77話:鉄のオーブン2
サリアンは、宿で朝からたたき起こされていた。
同じ部屋で寝起きするヴァンとホリーも一緒に、サリアンの寝ぼけた悲鳴に目を覚ます。
「教会に行ったら、朝の奉仕の時間に来るなと言われたのよ!」
怒っているのはアンドリエイラ。
しかしサリアンも眠さの漂う不機嫌な声で、至極当たり前のことを答えた。
「普通に早朝押しかけたら、叩き返されるに決まってるだろ」
「朝の奉仕って、お祈りと掃除の後に孤児たちの食事の世話じゃん」
「そんな時間に邪魔をして、口だけで済まされたんですね」
ヴァンとホリーもわかるからこそ、寝ぼけ眼をこすりつつ、叩き出しただろうルイスに賛同する。
ただ亡霊令嬢と呼ばれるのは伊達ではない。
そんな下々の予定など令嬢は気にしなかった。
「それだけじゃないわ。カーランの所でも追い払うように出直せと言われたの!」
「あいつも被害に遭ってんのか…………」
サリアンも眠い目をこすって寝直すのを諦める。
兄貴分に倣って、ヴァンとホリーも朝の準備を始めた。
アンドリエイラは気にせず、宙に浮いて文句を続ける。
座らせる椅子もないため三人とも放置だった。
「ちゃんと日の出を待って動いてあげたのに」
「昨日の今日でそんな時間に起こされたら怒りますよ」
ホリーは一人衝立の中で着替える様子に、アンドリエイラは首を傾げる。
「そう言えば昨日、ホリーはこれ見よがしな防具をつけていないのに、どうして門で止められなかったの?」
「厚手の上着は防御考えてるの見てわかるから、薄い羽織だけのお嬢とは全然見た目の印象違うって」
教えるヴァンに、サリアンも頷く。
「薬師は荷物が重くて動きが鈍る。俺とヴァンがいるから守りはこっちが担って補助させてる。だから直接的と対峙しない前提で、逃げるのに邪魔にならない重さの防御を考えた結果だ」
ホリーが軽装である理由はあるが、ただ冒険者でもある。
足回りは無骨さを醸す重いブーツをはき、華奢な革靴のアンドリエイラとは軽装であっても実用性に確実な違いがあった。
「可愛くないのよねぇ」
「あの、私を見ながら言うのはやめてください。それより、オーブンのことですよね?」
年頃の少女であるホリーも、他人の評価に思うところはある。
話を変えるとアンドリエイラは即座に応じた。
「そうそう、今日明日で届くそうだから、その間に据え付けについて聞きたかったの。なのにルイスったら話も聞かずに!」
カーランから、ホーリン観光で買いつけたオーブンが近い内に届くと聞かされたのだ。
朝からアンドリエイラが教会へ向かったのは、昨日会えなかったルイスに聞くことがあったため。
聞ける余裕がないことを知っている孤児三人は、準備を終えて顔を見合わせると、長い付き合いだからこそ共通する心情が湧く。
「…………朝くらい、手伝いにいってやるか」
「「うん」」
サリアンの発案に、二人も素直に応じた。
「手がかかるのはわかってますし」
「朝ぐずる子って多いもんね」
教会へ行くと聞いて、アンドリエイラは早朝から追い出された際に聞いたルイスの愚痴を口にする。
「そう言えば、子供置いて逃げた冒険者がいて忙しいとか言ってたわね」
「はぁ? くそ、あいつそんなこと言ってなかっただろうが。…………お嬢にまでお守り売りつけるようなことしてたの、金の余裕がないせいか」
サリアンは顔を顰めて吐き捨てた。
その上で、揃って教会へと急ぎ向かう。
アンドリエイラも地に足をつけてついて行く。
もちろんついて行くだけで手伝う気などないが。
そうして教会の孤児院のほうへ足を向けた結果、子供が四人増えていた。
ゼロ歳、一歳、四歳、七歳。
対応するのはルイスと、手伝いの女性二人だけで、アンドリエイラは邪魔以外の何物でもなかったのだ。
「赤ん坊増えてるなら早く言ってよ! ちょ、洗濯物これかい?」
「ともかく、ガキは勉強させてとくからそっちどうにかしろ」
ヴァンが汚れ物をいくらでも出す子供の洗濯物に手をつける。
サリアンもある程度年齢の高い子供たちが邪魔しないように隔離した。
ホリーは食事の後始末を受け負い、台所へ。
それを見てアンドリエイラはホリーのほうへと向かう。
「一番手がかかるのはやっぱり赤ん坊なの?」
「そう、ですね。ゼロ歳と一歳は自分のこともできませんし。ただ…………」
「ふぅん、捨てられたことがわかってる子も面倒なのね」
「そんな言い方しないでください。理不尽な目に遭っているのは子供なんです」
面倒というアンドリエイラに、ホリーは眉を顰める。
けれど手がかかることを否定はできない。
否定されたところで、アンドリエイラには通じない。
「あの七歳、ずいぶんと私を睨んでいたわ。とんでもない妬みの視線を感じるわよ、ふふふ」
「お願いですから、子供相手に変な気を起こさないでくださいね」
「あらぁ? でも向こうから来たら、ねぇ?」
「やめてください。こちらに手を取られるだけ、屋敷の改装について打ち合わせる時間もなくなりますから」
「…………それは嫌ね」
アンドリエイラを引かせることができて、ホリーは悪化は止められたと胸を撫で下ろす。
七歳ともなれば状況を理解している。
冒険者の親に教会へ置き捨てにされ、傷つき怒りや苛立ちが募るのは当たり前だ。
そこに着飾った少女が現れる。
どう見ても冒険者や村人ではない裕福さは目に見える相手。
引き比べることも七歳であるならできるし、やってしまう。
その思いはまだ感情を隠すことなどできない幼さ故にはっきりと表れるだろう。
「…………オーブンが届いたら、ヴァンと一緒に野菜だけ食べさせようかしら?」
「それは…………悪くないですね」
アンドリエイラの呟きは多分に嫌がらせを含んでいる。
しかしホリーは嫌な顔をさせたいだけとは言え、結果として悪くない提案に頷いた。
ただ台所から洗濯物を外へ運ぼうとしていたヴァンが聞きつける。
「ちょっと!? なんか嫌なこと聞こえた気がする!」
重いだろう水気を含んだ洗濯物を抱えたまま寄って来て、子供の用に訴えた。
その声に、開け放たれた窓の外にいた白い鳩が一羽、慌てて飛び立つ。
「食べさせてくれるなら肉! 肉がいい!」
「せめて自分で買ってきなさい」
「それは高いから狩って来るよ」
「加工も自分でしないさいよ」
アンドリエイラはちょっと嫌そうに応じた。
その反応にヴァンとホリーも、嫌なことを思い出した顔をする。
なにせ昨日、ダンジョン深層で散々魔物を解体した後で、指にさえ疲労が残っていた。
そもそもその魔物を屠ったのが目の前の少女であり、金にはなったが嫌になる加工作業を思い出させたのだ。
それと同時に、結局同じ状況になれば金のために解体に回ることもわかっていて、ヴァンとホリーは顔を見合わせる。
「なんか、サリアンに毒されてる気がする」
「そこ、までじゃないと思いたいな、私たちは」
「あなたたち、けっこう似てるわよ、サリアンと」
「「えー!?」」
嫌そうな顔にアンドリエイラはご満悦だった。
ただ実際、同じ血が流れていることを見てわかるアンドリエイラからすれば、似ている。
口の悪さが身内に向いているだけのことだ。
(けれど、サリアンから離れて、自分たちで立ち回らなければいけなくならない限り、子供らしいままでしょうけれど)
もちろんそんなことは面白いので言わない。
(数年後に独り立ちした時のお楽しみね)
考えて、アンドリエイラは懐かしさに目を細める。
(子供を見たからかしら? 成長を楽しみにするのはずいぶん久しぶり)
長く生きて人間と関わることもしてきた。
成長する者もいれば、老いる者も見て来たのだ。
(もう少し早く出て来ていても、面白かったかもしれなかったわね)
そうすればヴァンとホリーと同じ年頃のサリアンを見て、今からかうこともできただろう。
アンドリエイラは初めて、二百年のひきこもりを爪の先ほど後悔したのだった。
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