らしくはならない。
ウルとホリーは、オーブンを点検する時間稼ぎもあって、あれこれ言葉を選ぶ。
「お嬢、少しはそれらしくしたほうが楽しめるかもよ?」
「たまには趣向を変えるというのはどうでしょうか?」
進まないアンドリエイラの元へ、商品を運んで勧めることもした。
ホリーは魔法使いのローブを手に、訴える。
「魔法使いであれば無理に鎧をつける必要はありません。こうした戦闘に耐えるスタイルを見るためにも少し入りませんか?」
「確かにそもそも冒険者の区分もわかっていなさそうだしな」
モートンは、冒険者にも前衛や後衛がいるという基本を語る。
それに合わせた装備や戦闘スタイルがあり、それ専用の道具を揃えた店もあることを伝えた。
「ここは一通り見れるから、お嬢がこういう方向性なら許容っての教えてほしいんだけど」
ウルはデザイン性の高い革の小手を、アンドリエイラの目の前で振って誘う。
「あら、刺繍がしてあるだなんてしゃれてるじゃない」
「まぁねー。こういうのは消耗品だから、あんまり好まれないけど」
実用性や防御性よりもデザインを重視すると、金がかかる。
そんな冒険者は、同じ仕事の者からは命を預けられないと倦厭されるのだ。
もちろんお洒落でする者もいるが、冒険者にはその日暮らしが多いので、大抵デザインを気にするのは道楽者だった。
ただアンドリエイラはそのまま道楽で冒険者をやっている。
実力が伴っているだけで、その本質は変わらない。
そのためウルの提案にも、他人の評価など気にせず一歩店内へと進んだ。
「そう、こういうのもありなのね。ふーん、皮の加工だけさせて自分で刺繍したほうが楽しそうじゃない」
「あの、革に刺繍なんて、針じゃなくて目打ちが必要な力作業…………はいいんでした」
ホリーが忠告するように、皮は固くしなやかで、だからこそ防具にも使われる。
その分加工するには専用の職人が存在する。
何より技術と力が必要となる加工だ。
そこに刺繍をするなど無駄な労力で、本来なら女性では力が足りない作業になる。
だが、アンデッドのアンドリエイラなら、力自慢の人間程度なら、赤子の手をひねるようにあしらえる人外の怪力がある。
ホリーもなんの忠告にはならないと口を閉じた。
「けど臭いがどうにかならないかしら?」
革製品が並ぶ棚の前でアンドリエイラが呟くと、ウルが笑って首を振る。
「それは無理だねぇ。皮そのものが匂うし、加工のための薬剤は刺激臭だし」
「じゃあ、嫌だわ。気になってしょうがないもの。ウルはどうしているの?」
「ウルは匂いのある蝋を塗っているな。それだけだときついが、革の強い匂いに対抗するにはそれくらいが必要らしい」
仲間のモートンが、装備の手入れの際に見たのか応えた。
ひと手間で緩和できると聞いて、アンドリエイラも考える。
「手入れのついでにできるならありかしら。他には? 扱いやすいのは布でしょう」
その問いにはホリーが応じて、魔法使いの装備の辺りへと案内した。
「毛皮もありますけど、やはり臭いがしますし。ローブは昔ながらのものもあります」
「どうせなら新しいものがいいわ」
古めかしいドレスを最初脱ぎたがらなかったのに、アンドリエイラは慣れて全く逆の主張をする。
モートンは男女兼用の棚から商品を見せた。
「ローブもだが、マントもどうだ。ケープよりそれらしく見えるはずだが」
適当に手にして見せるマントは茶色。
さすがにアンドリエイラの表情が思わしくないと見て、モートンは別のマントを出した。
そして代わりに見せたのはくすんだ緑で、森では実用的なものだ。
ただアンドリエイラのお眼鏡にはかなわず、ひと言で切り捨てられる。
「ださい」
しかもウルとホリーまで、アンドリエイラに頷いた。
「そこ、流行に遅れた投げ売りのもの詰められてる棚だよ」
「色がくすんでいますし、それに毛織が厚いので女の子には重いんですよ」
モートンはもう何も言わず、マントを丁寧に畳んで棚に戻した。
容赦ないダメ出しに落ち込んでいるのだが、ただ顔が怖い。
そのせいで、売り込みのチャンスを窺っていた店員は逃げる。
他にいた客も足早に店の外へと去っていった。
途端に自分たち以外がいなくなった寂しい店内を見て、アンドリエイラは呟く。
「可哀想になって来たわ」
「同情はいらない」
モートンは地味に落ち込み、怖い顔と大きな図体で小さくなった。
ウォーラスでは周囲が見慣れて大袈裟な反応はされないが、あまり出入りしない町だと、その強面で人が散る。
慣れた相棒のウルは、笑ってとんでもない失敗談を暴露し始めた。
「ウォーラスに来る前は、ギルドに身分証出したら背のりだろって言われて、尋問されたこともあるんだよ。けど尋問する職員のほうがこういう顔したモートンにビビっちゃって」
「背のり? それはなぁに?」
「あぁ、お嬢は聞いたことないですよね。他人の身分を奪って成り代わることです」
アンドリエイラが聞き覚えのない言葉を繰り返せば、ホリーが応じる。
つまり他の神官の身分証を悪用していると思われて、モートンは神官であるということをそもそも信じてもらえなかったのだ。
ホリーはさらに溜め息を吐いて、同情する。
「ウォーラスの教会で助けていただけて、本当に感謝しています。ですが、そこまでしてくださるなら他の町でも重宝されたと思っていたんですけど、まさか背のりを疑われるなんて」
「そこの事情はさすがに読めるわ。顔が怖くてそもそも奉仕を受け入れるような神経の図太いルイスのような相手が、他の教会にはいなかったのね」
アンドリエイラの指摘にホリーもウルも頷く。
ルイスは使えるなら亡霊令嬢も使う輩だ。
顔が怖いくらいで、モートンという無料の労働力を突っぱねることはしない。
ただそれらを聞いていたモートンは、壁に手を突いてうなだれてしまった。
「同情は、しなくていい。だが、ひとの不幸を広めるのはやめてくれ…………」
「あら、そんなに気にしてたのね。真面目なモートンになら少しくらい、私だって労いをあげてもいいわよ?」
アンドリエイラは報われなさを哀れみ、少し考えると手を打つ。
「あぁ、あなたに加護を与えている神でも引き摺って来て目の前に…………」
「やめてくれ!」
心底拒否するモートンは、さらに険しく怖い顔になっていた。
アンドリエイラとしては善意だったが、心から拒否する意図は通じる。
その上で、モートンは自分の信仰は自分で果たさなければならないのだと説得し、他力本願ではいけないのだと聖職者らしく語った。
何故か装備品を買う店で軽く説法が繰り広がられる。
ただアンドリエイラは善意を拒絶され不服そうにしつつも、一応の納得を示して望まない労いはしないと約束した。
そしてその後モートンは、神の加護が強まってることに気づくことになる。
今までそんなことはなかったため、思い当たることは一つだ。
亡霊令嬢の無体を神も恐れているという事実に、モートンは少し信仰心が揺らぎそうになったのだった。
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