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78話:鉄のオーブン3

 朝から教会で子供の相手をしていると、そこにウルとモートンがやって来た。

 ただ見るからにウルの様子がおかしい。

 モートンも困って、子供たちのいない聖堂で事情を話す。


「突然怯えだしたんだが、何故かわからん」

「あばばばば」


 あまりの取り乱しように、孤児院から聖堂のほうへ移動する間も、ウルはまともに話せないままだ。

 ウルの挙動不審は制止に関わる危険の可能性があった。

 なんとかして話を聞こうとした時、ルイスが片手をあげて周囲を制す。

 ルイスが目をやると同時に、聖堂の扉が乱暴に開かれた。

 全員が目を向ける先で、力任せに扉を開いたカーランが駆けこんでくる。


 カーランは揃った者たちを一瞥し、さらにウルの様子に眉を顰めた。

 そこからアンドリエイラにほんの一瞬だけ目を向ける。


(おいおい、悪い知らせだなこれは)


 サリアンは顔を顰めてカーランを睨む。

 ルイスも気づいたものの、アンドリエイラから距離を取ろうとするサリアンを押さえた。


「おい、ルイス」

「いや、ここで暴れられると困るし。ね?」

「無理だ」

「拾った責任だよ」


 押し問答の内容は、面倒ごとに関して、アンドリエイラの暴走を抑止しろというもの。

 幼馴染だからこそ、短く端的な言葉だけで、その腹の底まで読める。

 だからこそサリアンは体の弱いルイスが不利な力の勝負で振り払おうとした。

 だが、ルイスに対して加勢がある。


 同じく幼い頃から一緒であるため、察することができたヴァンとホリーだ。


「なんかわかんないけど、危ないならサリアンなんとかしてよ」

「一度カーランさんの話をサリアンだけで聞いてください」

「よし、ちょっとこっち来い」


 カーランも乗って、サリアンの関節を極めて逃げられないようにした。

 商人でもあり、暗殺術も身に着けて冒険者に身をやつしているカーランの早業は、ルイスに抑えられた状態ではかわしようもなく。

 それでも面倒がるサリアンは、押さえていたはずのルイスを咄嗟に掴んで、一緒に引き摺る。

 貧弱なルイスは抵抗もできず、慌て始めた。


「ちょ、嘘でしょ? このか弱い聖職者をなんだと思ってるの?」

「うるさい。ともかくお前ら耳貸せ」


 ルイスの文句を黙らせ、カーランは焦りを抑えて伝える。


「…………お嬢が頼んだオーブンを運んでいた商隊が、賊に襲われた」

「「はぁ!?」」

「なぁに? 面白いこと?」


 声を裏返らせるサリアンとルイスに、アンドリエイラが反応した。

 反応はしたものの、何処からか聖堂に紛れ込んだ鳩が天井にいることに気づいてすぐにそちらへと意識を向ける。

 気を逸らされても、揃って大きく首を横に振るサリアンたちの、心境は同じ。

 何も面白くはない。

 どころか危険すぎる情報だ。


 サリアン、ルイス、カーランはより頭を突き合わせて早口に言葉を交わした。


「どうすんだよ…………!」

「だからそれを話すために来たんだ」

「どうするも奪い返すしかないでしょ」


 責めるサリアンに、カーランは巻き込むためであることを隠しもしない。

 ルイスもこのまま隠し通すわけにはいかないことを突きつける。


 目を見交わせば、同じ思い。

 それ以外に、アンドリエイラの機嫌を損ねない手はないのだ。


「襲われたのは今日か?」


 確認するサリアンに、カーランが頷く。


「早朝、こっちに向かってる途中のことらしい」


 田舎へ向かうために早朝から移動していたが、そうしてひとが少ないところを狙われたという。

 さらに悪いことに、鉄の塊のオーブンを乗せた商隊は足が遅かった。

 護衛も揃えていたが、足の遅い荷車を狙われ、人員の守りが精いっぱい。

 あえなく荷車ごと奪われたとのこと。


「まったく、護衛はどうしてたの? まさか値切ったりしてないよね」


 腕が悪いんじゃないかというルイスに、カーランも言い分はある。


「そこは俺の管轄じゃない。俺は念のために動向を探ってただけだ」


 カーランが言うには、鉄のオーブンを買ったのは商売上の関りのないところ。

 しかしカーランはウォーラスで定期的に荷を扱っている。

 それは勇者関係で物流が滞った後も変わらず、そのためウォーラスへ運ぶための足としてつなぎを取られた。


「つまりお前の所で荷として預かったのが賊に奪われたんだろうが」

「その責任はやっぱりお前にあると思うんだけど、そこのとこどうなの?」


 サリアンとルイスは息を揃えて責めるが、カーランも睨み返して対抗する。


「そもそも足が遅くなる鉄の塊引き受けてやったんだ。その上で、俺だって直接の荷主じゃない。こっちは被害者だ」


 睨み合いをするが、ただ不毛なだけなことはわかっていた。


 誰ともなく息を吐いて、今度は切実な声で会話が再開される。


「本当に、どうする?」

「奪い返すしかないでしょ」

「他人ごとだと思って」


 サリアンにルイスが同じことを言えば、戦闘力のないことをカーランが責める。


 だがルイスが言うとおり、その手しかないこともわかっていた。

 そうでなければ確実にアンドリエイラは暴れる。

 ばれてもいいが、前提は奪われたオーブンの奪還という、宥める手段を手に入れること。


「襲われた地点を考えれば、一番近くの町で売り払う」

「そんなに運ぶの面倒なもんか?」


 断言するカーランに、実物を知らないサリアンは首を捻る。

 ルイスは疑問よりも、タイムリミットを言葉にした。


「鋳つぶされる前に取り返さないといけないわけか」


 オーブンは高価だ。

 ただ使う当てがなければ無駄な道具。

 盗賊稼業が家など持っているはずもない。

 ましてやオーブンを使うこともないだろう。


 盗むのは金のため。

 金にするには高価すぎて需要が少ないオーブンより、鉄の塊として売るほうが足もつかず、売る相手を考えずくず鉄扱いで済む。

 そのため考えられるのは、売るために適当に鋳つぶす、もしくは売り払って鋳つぶされる。

 そのどちらにしてもアンドリエイラの怒りは収まらなくなるのだ。


「…………取り戻すぞ」


 揃って身を震わせてから、サリアンが言った。

 ルイスもカーランも頷く。


 一番穏便な解決方法だ。

 足が遅くなってるだろう盗賊を捕まえてオーブン奪還する。

 怒りに身を任せたアンドリエイラを宥めるよりも現実的だった。


「そのためにはまず、お嬢の足止めだ」


 カーランはそう言って、ルイスを指差す。

 途端にルイスは胸の前で指を組んで訴えた。


「嘘だろ、朝から押しかけられて邪魔されたのに。勘弁してよ」


 さらにルイスは、大袈裟に額に手を当てて嘆く。

 けれど戦えない上では、担える役割は限定的だ。


「お嬢のことだ。おだてて料理でもさせておけ。火入れだとか、生地の寝かせだとかでだいぶ時間かけるぞ」


 付き合わされたことのあるサリアンはそう助言する。


 もちろんその間にオーブン奪還に動くつもりでいた。


「で、指名依頼なんだろうな?」

「ち、仕方ない。『清心』の引き込みはお前に任せる」


 割増料金を請求するサリアンに、カーランは舌打ちしつつ仕事も振る。

 指名依頼で『星尽夜』と『清心』を巻き込み、モートンとウルをオーブン奪還に巻き込むのはサリアンの役割となる。

 と言っても、様子がおかしくなったウルを思えば、アンドリエイラが暴れる可能性を察知した可能性が高い。

 その解消を理由に巻き込む算段をサリアンは組み立てた。


 カーランは急いでギルドに向かう。

 見送ってサリアンの肩をルイスが叩いた。


「で、こっちもお願いね? お嬢さんをいい感じに台所に誘導して」

「おい、こら」


 押しつけるルイスは、文句を言うサリアンを黙殺。

 その上で、ウルを見るように促した。


 さっきまで取り乱し、まともに喋れなかったはずだ。

 それが今は強張るくらいに改善している。

 自分たちの判断が間違っていないことを示され、サリアンは大きく息は吐いた。


定期更新

次回:鉄のオーブン4

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