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8話:田舎で家を得る3

 ウォーラスの町の教会に連れてこられたアンドリエイラは、身内の中に放り込まれた気分でいた。


「それで、サリアン? どんな物件を求めてるのかな?」

「あぁ、村はずれの教会が管理してる…………」

「おいおい、本気か!?」


 儚げな印象だった牧師が、途端粗雑にサリアンへ食っかかる。


(同じ孤児院の出だったら、サリアンと同じようなものよね)


 アンドリエイラは、ルイスという牧師の外見とは対照的な言動に納得した。

 その上で、サリアンはがっしりとルイスの首に腕をかけて引き寄せ、内緒話を始める。

 しかし人外であるアンドリエイラは、腕力も強いが五感も常人を越えるのだ。

 少し耳を澄ますだけでも、聞かせられない内緒話は良く聞こえた。


「お嬢を見た目どおりだと思うな。あそこでもイケるから言ってるんだ」

「いや、無理だろ。今まで誰も手に負えなかったから、俺が定期的に結界張ってるのに」

「それも手間だし、領主に押しつけられたって文句垂れてたろ?」

「まぁね、それでお金くれるでも融通利かせてくれるでもないんだしさ」


 ルイスは見た目よりも俗で、サリアンの話に気軽に応じる。


「売ってしまえば管理の手間がなくなるだろ」

「他に当てもないし、住めるならいいけど、どうなの? 責任取れなんて貴族に文句つけられても困るぞ?」

「ないない、イケるイケる」

「えぇ? うーん、ま、紹介するだけタダか」


 話がまとまると、ルイスはアンドリエイラに笑みを向けた。


 死霊でもあるアンドリエイラは、悪意ある感情に敏感だ。

 死霊はマイナスの感情に引き寄せられる性質があるから。

 それで言えば、今の儚げでさえあるルイスの笑みは、悪意一歩手前。


(不利益を被るかもしれないけれど、そんなこと関係ないという無関心。これで教会を任されたなら、若いなりに実力はあるのかしら?)


 アンドリエイラも長く生き、人間社会と無関係であったわけではない。

 善意だけで生きていけるほどやさしい世界なんて存在しない。

 その上で孤児院も管理するという他人の生活を預かる職だ。

 損得を計算できないほうが信頼に値しないとアンドリエイラは断じる。


 しかしそこで待ったがかかった。

 見るからに生真面目そうな強面のモートンだ。


「教会管理の村はずれ。つまりあの幽霊屋敷か。そんな所を幼気な少女に紹介して何をしようというのだ、貴様ら」

「あぁ、なるほどね。では、さっさと連れて行ってくださる?」


 モートンの言葉で理解したアンドリエイラは快諾。

 正体を知ってるからこそのサリアンと、厄介払いで負担を減らしたいルイスも応じる。


 しかし神官のモートンは善意で止めようとアンドリエイラに声をかけた。


「君は知らないだろうが、あそこは有名な危険地帯。この町に神官や加護持ちが現れると必ず除霊を頼まれるほどで、未だに誰も成功してはいないんだ」


 そこにモートンと組んでいるというウルも、気楽に声をかけた。


「そうそう、近づくだけで取り憑かれるって噂なんだから。怖いよぉ、危ないよぉ」


 身震いするのは、本気で幽霊を怖がるからか、実害があると知ってるからか。

 ホリーも紹介物件を知って不審そうに呟く。


「サリアン、ルイス。あんなところ住まいになるわけないのに。やはり騙して?」

「あんなところ絶対無理だって、辞めなよ、お嬢」


 ヴァンはアンドリエイラに直接再考を促した。


 ただそうして止められるほどアンドリエイラはやる気になる。

 いっそ胸を張って自信満々に答えた。


「ふふん、それほどのものなら見てみたいわ。私を害せるならやってもらおうじゃない」

「よし、ぐだぐたうるさいのも時間の無駄だ。行くぞ」


 サリアンがアンドリエイラの自信に呆れつつ、教会を出る。

 完全に善意の者から見れば、不良冒険者が世間知らずの少女を騙す図だ。


 結果、教会にいた面々は揃って町はずれへ向かうことになった。


「市場を抜けた先なんて、悪くない立地じゃない」

「上流の水場も近いし、新町からは離れてる分治安も悪くない。工房通りにも通じてるから村を周遊する辻馬車の通り道でもある」


 行く先に、アンドリエイラにサリアンが立地の良さを褒めるが、誰も無言。


 目の前には人の通わなくなった道、人が住まなくなって崩れた家屋。

 そしてそんな中で一つだけ不自然に無傷で存在する幽霊屋敷。


「相変わらず昼間なのにここだけ暗いなぁ」

「誰かに見られてるようなのは気のせいでしょうか?」


 ヴァンとホリーは二人で身を寄せ合い、周囲の異常な雰囲気に口が重くなる。

 それに神官で除霊を行えるモートンが、一つの窓を指した。


「完全に幽霊屋敷の悪霊が睨んでいるぞ」

「ちょっと! そういうこと言わないで!」


 ウルは幽霊関係が駄目らしく、モートンを盾にして叫ぶ。

 それらを眺めたルイスは、もう作り笑いをやめて屋敷に手を向けた。


「まぁ、その手の才能がない奴でも見てわかる幽霊屋敷。中に入るのも一苦労だし、霊障は昼夜を問わず。売る上で言っておけば、とり殺されたと言われる死者も出てる」

「死者なんて、古い家では出るものでしょう。霊障だってそんなのさせなければいいのよ」


 勝気に言ったアンドリエイラは、窓から覗く悪霊に指を差してみせた。


「さぁ、やってごらんなさい」


 幽霊屋敷一階の窓から睨みつけていた悪霊の姿は、アンドリエイラ自身が死霊の類なのでなんの問題もなく見えている。


 その上で悪霊もアンドリエイラの存在をわかっていた。

 わかっているが、悪霊となって強まるばかりの生者への憎しみは止められない。

 アンドリエイラと一緒にいるのは生者ばかり。

 苦しみ嘆き、憤りながら死んだ悪霊にとっては、憎く恨めしい存在でしかなかった。


「力が強まった! モートン、結界を!」

「そう言うならせめて手伝ってくれ、ルイス」


 牧師のルイスは、モートン任せでその後ろに隠れる。

 最初から後ろのウルの横に、ホリーとヴァンも退避し始めた。

 ただサリアンは動かず、アンドリエイラの後ろにいる。


「まぁ、あの館よりって思っちまうな」

「あら、わかってるじゃない」


 サリアンはアンドリエイラのテリトリーに入った。

 ましてやあえて自ら力を弱める現状よりも、素の状態を見ている。


(こっちはまだ届きそうな気がするんだよな)


 サリアンが不穏なことを考えている間に、アンドリエイラは薄く笑みを浮かべて手を伸べさっと振った。

 それは虫を払うよりも軽く、命じるように確かな動き。


 次の瞬間、耳ではなく頭の中に響く叫喚が起きた。

 空気を少しも揺らすことはないのに、体の内側を揺らし、搔きむしるような断末魔が、幽霊屋敷を見る全員に感じられる。


「…………さ、済んだわ」


 そう言ってアンドリエイラが腕を下ろすと、幽霊屋敷は静寂に包まれていた。

 それまで屋敷全体から感じられた拒絶の意思が全く感じられない。

 明らかに、あったはず、感じられたはずのものがなくなった状態には違和感がある。

 それがわかるからこそ、何も変わらない屋敷を見る者には静寂を想起させた。


 呆気にとられる者が多い中、ルイスとモートンの二人はアンドリエイラを凝視する。

 視線に気づいたアンドリエイラは、少しも怖気ることなく微笑み返した。

 加護を持ち、死霊を払う力があるからこそ、除霊などせずとも悪霊を封殺する方法を知っているのだ。


「…………嘘だろ、だって、さっき普通に教会にいたじゃないか」

「悪魔を追い出すために魔王を招くとはこのことか…………」


 不穏なモートンの言葉にアンドリエイラが眉を上げる。


「あら、魔王だなんてそんなつまらないものと一緒にしないでくれる? 私はアンドリエイラ。今日からこの屋敷の主よ」


 誇らしげに、いっそ畏怖の視線が心地いいと言わんばかりに胸を張るアンドリエイラ。


 その調子に乗るのは人外ゆえの感性だ。

 同時に少女と言える年齢で死んだ、幼い人間性でもある。


「何なに? どういうこと? この子ヤバい? 最初見た時そんな気はしてたんだけど?」


 ウルは未だにモートンの後ろで暢気に聞く。

 その言葉にアンドリエイラ以外の者たちは、責めるような視線をウルに向けた。

 共通する心境は、もっと早くに言えというもの。


 冒険者をするには戦闘向きとも思えないウルだが、その実力はともに活動したことのある者なら疑わない。

 ただ一つ他を凌駕する一芸が、ウルにはある。

 危機に際して誤ることのない生存に特化した勘だ。

 ただ教会にいただけでアンドリエイラに最初に目を止めたことからも、魔法による隠蔽を越える勘としか言いようのない才能と言えた。


明日更新

次回:田舎で家を得る4

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